86話
「やはりお前だったか……」
不敵に笑う加村を前にケンが呟く。
「オーバーロードナイト側に行った団員がいてもおかしくないと思っていたけど、君だったとはね」
笑いを引っ込めて加村が言った。
「俺とユリさんと先生だ。ミクさんは途中で、死んだ……」
ケンはそう言って一度目を伏せる。ミクが死んだという事実を口にしたくなかったのだ。
「そうかい。こっちは団長と副団長、君の後輩含む何人かがいるよ」
ケンの心情を察したのか、加村はミクのことには触れなかった。
「それは良い。でもどういうつもりだ? 行商人連合に味方するなんて……。旅団はいつから傭兵稼業をやるようになった?」
武器屋旅団はこれまで、人間同士の荒事には極力関わらないようにしていた。
何処かの勢力に味方をするなどということは無かったのである。例え、それが同じ行商人であり取引相手でもある連合だったとしてもだ。
「……連合に団長を人質に取られた」
苦々しく加村が答える。
「何……?」
その意外な答えにケンは思わず尋ね返す。
行商人連合がそんな事をするなど予想だにしなかったからである。
基本的に彼らは武器屋旅団と同じく荒事は避けて、誠実な取引を行う者達だったからだ。
「取り戻せば良い。それが出来ないくらいに間抜けが多い訳でも無かったろう」
武器屋旅団は腕利きも多い。廃墟での脱落者もいるだろうが、団長1人助けられないことも無いだろうとケンは思う。
その一方で加村は、結局のところ力づくなのかと苦笑した。
「事はそう単純じゃない。……君は銃を向ける以外の解決方法を学ぶべきじゃないかなぁ?」
「……そうだな。殴って解決する方法も覚えよう。バッテリーが長持ちする」
冗談めいて言ったケンの背後で爆発が起きる。誰かがグレネードを使ったのだ。
あまりここに留まるべきじゃないとケンの直感が告げる。
「要点だけ話そう」
同じことを加村も思い、話を切り出した。ケンも無言で頷く。
「団長は今、身重なんだ。医療的措置が必要になる。連合はそれを持っていてね。どうしても従わざるを得ない」
身重……?
ケンは一瞬言葉の意味を考える。
「子供が出来た?」
「そうだ。……相手は、分かるだろう?」
「アキラさん?」
加村は頷いて、その返答がイエスであることを告げた。
副団長のアキラと団長のユウコが男女の仲であることは表立ってはいなかったが団員達の間では周知の事実だ。
しかし子供が出来ていたのは驚きである。
それならば確かに無茶をしてユウコを危険な目に合わせる訳にはいかないし、連合が彼女に対して医療的措置が出来るのならば従うのは致し方ない。
良くも悪くも、武器屋旅団は彼女達の存在によって成り立っているのである。
「おい! 何をしている!」
背後から男の怒号が聞こえた。
行商人連合の男である。
「ふん」
加村は“物干し竿”を器用に左腋の下へ銃身を通して後ろに向けるとこれを射殺した。
「監視が厳しくてね。……初めの監視は君がやったけど」
「だろうな……」
何処からか後退の声が聞こえる。
それは行商人連合の後退命令だった。
「あまり連合は信用出来なさそうだ」
「あぁ、ここの行商人連合は俺達が知っている行商人連合とは別物と解釈するべきだね」
「ならオーバーロードナイトの所に来い。こちらのがまだマシだ。少なくとも人質は取らない。医療的なものは……、まぁ何とかなるだろう」
ケンの言葉に加村は肩をすくめて見せた。
「皆には伝えておくよ」
加村が立ち上がった。もうこれ以上はここにいると危ないと思ったのだ。
同じようにケンも立ち上がる。加村の事情を察したからである。
そしてお互いに頷くとその場を反対側に歩き始めた。
「……あぁ、それと」
思い出したかのように加村が顔を上げ、足を止める。
どうかしたのかと同じようにケンも足を止めた。
「これは私見だけど、ここの連合の人間は何処か普通じゃ無い。具体的にと言われると困るけどね」
「そうかい」
ケンが短く答え、2人はそのまま背を向けて別れた。
とりあえず、お互いに知りたいことは知った。後は戻って考えようと思う。
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この戦闘の後に、オーバーロードナイトの各隊長とケン達一行は会議室に集まることになった。
ケンの報告を受けてのことである。
剥き出したコンクリートの壁にコの字の形に並んだ机、中央にホワイトボードという典型的な会議室だ。
そこに次々と隊長達が集まってくる。
副長の中村。
1番隊隊長の大野に2番隊の隊長である早見。
3番隊の隊長の高橋。
更に要塞と都市部の治安維持と警備を担当する4番隊の隊長である木村。
行商人連合などへの偵察や破壊工作などが担当の5番隊。
その隊長加藤。
6番隊は武器兵器開発班と共同で、新兵器や武器の実戦試験や戦術研究を行っている。それを率いるのは中井という若い男だ。
7番隊は本来は補給物資の運搬……、つまりは補給部隊なのだが、ここ最近は各部隊の人員が足りない班などへの応援を行っている。
所謂、何でも屋みたいなものである。
