83話
ケン、ユリ、先生の3人は副長室に案内される。
別に何ということも無い。
部屋の中央にデスクがあり、辺りには地図や書類が乱雑に置いてある小さな部屋である。
「その武器を完成させたのは君か?」
中村は先生に尋ねた。
「完成……、という訳でもありませんよ。まだ改善点はあります」
「そうか」
それだけ答えると中村は腕を組んで黙り込む。
「さて、そろそろ君達が何者かを聞かせてもらえないか? 見た限りでは行商人連合のスパイでは無さそうだが?」
やはり、何時だかに聞いた話の通りにオーバーロードナイトと行商人連合は敵対しているらしい。中村の一言でケン達はそう判断する。
「俺達は武器屋旅団って行商人だ」
「行商人? そうは見えないが」
「あー、俺はあくまで雇われの傭兵みたいなもので、こっちが旅団の正式メンバーだ」
ケンはそう言って先生の袖を引っ張って中村の前に突き出した。
「旅団では武器の整備や修理を担当している人だ。俺達は先生って呼んでいる」
「成る程。確かに先生っぽい顔だな」
フフンと中村は笑う。
確かに、銀縁の眼鏡をかけて線が細い顔は先生らしくもあった。
それに彼は銃を持って戦うという、ギジの世界における体育会系と違い、工具を持って武器などをいじる文化系であることがその印象を強めている。
「いや、あだ名ですよ? 本当の名前はか……」
「しかし、そうなると君は正式な武器屋旅団とやらのメンバーでは無いということか?」
「……え?」
本名を言おうとした先生を無視する形で中村は話を進めた。
「傭兵、というより喧嘩屋だろう」
自らを傭兵と言ったケンにユリがため息混じりに言う。
彼女の中では傭兵といえば、何処かの国などから報酬を受け取って兵隊をやるプロである。
しかし、ケンの場合は報酬の為というよりも自分の気に入らない者に突っかかっていき、戦闘をしているようにしか見えない。
「ふむ」
中村もそのユリの言葉に納得したような顔を見せる。
「では、君も武器屋旅団?」
今度はユリの素性を尋ねた。
それに対してケンは返答に窮する。
確かにユリはケンよりかは旅団に近いと言えた。しかし、彼女は旅団よりケンや死んでしまったミクに着いてきたといった方が正確だからだ。
それを考えると彼女が武器屋旅団の正式な団員と言っていいものだろうか?
そんな事を思うケンを気に留めずユリが口を開く。
「武器屋旅団で、この佐原ケンの保護者みたいなものです」
その言葉にケンは目を丸くすると、すぐにしかめっ面をして不快感を顕にした。
「事情がある、ということか……」
中村は口元だけ笑って言う。
このユリの言葉は妙な言い回しであるが的を得ていると先生は思う。
ケンに対して諌言をするのは確かにユリくらいのものだったからだ。
同じ様な立場のミクはケンの行動に対して口を出す事はほとんど無かったし、旅団の面々も性格が濃い者が多かった為にやっていることはケンと似たり寄ったりだったこともある。
それにケン自身だ。
彼は旅団の面々に悪態をつくことはあっても、本心を話すことはほとんど無かった。
大体、彼が自分のことを話すのはユリとミクのどちらかだったといえる。
おそらく、ケンが本心を話せるのは今となってはユリだけなのではないだろうか?
