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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
オーバーロードナイトと行商人連合
88/112

88話

 オーバーロードナイトの本拠地である要塞。

 当然ながらそこにはオーバーロードナイトが居住しているのだが、それ以外の者達も多い。

 たまたま迷い込んだ外からの人間や、武器屋旅団と同じように噂を聞きつけてやってきた行商人達である。


「問題はここへ来たは良いが、あの廃墟で帰るに帰れなくなったってことだな」

 ケンが言った。

 その廃墟の探索で手に入れた物資を載せたカーゴを引いて街の様子を見ながらのことである。


 連合の襲撃から1週間が経つが、この頃になるとケンはオーバーロードナイトの探索を手伝うことが多かった。

 先生の話でレーザーバズーカを量産する為に物資が多く必要だと聞いたからである。


「中には出ていく奴もいたさ。無事かは知らんが……」

 3番隊の金田である。

 彼もまたケンの横でカーゴを引いていた。


 カーゴと言うのは所謂荷車である。

 元は軽トラックであり、ガソリンが無いという理由で動かないトラックの部分を外して、後ろの荷台だけにしたものを数人で引いて移動出来るように改造したものだ。


 彼らはそれに廃墟で手に入れた物資、主にマンハンターのパーツやら武器を載せて街の舗装されていない道路を進む。

 要塞へ運ぶ為である。


「しかし、何時までこんなことを続けるもりなんだ?」

 この1週間で連合は2回も中継地点に攻撃を仕掛けてきた。


 どちらも追い返すことには成功したが、その時の死傷者の数はオーバーロードナイトにとって見過ごせない事態となっている。

 また、その時の戦闘には武器屋旅団は参戦していなかったらしく、連合側の新たな情報も得られなかった。


 つまり何の進展も無く、死傷者が増えて、物資だけが減ったのである。


「知らんな。ただ、ウチの総長だ。何か考えがあるんだろう」

 あまり良い状況では無いのは分かっているが、自分はオーバーロードナイトの総長である船前の指示に従うだけだと金田は思う。


「その考えとやらで全滅しなけりゃ良いけどな」

 吐き捨てるようにケンが言った。


 その態度を金田は不快に思うが、ケンがそう言うのも分からないでも無い。

 オーバーロードナイトは常に防衛ばかりで、一度も攻勢に出ていないのだ。

 そして現在の状況である。不安と焦りが足元からジワジワと昇ってくる様に思えた。



/*/



 それから4日後。

 再び行商人連合は要塞とファクトリーの中継地点に侵攻してきた。


「オーバーロードナイトを倒せ!」

「要塞を取り戻せ!」


 遠くから連合の叫び声が聞こえる。


「何だ。今日は随分元気じゃねぇか?」

 それを見ながら3番隊隊長の早見が呟く。


「奴等、妙な薬をキメているみたいです」

 隣にいる副官が答えた。手には携帯式の吸入器が握られている。

 それは手のひらサイズの大きさで、吸入器を口に当てて上部の缶を押すことで中の薬が噴霧され、それを吸うという物である。


「だが、こうも効果があるっていうなら劇薬だろう。その分、切れた時や中毒症状は大変なことになるんじゃないか?」


 早見は薬物で廃人になった者達を何人も見てきた。

 外よりも過酷なギジの世界ではこうした薬物を使う者は少なくない。それらを取り締まる司法機関が無いのもそういった者達の増加を助長させていた。

 その結果として、そういった物に手を染めた者は悲惨な末路が待ち受けているのである。


 当然ながらオーバーロードナイトはそういった物を禁じている。


「だが、奴等はそれを禁じていない。それどころか進んで使ってやがる。戦闘員を使い捨ての道具とでも思っているのか?」

 確かに一部の高価な武器は戦闘員より重宝されることもあるが、そんなことは極々稀である。

 そもそも練度の高い人材というのは道具を作るよりも難しいのだ。


 人間というのはそこを勘違いするらしく、最新の道具を揃えることに熱中して、それを使いこなせる人材を集める、もしくは育てることを疎かにすることが多々ある。

 どんな道具も使うのは結局人間なのだ。


「お待たせしました!」

 7番隊の隊長である稲葉である。

 その横には佐原ケンが無愛想な顔をして立っていた。


「何だ? 連中、随分張り切っているな」

 敵の騒がしい声を聞いて、早見が先程漏らした事と似たようなことをケンは言う。

 そして副官が同じ説明を再び行った。


「奴等は、先のことを考えていないのか?」

 ケンは呆れたように言った。

 彼もまたトウの街で生活をしていた時に薬物で廃人になった者を数多く見てきたのである。


 しかし、ケン達はそれを理由に説得を試みたり、手加減をするほど慈悲深くは無かった。

 例え中毒患者であろうが病人であろうが、敵意を向けてくるのであればそれ相応の対処をするのみである。


 そんな中毒患者と思われる敵との戦闘に7番隊とケンが参戦。

 オーバーロードナイト側は連合が勢いに任せてバラバラに突出していることに気付くと、ワザと後退して連合を分断させた。

 そこへ火力を集中させて各個撃破を図る。それに加えて、早見が指揮を執る小部隊が右側面から突撃を行い撹乱した。この部隊にはケンも加わっている。


 薬物の効果で文字通りに熱狂していた連合は勢いと引き換えに知性を失っていたのか、これを同時に対処出来ずに早見達の部隊を追いかけようと背を向けたところを7番隊に撃破されるという事態になっていた。


