61話
「で、結局作戦はどうなったんです?」
先生が尋ねた。
「何もしないことに決まりました」
ケンは岩に背を預けて答える。
「それ、作戦でもなんでも無いじゃないですか」
呆れた口調でエミリが言う。
「仕方無いだろ。敵の狙撃手が何処にいるかは分かっても他の敵が何処にいるか分からないしな」
そのままケンは目を閉じた。どうやら寝るつもりらしい。
「まぁ、持久戦ならこっちも負けないでしょう。
物資もそこそこありますからね」
今度は先生が言った。
「そういうことだ。何か動きがあれば教えてくれ。俺は寝る」
ケンはそれだけ言って黙ってしまう。
こんな時に呑気なものだとエミリは驚きと呆れを覚えた。
「そんなに余裕ぶっていられる状況には見えませんけど……」
そう言って辺りを見回す。
「まぁ、敵の姿も見えない上に数も分からないならこうするより無いですよ。我々は諸葛孔明じゃ無いですからね。それ以上の策も思い付きませんし」
先生が苦笑して答えた。
見れば、他の団員達も岩やら何やらを盾にしてそれぞれ思い思いのことを始める。ケンと同じように眠ろうとする者、荷物から食糧を出して食事を始める者、敵の警戒を続ける者、それは戦闘中とは思えない光景であった。
「あぁ、そうだ」
ケンが目を瞑ったまま声を出す。
「おそらく日が暮れたら、それに乗じて敵も動くだろうからお前も休んでおけ」
その言い様は妙に偉そうに聞こえエミリは不快感を覚えた。
「分かりました」
口では言いつつも舌を出して不快感を示す。
「じゃあ、適当な時に起こします。その時は私が寝かせてもらいますよ」
そんなケンとエミリの対比を面白いと思いながら先生が言った。
それぞれ団員達は好き勝手なことを始める。しかし、敵を釘付けにする為に、時々、岩陰から頭や手を出したり、敵がいるであろう方向に威嚇射撃をするなどして敵の挑発も続けた。
こうする事で自分達を常に警戒させ、精神的な疲労を誘う算段なのだ。
そんなことをしている内に日が沈み始め、辺りも暗くなっていく。
しかし、それと反比例して団員達の緊張感は増していき、ケンもそれに合わせるように目付きが変わる。
「持っておけ。身を守る物は必要だろう」
そう言ってケンはエミリにレーザーライフルとバッテリーを渡す。
「練習で使ったことはありますけど……。これで人を撃つんですか?」
そのライフルの重さはエミリに、これから戦闘が始まるという緊張感を与えるのに十分なものだった。
「どう使うかはお前の自由だ。現に人は撃たないっていうのもいる」
ユリのことである。
彼女は未だに人を撃った事が無い。といっても、マンハンターとの戦闘ではそれなりの成果も出しているし、それ以外の仕事は積極的に行っている為に、人を撃たない事を咎める者はいない。
何より、人を撃つことの重みを旅団の面々は知っていた。
《妙だな。さっきから挑発しても反応が無いぜ》
通信機から団員の声が聞える。
《こっちもだ。やっこさんも動き始めたらしい》
その報告にいよいよ団員達も戦闘態勢になる。
ケンが顔を上げた。
「動いたな」
静かに呟いて“でんでん銃”を構える。
「分かるんですか?」
先生が尋ねた。その手にはレーザーライフルが握られている。銃身の下部にはフォアグリップが取り付けられているカスタマイズ版だ。
「微かに足音がしました」
その答えに先生は、よく分かるなとケンの感覚に感心する。
次の瞬間だ。
眩い光を背中に感じたと同時に、ジャジャジャという低い連続音が巻き起こる。それは高熱の油に連続してベーコンでも放り込んだようにも聞こえたが、間違い無く周囲の物をレーザーで焼き払う音であった。
《レーザーガトリングだぜ!》
《確かなのか!》
《間違い無い! チラリと見えた!》
そんな声が団員達の通信機を行ったり来たりする。
「レーザーガトリング?」
盾になっている岩を背にケンが呟いて先生を見た。
「あー、レーザーライフルの銃身を幾つか纏めて、それを回転させて連射する武器ですよ。行商人連合が最近になって開発したって噂だったんですが……」
先生はそう言って頬を掻く。
「それがあるから俺達に挑んだ訳か」
「数の少なさを新兵器でカバーするってことですね」
厄介なことだとケンと先生の2人は顔を見合わせた。
「ん? 数が減った?」
ケンはそう言って周囲に視線を走らせた。
「数?」
先生が尋ねる。
「岩に当たった時の音です。気のせいか?」
そんな事を言った瞬間だ。先生の後ろに見たことのない男がライフルを構えようとしていた。
「いつの間に!」
それは間違い無く敵である。
敵が構えるよりも速くケンは“でんでん銃”でそれに向けて射撃をしていた。
間一髪である。
辺りも敵の射撃に紛れて武器屋旅団の確保しているスペースに飛び込む敵の姿が見え、それぞれ戦闘に入っていた。
元々、予想していたとはいえ楽な戦いでは無い。
岩陰から出れば、ガトリングレーザーと狙撃手に狙い撃ちにされるであろう。そうなれば岩陰という限定された空間で戦うしかないからだ。
「クソ、外の奴を何とか出来ないのか?」
ケンが呟く。
そこへカラカラと音をたてて足元に何かが転がってきた。
「グレネード!