それを率いるのが稲葉という男であり、これもまた偵察から狙撃、武器の整備に部隊教育など、一定の水準であれば何でもこなす器用な人物であった。
それに加えて、要塞や廃墟の外へ出てギジの世界の情勢を調べる8番隊というのもあるのだが、これは1年程前に外へ出たまま未帰還であり、何処かで全滅したのでは無いかとされている。
故にこの8番隊の隊長はこの場にいない。
そして、これらの人物の代表が船前栄一という壮年の男である。
年齢の割には白髪が多く前髪も後退しており、中肉中背の典型的な壮年の体付きだった。
顔付きも人懐っこそうな丸い目を持っており、とてもオーバーロードナイトの総長には見えない。
狸親父というのがケンの印象だった。
「で? 報告というのは?」
まず、口を開いたのは高橋である。胡散臭いものでも見るような目だ。
「単刀直入に言う。俺達の仲間が行商人連合にいる」
周りの反応は薄い。
武器屋旅団は元々オーバーロードナイトとは関係無い組織である。それは当然の反応だ。
「……正確に言うと、人質を取られて従わされている」
相変わらずの無反応ぶりである。
ケンの隣に座るユリは辺りを見回して、その隣に座る先生は「そうでしょうね」と誰にも聞こえない声で呟く。
「そこで、俺は連合側に潜入して旅団を救出しようと思う」
この言葉にようやく各隊長達が反応した。
「そう言って、連合に我々の情報を漏らすつもりか?」
と、高橋である。
「まぁ、それで奴さんが得をするとも思えませんがね」
肩をすくめながら大野が言う。
「いや、コイツが連合側に着くなら先程の戦闘でも出来たんじゃねーの?」
軽い口調で言ったのは中井である。
「人質がいた」
高橋が先生とユリに視線を向けた。
ユリは思わず顔を伏せる。先生は無反応だ。
「だからだ。連合に潜入するのは俺1人で良い」
隊長達がざわつく。
「また、人質ですか……。佐原くん実は私のこと嫌っているでしょう?」
先生が冗談めかして言う。
「若さ故の無茶って奴だな」
中井がケタケタ笑う。先生は「いやはや」と首を横に振った。
先生はオーバーロードナイトの武器開発の手伝いをしていた関係で、それのテスト担当部隊である6番隊とはよく接している。
当然ながら中井とは面識があった。更に言えば、お互いに馬が合ったらしく、良好な人間関係でもある。
「ついては、オーバーロードナイトに協力して欲しい」
各隊長はそれぞれ驚きや苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「それをすることで何か我々にメリットはあるのか?」
7番隊隊長の稲葉だ。
それに答えたのはケンでは無く先生だった。
「彼が旅団を連れて脱出する際には、必ず騒ぎが起きて連合は混乱します。その隙にオーバーロードナイトが攻勢をかければ、面白いことになるかと思いますが?」
「そう上手くいくかね?」
木村である。
「脱出出来るかはともかく騒ぎは起きますよ。佐原くんも武器屋旅団も騒動を起こすのは得意ですから」
トウの街から和学の村など、他にも様々なことがあったが、ケンや武器屋旅団は時折騒動を起こすことがある。
それはケンも思っていることであり、先生の横で苦々しい顔をして見せた。
「その隙に乗じる訳か……。中々面白いなぁ」
「待ってくれ! そんな保証が何処にある?」
口々に隊長達が意見を言う。
そして総長である船前はそれらを一度見回した。
「駄目」
その一言で辺りが静まり返る。
「駄目?」
玩具をねだる子供を諭すような言い方にケンは不満を覚えた。
「そう、駄目」
「何故?」
「そんな事に力を貸せるほど余裕が無い。そもそも君1人で何が出来る?」
確かにその通りではある。
ケンが1人でファクトリーに潜入したとして、どれほどのことが出来るだろう。
そもそも、その程度で何とかなるなら旅団は既に脱出している。
「ま、仲間を助けたい気持ちは分かるけどね……」
船前は大きく欠伸をしながら言った。
「……」
一度目を伏せるとケンは腕を組んで椅子に深く腰掛けた。
反論すべきか迷ったようだが、大人しく引き下がったのである。
ユリはそれを見て珍しいこともあるものだと思う。
いつもなら何が何でも突っ込んでいくのに今回はそういったことが無かったからだ。
「1人で何とかするつもりか?」
小声で尋ねて見る。
「……それも考えたが無理だろう。確かにあの総長の言う通りだ。俺1人でどうにかなるものでも無い。もう少し色々考えてみたい」
ほとんど脊髄反射で行動しているようなケンからそんな言葉を聞いたことにユリは驚く。
死んでしまったミクの冷静さが彼に乗り移ったのかもしれない。
「……じゃあこの話は終わりだ。後は各隊の損害報告をしてくれ」
副長である中村が議題を変えた。
各隊長がそれに従い損害報告を始める。
これ以降、ケンは会議中一言も喋らなかった。
死者は少ないが、怪我で戦闘に耐えられない者が多数出たとか、敵の死体から何時だかの“ストロベリーミント”によく似た薬物が回収されたという様な報告を興味無さそうな目をしながら会議をやり過ごしたのである。