「これなら増援は必要無かったかもな」

 早見が呟く。


 先日の敵の方が手強いと思ったのだ。

 その時は逆に2番隊が連合に包囲され、もし増援の1番隊が間に合わなかったら全方位からの火線で殲滅されていだろう。


 敵陣の中を激しく動き回る最中、ケンは連合の中に旅団のメンバーを見つけることに成功した。


「どうにも、戦闘前に配られたアレは良くなかったみたいですね」

 それはケンの後輩であった大高エミリである。

 クリクリとした大きな瞳で手の中にある空の吸入器を見ながら言う。


 彼女は戦闘の前にそれを渡され、連合の監視の前で吸う振りをしたのだ。

「トリックですよ」

 彼女はどうにかして、中身を吸った様に見せかけたのである。


「器用だな」

 手品でもやらせてみたいとケンは埒もないことを思いながら言った。

「少し、吸ってしまいましたけどね……。って、そんなことよりもです」

 エミリは苦笑から真剣な面持ちから瞬時に表情を変えた。


「加村さんの監視が戦死したせいで、武器屋旅団の監視が強まって中々出てこれなかったんですよ。しかも、私の監視はハイになってどっか行ってしまったから、これでまた監視が強くなるでしょうけど」


 ため息交じりに言った。

 一見すれば何ということも無いように聞こえるが、よく見ればその腕は震えている。彼女は同じ人間同士の戦いに慣れていないのだ。


「団長は?」

「泉さんが見ています」

「あの人も無事か……」


 ケンは安堵する。

 泉が生きていたことと、年長者である彼女が面倒を見ているなら大丈夫だろうと思ったのだ。


「でも、これ以上旅団の行動が制限されるのはマズイですよ」

「なら、そちらの攻撃を止めさせろ。怪我人が多くて仕方無い」

「出来ればやってますよ……」


 困ったような表情でエミリが言う。


「大体、そちら側だって戦闘員に被害はあるはずなのに、なんだってやたらと攻撃出来るんだ?」

 それは疑問と言うよりも苦情の言である。

 静かな声であったが憤りが口調に込められていた。

「それは私達だって分かりませんよ。ただ、あそこの行商人連合は私達が思っている以上に人員がいるんじゃないんですか?」

 武器屋旅団はファクトリー内部にいるとはいえ、半ば監禁されているのも同然なのだ。

 行商人連合の組織構造の一部すら把握出来ていない状況なのである。


「まぁ、何にせよだ。こちらもすぐすぐには動けない。連合には攻撃を控えるように試みてくれ」

「無茶を言いますね」

「こちらだって無茶をしている。……簡単に見えるかもしれないが」


 戦闘の中で団員を見付けて接触するという行為である。こうしている間にも戦闘は続いているのだ。

 しかも、オーバーロードナイトは旅団の面々の顔を知らないので、下手をすればケンと接触する前に殺される可能性もある。

 これを無茶と言わなければ何と言うのか。


「ん? そろそろ戻った方が良いかもな……」

 連合の一部、おそらく薬物を使用していない者達が撤退していくのが見えたのだ。

「私は薬を吸ったことになってますからね。どう言い訳を付けたら良いか……」

 ハイになって死んだ者達を思いながらエミリが言う。ケンに付いていきたいと心底思った。


「ハイになった監視に取り上げられたとでも言っておけ。それで駄目なら全員殺して逃げてこい」

 ケンはそう言うと手持ちのプラズマ式の手榴弾を2つ手渡した。

 いざという時に使えという意味である。


「乱暴ですね。もう少し後輩に優しくしても良いんじゃないですか?」

 恨めしそうな顔で手渡された手榴弾をポケットの中に忍ばせて言う。


「……すまない。でも今頼れるのはお前だけだ」

 内心では貴重な手榴弾を渡すだけマシだろうとケンは思うが、ここはエミリのご機嫌をとった方が得策だろうと考える。

 彼女の言うことも理解出来るからだ。


「分かりましたよ……」

 渋々とエミリは言う。

 ケンが本当に申し訳無いと思っているのかは疑わしいが、今は彼の言葉を額面通りに信じるしか無いと思ったのだ。


 こうして2人の短い時間の接触と、その倍の時間は長く続いた戦闘は終了した。

 その後、エミリが戻って来なかったことから無事に戻れたのだろうとケンは考える。


「旅団全員が殺されてなければの話ですがね」

 それらの話を聞いた先生が言う。

「その時は、奴等全員が自分達のやった事を後悔するくらい残酷な方法で殺してやる」

 ケンは鋭く言ったが、内心ではその可能性を否定しきれなかった。



/*/



 戦闘の報告を一通り聞いた船前は薄暗い自室のベッドで横になりながら思案していた。


「敵は何で今回のような目茶苦茶な戦闘を仕掛けてきだのだ? 薬物を使い廃人同然の者を戦闘に出すなど常軌を逸している」


 天井にはヒビが入っており、その周りに掌大の蜘蛛が1匹這い回っている。

 それはアシダカグモであり、あまりにも大きいので殺すのも気持ち悪く思い放置していたのだ。


「そんなことをする程追い詰められていたのか? ……いや、有り得ない。それなら今回の戦闘で撤退などしないはずだ。だとすれば他に考えられるのはこちらに対する嫌がらせだが、それならもっと効率の良い方法はいくらでもある。……となれば様々な戦術を試してこちらの出方を伺っているのか?」 


 天井の蜘蛛は部屋の角に移動して動かなくなる。それはまるで船前の行き詰まった思考に同調するようでもあった。


「……もし運命の女神とやらがいるのなら、私は心底嫌わているらしい」

 そう言うと船前は体を起こす。同時に蜘蛛が壁際から降りてきたので、顔をしかめながら立て掛けてあったライフルを掴んだ。


「別にお前に慰めてもらいたくは無いよ」

 そう言うと蜘蛛を銃口で軽く小突いて、再び部屋の角へ追いやった。

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