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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
ギジの世界
66/112

66話

 結局、和学の村による講義に参加しなかったのは団長であるユウコ、泉、加村、先生、ミクと他数人のみである。

 ユリとケンが講義に参加したのは団員達のお目付け役という意味もあったと思われるが、それを知るのは指示を出したユウコのみであった。


 その夜である。

 武器屋旅団に与えられたスペースは団員達がほとんどいなくなった事も閑散としていた。


 先生はそこで物資の整理をしていた。

 この村に引き渡す物資と、交換で手に入れた物資をまとめているのである。


「やぁ、君達が噂の旅団かね?」

 そう声をかけられて先生が顔をあげると杖をついた老人の男が立っていた。


「えぇ」

 そう先生が答えると老人はフムと先生を見て目の前に座り込む。


「何ですか?」

 先生が尋ねると老人は面白そうに含み笑いを浮かべた。


「いや、君は講義に参加しないのかと思ってね」

「……私は宗教に興味がありませんからね」


 妙な雰囲気の老人だと先生は思う。柔らかな物腰だが、それだけでは無い何かを老人に感じたのだ。

 この老人は癖者だなと直感する。


「だが、こんな世界だ。何か心の支えを持って荒れた心を正常にするのは重要だと思わないかい?」

 老人が言う。

「どうでしょうね? そもそも私は宗教という存在そのものに懐疑的です」

 先生はなんでこんなことを言い出したんだと思った。


「ほう? 良ければどうしてか話してくれないか?」

 老人は興味深そうな顔で尋ねる。


「はぁ……。これはあくまで個人的な見解であり、他人の宗教観を否定するという訳ではない事を理解していただけるのなら」


 そう言った先生に対して老人は笑いかける。


「私はそこまで狭量では無いよ」

「それは安心です。世の中には自分の考えと違う事を言うだけで顔を赤くしてイチャモンをつける人がいますからね……」

 お互いに思い当たる節があるの2人は苦笑しあう。


「そうですね。まず、宗教というのは殆どが神や仏などを崇めています。そうでなくても所謂教祖などと言われる人達は大体が人外として扱われています。そこが大きな問題だと思います」

「ほう?」

「それは、何か苦難があってもそれらの人外が持つ不思議な力で救ってもらえるという、現実逃避に近い考えを生むと思います。そうなれば人はその苦難を自分達の力で何とかしようという気持ちは薄れ、それは怠惰になり、その人達はいつまで経っても進歩しないのでは無いでしょうか?」

「まぁ、確かにそれはあるな。だが全部が全部現実逃避という訳でも無いと思うがね?」


 我ながら妙に饒舌だと先生は思う。

 目の前の老人を一瞥して少し考える。

 そんな先生を面白そうに老人見ていたが、やがて口を開く。


「確かに、君の言う通り指導者を人外として扱えばそうもなるだろう。しかし、現代では指導者よりも指導、つまり思想そのものを仰ぐようにしているものもあると私は思うがね」

「指導者個人で無く、その教えそのものの信仰ですか? 確かにそれが一番理想的かもしれませんが、実際のところは難しいと思います。迷っている人は思想よりもその人のカリスマ性に惹かれますからね」


 老人は「フム」と声をあげる。


「皆が皆、そういう訳では無いと思うが……?」

「それを言ったらキリがありませんよ。どの人達もきっと自分達は他とは違うと思っているでしょうからね。……というより、それも問題の1つですね。自分達は他とは違う、これは絶対に正しい思想だという考えは傲慢を生み、それは他者を受け入れないという事にも繋がります。人類の歴史の中では、宗教の違いで戦争も起きていますしね」

「宗教は戦争を引き起こすと?」

「起こしていました。それはおそらく今も変わらないと思いますよ。何より、他の考えを受け入れないというのは、そこからの進歩は期待出来ないと思います。人間は様々な考えを受け入れて、その結果として進歩していると私は思っていますからね」

「つまり、君は宗教というのは1つの思想に凝り固まって、それ以上の進歩が無いと言う訳かね?」

「結論から言えばそうなります。まぁ、心の支えというのを求める人はいますし、それを宗教に見出すということを否定はしませんけどね。宗教も1つのコミニュティであり、人間は何かしらのコミニュティに精神的な安定を見出す生き物だとも思いますから」


 先生はそこまで言うと一息つく。

 この考えはあくまで外の世界に置ける話であり、ギジの世界ではあまり意味の無いことだと思うからだ。

 外とギジの世界はそれだけ環境が異なる。


「でも、これだけは言えます」

 先生は老人を真っ直ぐ見た。

 目の前の老人は何故このような会話を自分に振ったのか?

 話してみて、何となく分かった気がしたからだ。


「その集団のリーダーのカリスマ性があまりにも高すぎれば、それに続く人間がいなくて集団は崩壊しますね。後に続く人間を育てる必要があります。しかもその人はリーダーの考えをちゃんと理解してなければいけません」


 老人は意表を突かれたように目を大きく開けた。


「貴方はその事を心配しているのでは? 他所から見てこの村はどういった印象かを気にして、遠回しにそれを私に尋ねていたように思ったのですが……」


 言われて老人は破顔する。

 図星だった。


「全く、君はテレパシーでもあるのかね?」

 老人が言って、先生は肩をすくめて見せる。

「一応、商人ですからね私は。それに外にいた世界でも色々ありまして、どうにも人の顔色を伺う事ばかり得意になりましたよ」

 人の顔色を伺うことをしなければ商売とはうまくいかないのだ。如何にして利益を上げつつ客に満足してもらえるかが、商売人にとって最も重要な事なのである。


「そうだな、心配になることはよくあるよ。この村の人々は言われた事を額面通りにしか捉えておらず、その真の意味を理解していないんじゃないかとね」

 老人はため息をついた。

 ややあって再び口を開く。

「本来の和学はその教えを誰彼構わずに話すような事では無く、それを求める人に教えるはずだったのだがね」

 昼間の過剰なまでの勧誘についてだろう。

 遠い目をして老人は呟く。


「先生!」

 男が叫びながら走って来た。

 老人が振り返るよりも先に、武器屋旅団の先生が反応する。

 男が老人に駆け寄ったことで、この老人が先生と呼ばれている事に気付く。


「あなたは……」

 この老人こそ、この村で和学なるものを教えている指導者の柴本であることに先生は理解した。


「いや、中々面白い話だったよ。ありがとう」

 柴本は立ち上がると村の男に頷いて、そのまま手を振ると歩き出す。

 男は何やら柴本に囁き、柴本はそれに対して苦笑を返しているようだった。


「成る程。確かに話しやすい人ですね。人気があるのも分かります、が……」

 彼の思想がどんなものかは分からないが、柴本という人物は理想主義者なのかもしれないと先生は漠然と思い至る。

 だが、理想だけでは人は駄目なのだと内心で柴本に訴えた。

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