8話
ケンを戦闘要員に加えるという話が本人に伝わった時、ケンはこれを2つ返事で受け入れる。
これは、その事を伝えた当人である村長と志村を驚かせた。
そして、すぐに志村はケンの戦闘訓練を始める。
しかし、訓練といっても志村は職業軍人という訳では無いので、ケンに教えられることといったら武器の使い方ぐらいのものなのである。
そんな訳で、肝心の訓練の内容も村の裏にある山で放し飼いにされている鶏やら鹿やらを相手に、銃を命中させるための練習を行う程度のものだった。
「狙いを付ける時はなるべく落ち着くんだ」
レーザーライフルを構えるケンの後ろで志村が言う。
「当たれ!」
ケンはそう呟いてトリガーを引く。ライフルの銃口が輝いてレーザーが発射される、が狙いは外れて、獲物である鹿とは明後日の方向に命中する。
鹿は当然逃げ出してしまい、山の木々の中に姿を隠してしまった。
「うまくいきませんねぇ……」
ケンが呟く。
「当たらないと晩飯は抜きだぞ。これは食材調達もかねてるんだ」
「ぐへー」と声を出すケン。そして、再び獲物を探して歩き出す。
ちなみに、どうして鹿狩りなのかといえば、この裏山には多数の鹿が生息しているからである。
どうしてこうなったかは分からないが、どうやらこの裏山は鹿の生息に適しているらしく、天敵もせいぜい食料調達のために狩りに来る人間くらいのものなので、この裏山の鹿の個体数は非常に多いのだ。
そんなこともあってかケン達が住んでいる村の主なタンパク源は鹿肉となる。
余談だが、鹿の肉は臭みが無く淡白な味の牛肉といった感じだ。
「お、もう一匹出てきたぞ」
志村が茂みの中いる鹿を見つけて言った。
ケンはその言葉に反応して、即座に獲物に狙いをつける。
その時に一瞬だが、鹿の動きが止まったように見えた。人差し指でトリガーを引く。
「当たるな」
ケンの直感がそう告げた。次の瞬間にはその通りに、レーザーが鹿のわき腹を直撃する。
断末魔の泣き声をあげて倒れる鹿。
「やったな、初めての命中だ」
志村がケンの肩を叩いて言った。
「ですね」
そう言ってケンは構えていたレーザーライフルを下げる。撃たれた鹿は倒れて動かない。
先程まで確かに動き回っていたのだ。それは、先程まで生きていたことになる。
しかし、ケンがトリガーを引いて発射したレーザーが、その鹿の命を奪った。
それは一瞬の出来事である。
「あまり気分の良いものじゃないですね」
倒れた鹿の死体を見ながら言った。
動物とはいえ、こんなに簡単に命を奪えてしまうことにケンは罪悪のようなものを感じる。
「そう思うか?」
志村が鹿の死体に近寄りながら答えた。
「見ろ。上物だ」
その言葉を聞いてケンは嘆息した。この人は殺された鹿がスーパーの特売品か何かとしか思っていないのかと憤慨する。
それを見た志村は苦笑しながら言った。
「まぁ、何かを殺す事に抵抗があるのは当たり前だろうがな。生き物ってのはそうやって生きていくんだ。せいぜい殺したものを無駄にしないことだな」
「食物連鎖?」
そりゃそうなんだけどさ、とケンはそう思いながら呟く。
確かに人間、というよりも生き物全般は大なり小なり他の生物を食することで生命行動を維持している。
しかし、だからといって自分の手で他の生物の命を奪うという行為にケンは抵抗があった。
それが、単なる訓練の一環とあれば尚更である。こんな簡単に他の生物の命を奪って良いのだろうか?
