67話
その夜、武器屋旅団の面々は講義から帰ってきて村の客人用の宿舎として使われていバラックに集まっていた。
「で? 一体どんな話だったんです?」
例の講義から帰って来たケンに先生が尋ねた。
「さぁ? 綺麗事ばかりの下らない話だったと思いますよ?」
嘲笑うかの様にケンが答える。
「お前、ずっと寝てただろ」
目を細めてユリが言った。
「下らない話を聞くくらいなら寝ていた方が時間の有効活だろ」
ケンは悪びれる事も無く答える。
それを見て、ユリはやれやれと首を振った。
「まぁ、この教えで人見知りが治ったとか友人が出来たとかいう話と……」
「綺麗事ですよ」
ユリが言いかけたところにケンは言葉を被せる。
「皆で仲良くしましょうとか、礼儀正しくしようとかっていう話を大袈裟な言葉で飾り付けてるだけですよ」
そのケンの言葉にユリは「おや」と少しばかり驚く。それを見たケンはムスッとした表情を返す。
「完全に寝てた訳じゃ無い」
途中でユリに何度か小突かれたからなと内心で付け足した。
「それと、自分の目標を決めようって話になったな」
3人の後ろから副団長が声をかけた。
「副団長」
そういえばアキラも講義に参加していたことを先生は思い出す。
「何でも、どんな小さな目標でも良いから、それを決めて達成していく事で勝利の人生にするとかって話です」
ユリが言うとケンは肩をすくめてみせた。
「馬鹿馬鹿しい」
目標を立てて、それに向かっていくことは悪い事では無いと思うが、それは他人に言われてやるような事では無いと考えてのことである。
「その様子じゃ佐原君は他人にそんな事言われる筋合いは無いとか言って大変だったんじゃないですか?」
苦笑しながら先生が言った。
「それじゃあ、ただ生きてるだけの動物と変わらないって言われましたよ」
図星をつかれた事でケンは顔を僅かに曇らせる。
しかし、ケンの言うことも理解出来ると先生は思った。
人生の目標などというのは他人にどうこう言われて決めるものでは無いし、そもそも目標が無ければ死ぬという訳では無いので、そんなものは定めなくても良いのだ。
人間の生き方はそれぞれであり、他者に迷惑をかけない限りは自由だろうと思う。
「まぁ、そのおかげで白河の目標は簡単に決まったけどな」
アキラが悪戯っぽく笑う。
「それは?」
先生が尋ねた。
「この不良少年を更生させる、だ」
アキラが答えて、ユリは眉を八の字にして困った様な笑みを浮かべる。
「だから、俺は他人にお節介を焼かれないようにするって目標にした」
ユリに視線を向けながらケンが言った。
「それは何とも……」
愉快な返しだと先生は思い肩をすくめる。
「それでも、ミクちゃんやユリちゃんが来るまでの佐原君はもっと酷かったわよ?」
そう口を出したのは泉である。
彼女はトウの街でオアシスなる定食屋を営んでおり、そこにはケンも訪れていた為にユリ達と会う前のケンについての事情をある程度は知っていたのだ。
「あぁ、泉さん。脚は大丈夫ですか?」
先生が尋ねた。
泉は先程までバラックで休んでいたのだ。中年の彼女にとって重い荷物を背負いながらの歩き旅はかなりの負担だったのである。
「少し落ち着いたわ。それよりも佐原君よ。ユリちゃん達が来るまではそれは酷かったわよ」
懐かしい思い出でも語るような口調だ。
「何となくそんな気はします」
ユリはケンを一瞥した。
「競闘に出るだけならまだしも、しょっちゅう喧嘩はしてたし、博打や怪し気なシゴトもやってたじゃない?」
「喧嘩?」
以前、ケンがトウの街で襲われた時は喧嘩どころか文字通りの殺し合いだったはずだとユリはケンに視線を向ける。
「正当防衛だ」
ケンは短く答えた。
「もっと言えば、博打は大概負けるから遊び程度しかやっていない。まぁ、賭場の警備は何度か引き受けたけど……」
怪しいものだとそれを聞いた泉は目を細める。
「怪しい仕事?」
そこに食いついたのは副団長のアキラだった。
「探索の護衛さ。たまに依頼主が消えることがあるけどな」
要は探索の体でケンを誘き寄せて殺害しようと企む輩がいたということである。
「何だよ?」
全員が疑いの目をケンに向けていた為に聞き返した。
「皆! 取引は終わったわ! 明日にはここを出るからそのつもりで!」
背後から大声で団長のユウコが団員全員に言った。