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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
ギジの世界
65/112

65話

 エミリが谷底に落ちて、肉が食べられなくなるトラウマから数週間が経過した。

 相変わらず旅団は例の地図を頼りにオーバーロード要塞なる都市伝説を追っている。

 その途中で幾つかの小さな集落や行商人連合などと取引を行うことが出来た為に、物資面の心配はほぼ無くなったと言っていい。


「おい、集落だ」


 先頭を歩いていた団員が正面を指さした。

 それはどう見ても人の住んでいる集落だった。周りは木材や石垣、その他の廃材で作られた塀で囲まれており、入り口とおぼしき門には人が2人立っている。


「やぁ、こんにちは!」

 初めに声をかけてきたのは門番だった。

 その声は妙にハキハキとしており、旅団全員を驚かせた。


「本日はどの様な要件ですか?」

 門番が尋ねる。

 その声は明るく誠実な人間であるかのように見えたが、その手に握られたレーザーライフルから警戒している事を伺わせる。


「私達は武器屋旅団。主に武器を中心にした物資を取引しているんだけど」

 団長である星ユウコが前に出て言う。

「あぁ、少しお待ち下さい」

 門番はそう答えると上に向かって手信号を送る。

 よく見れば正面の門の上には踊り場があり、そこに数人の男たちがいた。


 上にいた男の数人が奥に引っ込み団員達の視界から消える。ややあって再び男が現れると門番に向かって手信号を送り、それを見た門番が頷いた。


「許可が出ました。ようこそ! 和学の村へ」

 門番は明るく誠実な声で歓迎の言葉を言った。

 それは作り笑顔か、素で言っているのか、妙に高いテンションであり団員達は珍しい反応に顔を見合わせる。


 門が開き中に案内された。

 あちこちに掘っ立て小屋があり、その側では作物が菜園で育てられていた。

「似ているな……」

 ケンは自分がギジの世界で一番最初にいた村を思い出す。


「この村は和を学ぶ人達が集まる村、故に和学の村と名付られたんです」

 旅団を村に入れた門番が嬉々として村のことを語り始める。

 しかしそれを聞いている団員はほとんどおらず、それぞれが村の様子を見て、取引出来る物資や手に入る物資は何かを考えていた。


「ここです」

 武器屋旅団は村の中央の広場で立ち止まる。

「ここで取引を?」

 ユウコが尋ねた。


「はい。取引、というより商売ですか? それはこの広場で行って下さい。村として欲しい物は後でリストを渡します。それまでは個人を相手にした取引になりますね。それと、警備の為に武装した者を付けます」

