69話
柴本の死を伝えられた幹部は悲しむよりも、怒りを顕にした。
「奴らは先生への恩を仇で返すのか! 先生がいたから、この村は今まで生きてこれたんだ! あの人が武器の整備や作物の育て方を村に教えたことを忘れたのか!」
柴本派の幹部が叫び、下の者もそれに倣い反柴本派の批判の声をあげた。
「一転攻勢に出るぞ!」
その叫び声で柴本派は攻勢に出る。
彼等の数は18人、それに対して反柴本派は24人と数の差では不利だった。
武器屋旅団もいたが、力を貸す様子は見受けられない。
しかし、彼等の怒りはそんな事を意に介さなかった。それは文字通り熱狂といっても良いのかもしれない。
柴本派はまず2つのグループに別れた。
「中央に火線を集中!」
そして1つのグループが反柴本派の中央に一斉射撃を行い、これを左右に分断する。
そのまま、火線の断層を作り合流を防ぎ、その間にもう1つのグループが左右に別れた側で数の少ない方である右翼に突撃した。
これらの動きは完全に統率されていて、素早く無駄が無いことに武器屋旅団副団長のアキラは驚く。
「元々、1つの思想を仰いでいた人達ですからね。彼等の団結力は馬鹿に出来ませんよ」
驚くアキラにそう言ったのは先生だ。
「その団結力をこんな風に使うとは、教祖様も思ってなかったろうな」
アキラが言った。
その時点で反柴本派の右翼が全滅。それを機に柴本派は全員突撃を行う。
その戦闘の結果を武器屋旅団が知るのはかなり後になる。
柴本派の突撃と同時に武器屋旅団は一気にその場を退いたからだ。
だが、その結果を聞かされた時、どの団員も口を揃えて「馬鹿らしい話だ」と嘲笑うことになる。
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「結局、あの人達は何がしたかったんでしょう?」
そう言い出したのは大高エミリだ。
「さぁな。何やら御大層な話をして、その考えを同意しない俺達に癇癪を起こして、勝手に内紛を起こしたとしか言い様が無い」
ケンが答える。
「あの人達は信念とか正義とかの為に闘うとかって言ってましたけど……」
自ら内紛を起こすような人達が正義などを語るのは滑稽ではないかとエミリは思う。
「馬鹿らしい話だ。結局、信念や正義なんていうのは人によってそれぞれ違うものだ。そんなものの為に命を張るなんてな。まだ、共通の価値がある金とか物資の為に命を張る方が納得出来る」
ケンはそう言って嘲笑すると、自分もかつては同じ様な事をしていたと思う。
しかし、結果として正義を成したつもりが単純に紛争に力を貸しただけであったことに愕然としたのだ。
「あの子供はどうしたか……?」
両親の仇を討つように頼み、その結果として自分の恩人が死んでしまうという事態になった子供がいたことを思い出す。だが、そういった事があったことは思い出しても、その子供の名前までは思い出せなかった。
「まるで世の中には正義なんて無いって言ってるみたいですね」
みたいでは無く、そう言っているのだろうとエミリは思う。
今までの事を思えば、そう言いたくもなるのは無理も無い話とも思った。
「正義があるか無いかなんていうのは俺の知ったこっちゃ無い。ただ正義があったとして、それを他人に強制するなってことだ」
ケンは無愛想に答える。
その言葉はケンのポリシーとも言える内容だった。
つまり、彼は誰かに思想を押し付けられるのも、自分の思想を押し付けるのも嫌いであるということだ。
「先輩も正義の為とか言って戦ったことがあるんですか?」
エミリが尋ねる。
その質問にケンは僅かに顔を曇らせた。
「あるにはある。……けど、すぐに意味が無いって気付いた」
あれは結局労力の無駄だったかもしれないと今更になって思う。
そんなケンの答えにエミリは正義とは何だろうと思った。
そもそも、世の中で正義を口に出して言っている者達を思い返せばどれも胡散臭い者達ばかりである。
選挙前の政治家に宗教家、マトモなのはテレビ番組の中にいる創作物のキャラクターぐらいのものだろう。
「何ていうか、正義だなんて言う人って信用出来る人はいませんね」
思わずそんなことを口にする。
「そういう事を言うのは自分の言葉に酔っ払って周りが見えていない奴だろうな」
自分の信念を平然と口に出す奴なんてそんなものだろうとケンは今までの経験からそう思うようになっていた。