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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
ギジの世界
63/112

63話

 エミリがギジの世界に来て、屋根のある部屋で、しかもベッドで寝るのは初めてだった。

 多少、汚れているが今までほぼ野ざらしで寝ていたことを思い返せば問題にするような事では無い。


 でも、どうしてここまで良くしてくれるのだろうと改めて疑問に思う。

「人に優しくする奴には裏がある。ギジの世界じゃそれが鉄則だ。皆、苦しいからな」

 少し前にケンがそんなことを言っていたのを思い出す。


 あの人達も裏があるのか?

 そんな疑いがエミリの内心で首を擡げる。

 確かに、何の見返りも無く寝床と食糧を提供してくれたのは不自然に思えた。食糧が貴重なのは今までの経験からエミリ自身も理解していたからだ。


 たまたま目に入ったレーザーライフルに手を伸ばす。

 その時だった。ドアをノックする音がして、引っ詰め髪の女が現れる。


「あぁ、起きてたの?」

 一瞥して女が言う。

「ええ。……どうかしましたか?」

 エミリは尋ねながらライフルのグリップを握った。


「あー、タオルケットを持ってきたのよ。掛け布団代わりにと思って」

 そう言って女は脇に抱えていた薄いタオルケットを見せた。

「ありがとうございます」

 それを受け取るエミリ。


「それじゃあお休みなさい」

 女はそう言ってドアを閉める。そして部屋の外から足音が遠ざかっていった。


 女の持ってきたタオルケットは綺麗であったが、表面は毛羽立っていた。おそらく長い間使われていたのだろう。


 それからしばらくウトウトと眠っていたが、特に理由や原因も無く目が醒めた。

 身体を起こしてレーザーライフルを掴む。窓から夜空が見える。

「トイレ……」

 何となくそう思って立ち上がった。


 部屋の扉を開けて廊下に出る。

 実際のところはトイレに行きたいという訳では無く、ただ眠気が収まったので、とりあえず体を軽く動かしたいというだけであった。


 そのまま真っ直ぐ進むと、灯りの漏れている扉を見付ける。

「何だろう?」

 軽い気持ちで扉を開けた。


「うっ……!」

 部屋に入ると、鼻を突くような血生臭いが部屋全体を覆っていた。室温は涼しく、天井には白色電灯がぶら下がっている。

 だが、そこには電灯以外にもぶら下がっているものがあった。


「何これ、肉?」


 そこには幾つもの肉がぶら下がり、そこから血が滴り下に置かれたバケツを赤く染めていた。

 中央には学校の家庭科実習で使われているような机が配置され、その上には同じ様に肉が置かれている。


「血抜き?」

 捌いたばかりの肉を調理する為には血抜きをする必要がある。その光景を思い出し、この部屋でもそれをやっているのだとエミリは納得した。


「それにしても……」

 机の上に置かれた肉を見て顔をしかめる。

 置かれた肉が大の字の形になっており、まるで人間が倒れているように見えたからだ。

 おそらくは誰かの悪ふざけだろうと思う。


 頭の部分は無かったが、中心に胴体があり、左右に腕と脚が配置され、ご丁寧に5本指まで付いていた。

「指……?」

 はて、とエミリの思考が止まる。


 ややあってエミリの背筋に電流が疾走り、戦慄した。

 そこに置かれた肉の形は、所謂食用の動物の物とは掛け離れた形だったのだ。


 そして肉の配置された位置。

 それらの意味するものから、エミリはこの肉の正体に気付く。

 更には先程までそれを自分も食していた事も思い出した。


 恐怖、不快感、罪悪感。

 そう言った感情が雪崩込み、エミリの心は激しく動揺する。いや、錯乱といった方が正しいだろう。

 自分の腹を両腕で押し込んで吐き出そうとするが出来なかった。


 とにかくここから出なければ、錯乱しながらもそう判断してエミリは部屋から出ようと、近くにあった棚に手をかけて立ち上がる。棚の上にあった、これから捌かれるであろう脚が落ちた。

「ひっ!」

 引きつった声をあげ、どれだけの犠牲が出たのだろうという疑問も生まれる。


 その時だ。

 閉じていた扉が静かに開き、そこに長髪と中年女が立っていた。


「見たね?」


 冷たい刃の様な声で長髪が言う。

 恐怖でエミリの身体は動かない。レーザーライフルを持って来なかった事を酷く後悔した。


 長髪、中年女、それに続いて坊主頭に引っ詰め髪も入ってくる。それぞれ、手には肉切り包丁を持っていた。


「あああああっ!」

 エミリはとにかく周りの物を手当たり次第に摑んでは投げ始める。

「うわっ!」

 それに怯んだ隙を突いてエミリは4人を押し退け、その場から逃げ出した。


 急いで玄関の扉を開けて外に出ると、真っ暗な中を走って逃げる。

「待てぇっ!」

 後ろから長髪達の声が聞こえた。


 着の身着のまま、エミリはとにかく走る。

 脚を止めれば奴らに捕まり、奴らのその日のおかずは新鮮な肉になるだろう。

 この辺りは砂利が多くて足元が悪く、走り辛いことに憤りを覚える。

 後ろを振り向けば、手にそれぞれ凶器を持った4人が追いかけてくる。走り慣れているのか、その速度は凄まじくグングンと迫り、今にも彼らの得物が背中に突き刺さりそうだ。


 前を向いた時だ。

 エミリは足元の凹凸に気付かず、足を引っ掛けて盛大に転ぶ。

「あっ!」

 そう思った瞬間、その背後から声が聞こえた。


「鬼ごっこは終わりだ」

 長髪が呟く。


 それは死の恐怖だったのか、この者達が持つ狂気に対しての恐怖だったのか。

 とにかくエミリはドス黒い恐怖に飲まれて動けなくなっていた。

 長髪の持っていた肉切り包丁が振り上げられ、エミリは目を瞑る。


「がっ!」

 長髪の乾いた声。

 エミリは終わったと思う。


「うっ……!」

 声を漏らす。

 が、ややあっても何も起きない。


 恐る恐る眼を開くと、長髪は目の前で動きを止まっていたそして2歩後に下がると糸の切れた操り人形のように倒れ込んだ。


「誰だ!」

 坊主頭が叫ぶ。

 次の瞬間、左側にいた中年女の胴体にオレンジの細かいプツプツの様な光が見え、唸り声をあげてそのまま倒れた。


「仲間か!」

「ここから逃げるのよ!」


 そう叫んで坊主頭と引っ詰め髪が逃げ出す。

 エミリは何が起きたのか全く理解出来ず放心状態だった。


「ようやく見付けたぞ」

 ジャリジャリと足音をさせながら現れたのは佐原ケンであった。

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