「分かったわ」

 ユウコの合図でそれぞれが取引物資や、それに必要な物を広げ始める。


 それに合わせるように村の人々が集まり出した。

 どの人々も見た目はギジの世界ではよく見る格好をしている。

 しかし、それまでとは定的に違うところがあった。


「こんにちは!」


 どの人々も妙に明るい。というよりも、ハイテンションなのだ。

 それだけなら何ということも無い。

 だが、そのハイテンションは無理矢理作り出した様であり、声は明るいが目が笑っていなかったのである。


「はぁ」

 声をかけられた旅団の修理屋である先生が顔をしかめながら返答した。


「色んな物がありますね。何処から来たんです?」

 先生に声をかけたのは村の女だった。年齢は20代後半だろう。

「あちこち回ってますよ」

 女の妙に馴れ馴れしい態度が先生は気に入らなかったのだ。


「で? 何か必要な物は?」

 先生が尋ねる。

「え? あぁ……」

 その言葉に面食らった様に女が顔を左右に動かして並べられた物を見る。


「もう少し他の物を見たいので」

 女は若干引きつった笑みを浮かべる。

「そうですか」

 口調こそ落ち着いているが、目であっちへ行けと先生は女に訴えかける。

 女は「じゃあ」と短く答えると、その場を小走りで去って行く。


 その背中を視線で追うと女は後ろにいた中年女に何やら話しけた。中年女は何やら頷くと女の肩を叩いて先生を一瞥して、再び女に何やら二言三言話して頷く。


「へー、凄いじゃないか!」

 背後からそんな声が聞こえた。

 振り向けば村の男がユリと親しげに会話をしている。


「いえ、そんな事……」

 褒められたことにユリは顔を赤らめた。

「いや、こんな世界だ。こうやって生きているだけでも凄い事だよ。皆は気付いていないけど、当たり前の事って実は凄い事なんだ」

 整った顔立ちで笑みを見せながら男が言う。


「君も大変だったろう?」

 男は隣にいたケンにも声をかけた。

 ケンはつまらなそうな顔で男を見上げる。


「で? 欲しい物は?」

「おい……」


 そんな話はどうでも良いと言う様にケンが尋ね、ユリがそれを咎めた。


「ハハ……、お姉さんを取ろうって言う風に見えたのかな?」

 苦笑しながら男が言う。

 その言葉にユリは再び顔を赤らめた。

 自分が知らない男に話しかけられているのをケンが気に入らないので、そういう態度に出たとなれば少し嬉しかったのである。

 それだけ自分を思ってくれているということだからだ。


 だが、実際のところケンは単純に馴れ馴れしいこの男が気に入らなかっただけであるのだが。


「俺達はここに商売をしに来ただけだ。無駄話をしに来た訳じゃ無い」

 その言葉からユリはケンの意図を察して期待を裏切られた気分になる。

 もっとも、思い返してみればトウの街にいた頃からこんなものだったとも思う。


「商売をするならもう少し愛想良くした方が良いと思うな」

 男は笑顔を崩さない。

「俺はどちらかといえば雇われで、本業は戦闘だからな。そういう愛想はこちらに任せてある」

 ユリの事である。

「すいません。コイツ荒れた所に長い間いたので」

 これはいけないとユリが謝った。


「はは、良いじゃないか。やっぱり君は私が彼女と話すのが気に入らないようだ」

 悪びれる事も無く男が言う。その人懐っこい笑顔は崩れない。

「話が長いと言った。アンタがユリさんを口説こうが何をしようが俺は知ったこっちゃ無いが、やるなら商売時間の外でやれ」

 ケンの口調に怒りの感情が見て取れる。

 赤の他人に対して感情的になるのは、ここ最近のケンとしては珍しいとユリは思った。


「なら、そうさせてもらおうかな?」

 からかうように男が言う。

 ユリは心臓が飛び出るかと思うくらいの衝撃を受けた。

 面と向かって口説かれるなどというのは生まれて初めてだったのである。

 ケンも眼を見開だく。


「実は今夜に柴本先生の講義をやるんですよ」

 男の言葉に2人の動きが止まった。

 講義という聞き慣れない単語が出た為である。


「あぁ、この村は元々盗賊団のアジトだったんですが、柴本先生が和の心を持って彼らを説得して出来た村なんです」

 一体何の話だとケンとユリが目を合わせる。 

 男は説明を続けた。

「それ以降、柴本先生はこの世界では和の心を持って生きていかなければならないという教えを開き、我々はその教えを学ぶ為に講義を始めまして、それが今夜にあるんです」

 言い終わり、ケンがフッと笑う。


「なるほど。要は宗教だ」

「そういう言い方は好きじゃ無いけど間違ってはいないかな?」


 男は苦笑した。


「何にせよこんな世界だからこそ、何か芯の通った信念みたいなものが必要だと思わないか?」

「それがアンタらの言う教えとやらか?」

「そうなるね」

「興味無い話だ」


 ケンはバッサリと切り捨てた。男の話はどう聞いても胡散臭いものにしか聞こえなかったからである。


「初めはそう思うかもしれないけど、騙されたと思ってきてごらんよ」

 男はそう言って何やら集合場所やら時間が書かれた小さな紙をケンとユリに半ば押し付けるように渡した。

「信じられるのが武器だけっていうのも悲しいだろ?」

 ケンが腰に携えた“でんでん銃”を見ながら男が言うと「それじゃあ今夜」とユリに囁いて背を向けて歩き出した。


「何も買わないで宗教の勧誘だけしていったな……」

 舌打ちをしながらケンが言った。

 ややあってユリに顔を向ける。


「で? どうするのさ。中々、面白い口説き方だと思うけど?」

 ニヤリと笑いユリに尋ねた。

「あー」

 答えに窮してユリが声をあげる。


「へー、ユリちゃんも口説かれたんだー」

 背後から気の抜けた声で言われた。

 水野ミクである。


「“も”ってことはミクさんもか……」

 どうやら団員達のほとんどが同じ様な誘いがあったようだ。


「勿論、断ったけどねー」

 クスクスとミクは笑う。

 何だかんだで自分の意思は曲げない性格なのだ。


「大体、ああいうの気に入らないんだよね」

 そう言ったミクの目線の先には村の女と、それに話しかけられて鼻の下を伸ばしている男の団員がいた。

 武器屋旅団にも女性はいるが、基本的に男世帯であり、旅団の外の女性はどうしても魅力的に見えてしまうのである。

 しかもそれが美人となれば尚更だ。


「鼻の下伸ばしちゃってさー。引っ掛けられてるの気づかないなかな?」

 呆れたようにミクが言う。

 そういえば、自分に話しかけてきた男も顔立ちが整っていたなとユリは思った。


「ハニートラップ、か……」

 ケンが呟く。

「ケンちゃんはそういうのに弱いかな?」

 クスクスとミクが言った。


「そんなのに引っ掛かっていたら、俺はトウの街で裸にひん剥かれた状態でミクさん達に会っていたさ」

 トウの街では競闘だけでなく、水商売や賭場に風俗だって数え切れないくらいあったのだ。


「で、ユリちゃんは行くの?」

 ミクは話題を変える。

 そう尋ねられ、ユリは「うーん」と唸った。


「いや、行かないな」

 例の男は確かに誠実そうな人柄であったが、誘いそのものは怪しいと思ったのだ。ケンが言った宗教という言葉を否定しなかったこともある。

 日本人というのは宗教というものに抵抗があるのだ。

 何よりも今までの話を聞いていれば、あの男が勧誘目的で近付いたのは明らかだ。わざわざそれに付き合う必要も無いと思ったからである。


「そりゃそうだよな」

 ケンはユリの答えを聞いてフンと嘲笑した。


 だが、ケン嘲笑とは裏腹に誘いを受けた旅団の団員は、全員その夜の講義に行くことになる。

 鼻の下をを伸ばした団員が思ったよりも売上を出さなかったことに団長のユウコが呆れたからだ。

 また、村人個人との取引はうまくいかなかったが、村全体の取引、つまりは公共的な物資に関しては有益な取引が出来たので、それの礼という意味もある。

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