もっとも、ユリがケンの保護者を名乗れるくらいにしっかりしているかと言われれば、それも微妙なところだ。
「ところで、こちらからも聞きたいことがある」
自分達のことはもう良いだろうとケンが話を切り出した。
「……ン、何だ?」
中村もそれに応じる。
「武器屋旅団は俺達以外にもいるんだが、ここには他には来ていないのか?」
要塞手前の廃墟にて武器屋旅団はバラバラに要塞を向かったのだ。オーバーロードナイトの者達の話を聞く限りだと自分達以外の団員がここに来ている様子が無いことが気になっていたのだ。
「いや、ここ最近要塞に来た外部の人間は君達だけだ」
「そうか」
ケンは短く返答した。
「まさか、全滅……?」
そう言ったのはユリである。眉をハの字にして不安そうな顔をしていた。
「有り得ないな。多少はやられるのもいるだろうが、あの旅団の中には俺達よりも遥かに長い期間をこの世界で過ごしていた奴もいるんだ。そうそうやられるかよ」
「じゃあ、まだあの廃墟に?」
「じゃないか? 先生だって俺達と合流するまで1人でやってこれたんだ。あの連中がやられるとは思えない」
「……失礼な話ですね。確かに私は戦いは苦手ですけど」
単純な戦闘力なら先生は武器屋旅団でも下から数えた方が早いくらいの実力である。
もしも、ゲームのようにステータスと数値があるなら先生は戦闘では無く、武器の修理や整備に偏っているのだろう。
実際のところは旅団の面々が戦闘が得意な者が集まっており、それによって彼が目立たないのであり、先生自身が自分の身も守れないくらいに弱いという訳では無い。
「もしかしたら、行商人連合の所に行ったのかもしれないな」
中村が言った。
「行商人連合?」
3人の声が揃う。
「あぁ、要塞の前にある廃墟にはここに繋がる道とは別に直接ファクトリーに向かう通路がある。はぐれた仲間というのはそこに向かったのかもしれんな」
「ファクトリー?」
聞き慣れない単語をケンが口に出した。
ここに来て、まだ初めて聞くギジの世界の単語があるのかとウンザリする。
「マンハンターの拠点だよ。奴等の工場があるから我々はそう言っている。まぁ、それがメインの施設かどうかは怪しいものだが……」
「アンタらが制圧したって場所か?」
「そうだ。今は行商人連合の本陣になっている。更に言えば制圧したのは上層部だけで最下層はマンハンターと睨み合いが続いているみたいだがね」
「ふーん」
オーバロード要塞そのものがマンハンターの拠点と思っていたが、そういう訳では無いことをケン達は知る。
人の噂というものはアテにならないものだ。
「そういえば、元々は行商人連合とオーバーロードナイトは1つだったと聞いたが?」
ケンが尋ねた。
「事実だ。元々、我々は行商人連合の戦闘部隊で、ファクトリーを制圧するために戦力を強化されたのだ。そしてファクトリー上層部制圧後、我々が今までの強化により連合内での発言権が強くなったことを快く思わなかった連合幹部に追い出されてここにいる訳だ」
特に淀むことも無く中村は答える。
「派閥争い、ですか……」
先生が呟く。
「そう言うことになるな。もっとも、当時は今程険悪では無かったけどな……」
「険悪?」
「追い出されたと言っても、それは今までに制圧したファクトリーの技術の研究に俺達が口を出すのが気に入らなかったのが本音だったろうからな」
「まぁ、研究するのに戦闘部隊は必要無いでしょうね」
ふむ、と先生が言う。
「あぁ、それからしばらくしてある程度落ち着いてきた頃だ。我々はファクトリーの再度侵攻を提案した」
この時点では連合から追い出されたのでは無く、ファクトリーから戦闘部隊が追い出されたということである。
「だが、連合はそれを拒否した」
「それが気に入らないから、アンタらは連合から離れてオーバーロードナイトを名乗る様になったと?」
馬鹿らしい話だと言わんばかりにケンが嘲笑気味に言った。
「当たらずも遠からず、だ……」
ハッキリしない物言いである。
「どういう意味だ?」
そのハッキリしない物言いにケンは嫌悪感を覚えた。
元々、ハッキリしないことが嫌いな性格だからである。
「当然、俺達は再度侵攻を拒否する理由を尋ねた。だが、連中は何も答えること無く俺達をファクトリーから追い出して中に引き篭もった」
「何故?」
「知らんよ。中の技術を独占するためか、俺達に見せられない何かを見付けたか……。分からんがそれ以降は俺達と睨み合いを続けていた」
「睨み合いか」
「そうだ。この時はお互いに監視しあっていただけだった。だが、今から2年前に連合のトップが変わってからだな。それまで我々に非干渉でいた方針を変えて、我々に敵対するようになった」
「ファクトリーとやらの技術をオーバーロードナイトが欲しがったんじゃないのか?」
ケンが言った。
つまりはオーバーロードナイトが行商人連合にちょっかいを出したのではないかということである。
「まさか、ウチの総長はそこまで馬鹿じゃない」
中村はフッと口元だけ笑わせた。
「総長?」
ユリである。
「我々の元締めだ」
あぁ、と理解の表情。この中村という男はオーバーロードナイトの副長だったことを思い出す。
「しかし、いきなり方針を変えて攻撃してくる連合のトップとやらは一体誰なんだ?」
そう言ったのはケンである。
「安野優という奴だ。もっとも連合と接触した行商人の話だから詳しくは分からないが……」
そう言って中村は両腕を組んだ。
オーバーロードナイトと行商人連合は元々1つであり、中村はその頃からの古参になるのだが、その彼ですら現在知らなかった人物である。
「一時期、連合はこの外の地域にも部隊を派遣したり、他の地域からの人間を受け入れていたから、その中の奴だろうな」
しかし、外の者が元々連合にいた者達を差し置いてトップになる事などあるだろうか?