それは火薬式の手榴弾だった。
ケンは躊躇うこと無くエミリの腕を引き、自分の体を彼女の盾にするようにして岩陰から飛び出す。先生はケンと反対側の岩陰に向かって逃げ出した。
「きゃあっ!」
飛び交うレーザーにエミリが叫び、走りながらケンは“でんでん銃”で弾幕を張る。
そしてグレネードの爆発。
爆風を背に受けて2人の体が宙に舞う。吹き飛ばされる中、暗い谷が見える。あそこに落ちたらひとたまりもない。
破片を背に受けつつ地面に叩き付けられた。ケンは着ている鎧が、エミリはたまたま背負っていたリュックがそれをある程度防ぐ。
「クソっ!」
膝に痛みを感じながらケンは転がるように移動して、近くの岩陰に隠れた。
「大高?」
すぐにエミリを探す。
「大丈夫か?」
その場に隠れていた団員がケンに尋ねた。
「それより大高は?」
声をあげて辺りを見回す。
「うぅ……」
エミリの呻き声が聞える。彼女はケンの後方に吹き飛ばされていたのだ。
再びレーザーの弾幕。敵のガトリングである。
「野朗!」
ケンは臆すること無く岩陰から姿を見せて“でんでん銃”で反撃した。エミリが、仲間が攻撃を受けたことで、やや頭に血が登っていたのだ。
そんなケンを追うようにレーザーの弾幕が移動する。
ケンはそのまま次の岩陰に飛び込んだ。そこでは加村と敵の男がもみ合っていた。
「さっさと倒せよ! そんな奴!」
そう言って、後ろから男の首根っこを掴み引き倒す。そうしたところで男の頭を撃ち抜いてこれを始末した。
「やれやれ、俺も近接用の武器を持っておくべきかなぁ……」
狙撃銃である“物干し竿”では接近戦の取り回しは困難だったのだ。
加村はすぐに得物を構えて、次の瞬間にはレーザーガトリングを持つ男を狙撃した。
それに気付いた敵側の狙撃手も加村に反撃する。加村は一度岩陰に姿を隠してそれをやり過ごす。
そして敵の攻撃が止んだ瞬間に再び反撃。狙撃手を倒した。
「大高ぁ!」
ケンがエミリに呼びかける。
「え……、あ……?」
気絶していたのか、エミリは言葉にならない声を出す。
一度、辺りを見回して立ち上がろうと地面に手を着いた。
「おおおおおっ!」
男の叫び声が響く。右手には鉄パイプらしぎ物を持ってエミリに突撃してきたのだ。
「早くこっちへ!」
ケンが男に“でんでん銃”を撃ちながら叫ぶ。
「ひっ!」
恐怖に声をあげて膝を立ち上げた。それと同時にエミリの体が後ろに倒れて沈む。
何が起きたのか分からなかった。
鉄パイプを持った男はレーザーの弾幕を受けて倒れる。
そこでケンはエミリに何が起きたのか理解した。
「大高が谷に落ちた!」
エミリはバランスを崩して、すぐ後ろの谷底におちたのだ。
「何?」
加村が思わず聞き返す。
「迂闊だった……!」
悔しさにケンは歯噛みした。自分も谷底に飛び込み、助けに行きたかったが、それよりも目の前の敵を始末しなければならない事に苛立ちを隠せなかった。