今のケンには生きていくためには仕方ない事と理解しつつも納得できずにいた。
「しかし、意外だよ」
志村はケンが仕留めた鹿から目を離すと唐突に話題を変える。
「何でお前は戦闘に出される事をあっさりとOKしたんだ?」
それは、先程からずっと志村が疑問に思っていたことである。
普通の人間なら、人員が減ったから戦闘に出ろと言われても、それをすぐに認めることは出来ないだろう。
普通の仕事ならまだしも戦闘である。
命の危険性があるのだ。
それを2つ返事で容認したとなれば、当然疑問に思う。
「いや、断われば村を追い出されそうですし……」
ややあってケンが答えた。
「追い出される、か」
思い当たる節があるのか、神妙な顔つきで志村が呟く。
「ええ、何ていうかここの村の人達……。特に女性陣がね」
「風当たりが厳しい?」
「はい……」
ケンは申し訳なさそうな顔で頷く。
それを見た志村は、そうだろうなと頷く。
実際にケンが村の中で会話しているのは、志村達くらいのものであり、他の村人から会話を振られているのを志村は見た事が無い。
特に女衆はそれが顕著であり、ユリとミク以外の女はケンが軽く挨拶をしても無反応という事が珍しくなかった。
ケンはそれを改めようと。もっと言えば村に自分を認めてもらいたいという理由から戦闘に参加する事を決めたのである。
それが全てという訳では無いが……。
「おかげでユリにどやされたぞ」
志村は苦笑しながら言った。
「あの人らしいですよ」
それに対してケンは苦笑では無く、苦々しい顔をする。
「前にユリさんのライフルを見せてくれって言ったら、玩具じゃないって怒られましたよ」
ケンはため息混じりに口を尖らせて言った。
その時の事を思い出して。少しくらい触らせてくれても良かっただろうと思う。
「まぁ、男ならそういうのに興味を持つからな」
志村はそう言いつつも。玩具じゃないというユリの言い分は正しいと内心で思った。
その辺りの感覚は実際に戦闘をしたことが無いケンにはまだ分からない感覚なのだ。
「戦闘か……。格好良いと思うか?」
そう言って真顔になる志村。
ケンは「え?」と声を出して少し考える。
「よく分からないけど、何かを守るって言うんですか?そういうのは格好良いんじゃないですか?」
ややあってケンが答える。
「そうか」
志村は言った。
成程、こいつは戦闘に憧れてやがる。
確かに、戦闘を終えて帰ってきた連中が獲物を片手に「今日は何体倒した」とか話している姿は格好良く見えるだろう。
特に14歳という年頃の少年の中には、武器やら戦闘やらに関心を抱くのが何人かはいるものだ。
この佐原ケンは、その中の何人からしい。
志村はそう思って顔を曇らせる。
普通なら、その戦闘に対する憧れは大した問題ではないのだが、このギジの世界では戦闘が非日常ではなく日常の延長にあるのだ。
テレビゲームでもやるような気分でいられたら痛い目を見るのは間違い無い。
「かと言って、こればかりはな……」
実際に戦闘に立ち会わないと分かるまい。そう思う志村。
「戦闘は遊びじゃないんだ。格好良いとか悪いとかは考えないほうが良い」
言ったところで理解出来ないだろうと思いつつも、志村はそう言ってケンの肩を叩いた。
ケンは「はぁ」と気の無い返事をする。
「まぁ、今日はこんなところだろう。そろそろ帰るか」
2人ともダレてきた頃である。これ以上は訓練を続けても身にならないと思い、志村が言う。
ケンも志村の言葉に同意して「そうですね」と返答した。
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2人が獲物を抱えて村へ戻った時である。
「どうだった?」
村の中年の女がケンに声をかけた。
余所者である自分を疎ましく思っているはずなのに、珍しいこともあるもんだと思いながら抱えていた獲物を降ろしてみせる。
「この通りの上物ですよ」
それを見た中年の女は困惑しながら言う。
「いや、そっちじゃなくて訓練の方」
だろうな、とケンは内心で思った。
この人は戦闘で自分が使えるかどうかを見極めようとしているのだろう。でなければ、何の用も無いのに声をかけたりしない。
それは、しばらくこの村で暮らしてみて分かった事だ。
「別に、レーザー銃の使い方を習っただけですよ」
ケンは嘆息交じりに言ってみせる。
「そう?」
女は疑わしいものを見るような目でケンを見ながら言った。
「銃を握ったのが初めてならそんなもんでしょう」
そう言ったのは志村だ。
「ケン。食事当番の連中に獲物の事を知らせてきてくれ」
志村はそう言って、ケンからレーザーライフルを預かる。ケンは「分かりました」と頷いて厨房に向けて走って行った。
それを見ながら、今日の食事当番にはユリとミクがいたか、などと埒もないことを考える。
「えっと……」
女が何か言いそうな顔で志村を見た。
「これですよね?」
志村はケンから預かったレーザーライフルを女に渡す。今回の訓練で使ったレーザーライフルは村の共有物だったからだ。当然、忘れずに返さねばならない。
「ケンはまだ子供です。ちゃんと村の一員として接していけば村のために戦ってくれますよ」
ライフルを渡す前に志村が言った。
その発言に女は顔をしかめる。
「子供はしっかりと育てないとグレて大変なことになる。ま、大人ならその辺の事は分かってるとは思いますがね?」
その皮肉を込めた志村の一言で女は不愉快な気分になった。
「分かってるわよ」
思わず声を出す。
「でしょうね」
志村は何てことも無しに言って見せた。その内心では、正論を言ったところで理解してないだろうし、理解しようともしないだろうと軽蔑する。
この村は保守的というのを通り越して閉鎖的であり、他者を絶対に認めないという風潮なのだ。