言いながらも中村は疑問に思い続けていた。
「なら、俺がそいつがどんな奴か会ってきてやろうか?」
ケンである。
隣でユリが顔をしかめた。
先程、要塞についたばかりなのに、また何処かへ行こうというのかと思ったからである。
「それは困る。我々は君が連合のスパイであることをまだ疑っているからな」
「この僅かな時間で何をスパイするんだ?」
「さぁな。敵のスパイの考えや行動など知ったことでは無い。それに、例え君達がスパイで無かったとして、連合の所に行くには、またあの廃墟を抜けていくんだぞ?」
「他に道は無いのかよ?」
「あるにはある」
そう言って中村がこの近辺の地図を取り出し、デスクの上に広げた。
廃墟エリアの上に要塞があり、その西側にファクトリーと思われるものが描かれている。
オーバーロードナイトの要塞とファクトリーは1本の道で繋がっており、その中間にバツ印がついていた。
「このバツ印は?」
ケンが尋ねた。
「ここが行商人連合とオーバーロードナイトの境界線だ。つまりは最前線で、ここで我々は睨みあっているということだ」
中村はそう言ってバツ印を指で叩く。
「つまり廃墟を拔ける以外の道ということか……」
「そういうことだ。ファクトリーに行くにはこの2つのルートしか無い」
ケンはデスクに広げられた地図を眺める。
確かに中村の言う通りにファクトリーへ向かう道は他に見当たらない。
ファクトリーは巨大な湖の中心に位置しているからだ。そこへ繋がる道は要塞からの道と廃墟のなかを抜けて行く道の2のみである。
さらに湖自体の周りも廃墟エリアであった。
「ここの廃墟はどうなっているんだ? あまりにも大きすぎる」
要塞とファクトリーの周りにある廃墟エリアが、武器屋旅団で予想していたよりも大きいことに困惑する。
「まるで、要塞を守る為に廃墟エリアがあるみたいですね」
先生が地図を覗き込む。
ファクトリーの周りは廃墟エリア。要塞はその廃墟エリアのほぼ端に位置しているのだ。、
「おそらく、そこの先生の言う通りなんだろう。でなければこの廃墟エリアも、そこにいる大量のマンハンターがいる理由にならない。ファクトリーの上層部は制圧したはずなのに、未だに廃墟エリアにマンハンターが現れるのが良い証拠だ」
連合とオーバーロードナイトは確かにファクトリーの上層部を制圧した。
にも関わらず、マンハンターは未だに廃墟エリアを闊歩しているのである。
これは、未だにファクトリーのコントロールがマンハンターの手にあると言える。
「そういえばそうだな」
その事に思い至ったケンが呟く。
「それに、ここはマンハンターの拠点であっても本拠地では無いだろうからな」
その言葉にケン達は「何?」と驚きの顔を見せた。
「ここ以外にもマンハンターの工場、ファクトリーとやらがあるっていうのか?」
ケンが尋ねる。
「それはそうだろう。この世界の規模を考えろ。まさか、ここにあるだけでギジの世界にいる全てのマンハンターを生産して、あちこち配置している訳が無い」
「確かに、そうですね」
中村の言葉に先生が同意する。
このギジの世界は広い。
どのくらいかは分からないが、日本本州くらいの広さは最低でもあると思われる。
それら各地にいるマンハンターが全て1つの工場で生産されているとは考えにくい。
「じゃあ、ここを制圧してもマンハンターがいなくなる訳じゃ無いんだ……」
ユリが肩を落とす。
「なら、退屈することは無さそうだ」
肩をすくめてケンが皮肉を言った。
「とにかく、君達が連合に接触するなら我々はそれを止めさせてもらう。……廃墟エリアを抜けるなら話は別だが」
「要は、ここからは出さないってことだろう」
「連合と接触しないならそれも構わないが」
つまり、ここから出るなら廃墟エリアを通るしか無いということだ。
しかし、3人は廃墟エリアを抜けられるだけの物資を所持していない。
探索しながらという手もあるが、それでは不安が大きすぎる。そもそも探索をしたとして、必ず物資が手に入るという訳ではないのだ。
「ハァ……。どの道、ここで休んでいった方が良いんじゃないか?」
ため息をついてユリが言う。
ここ数日の間、マトモな場所で休んでいなかったこともあり疲労がたまっていた。
「それもそうですね。金田さんとの約束もありますし」
「約束?」
先生が言って中村が尋ねる。
「あぁ、ここで休ませてもらう代わりにレーザーバズーカを提供するってことになっている」
正確にはレーザーバズーカを提供する代わりに要塞へ入る許可をするという話なのだが、中村はそんなことを知らない。
なら、少しくらい約束の内容を変えても良いだろうと思ったのだ。
「勿論、その為の技術提供はしますよ」
先生もそれに乗る。
「……分かった。どこか適当な所に部屋を用意させる」
ややあって中村が答えた。
ケン達が持つ、要塞外の情報と先生のレーザーバズーカとそれらの技術を手に入れたいと考えたからだ。