56話
武器屋旅団は人殺しをしない。
それは殺しの依頼や他の集落の占拠の手伝いをしないことである。
従って、向こうから襲ってくる場合は話が違ってくるのだ。
武器屋旅団は学校の集落で武器のバッテリーを受け取り、再び移動を開始していた。
しかし、その途中で賊に襲われ交戦状態になる。
「やれやれ、少し中を調べようとしたらこれだ」
アキラが呆れ口調で言う。
「でも、1つだけポツンと建っている建物があれば調べたくなるじゃない!」
言い訳がましくユウコが答えた。次の瞬間2人が盾にしている廃車の屋根が吹き飛ぶ。
「で? 待ち伏せじゃないか。奴ら、交渉する気は無いみたいだぜ?」
頭上をレーザーがかすめ、その熱を感じる。
その前方ではケンが“でんでん銃”片手に走り回っていた。その後方で加村が援護射撃をする。良いコンビネーションだとアキラは思う。
「おい、ケン坊が前に出すぎだ。止めさせろ」
すぐ横にいた団員に指示をする。あくまで防衛が目的で、占拠が目的では無いからだ。必要以上に戦闘をして、弾薬を消費したくない。
「はっ!」
団員が走っていく。
「腕は良いが、攻撃的すぎるな」
走っていく団員を援護する為にアキラとユウコも、手持ちのライフルで射撃を開始した。
「元々、競闘の選手だから人と戦うことに躊躇い無いんじゃない?」
「まさか。敵は全て殺すって、そういうのだよ。ある意味アイツがこの旅団で一番冷酷だ。……いや、加村もそうか」
そう言った瞬間に爆発音。
思わず2人は耳を塞ぐ。
「終わったみたいね」
戦闘の音が止まり、ユウコが辺りを見回した。
「結局、全滅させたのか……」
アキラは舌打ちをする。何もそこまでやる必要は無いと思ったからだ。
周りでは団員達が死体から使える物資を漁り始める。
死体漁りなんて、あまり気分の良い光景では無いが、そうでもしないと生きることが出来ないのだと自分に言い聞かせて、ハイエナのように死体漁る団員を見た。
「あれ? ケンちゃんは?」
死体漁りを行う団員の中にケンがいないことにユウコが気付く。
「ん? そういえばいないな?」
アキラもそれに気付いて団員達の姿を見回した。
「彼なら建物の中ですよ」
死体漁りをしていた団員が答える。
「いの一番で建物の中か……」
「何でも気になることがあるとか……」
「気になること?」
「はい」
何なのだと思いながら建物の中に入る。
そこは何かの工場跡を利用したものであり、内部には工作機械が並んでいた。
「お菓子工場?」
アキラと共に入ってきたユウコが呟く。
確かにそんな感じの甘ったるい臭いが微かにする。イチゴ味のガムのような臭いだ。
「やっぱりな。“ストロベリーミント”だ」
ケンの声が聞こえる。
「顧客名簿には獅子王会の名前もあるよ」
今度は加村である。
「おい、ケン坊!」
アキラが呼び掛けた。それにケンが反応する。
そこにはケン、加村、ユリ、ミクの4人がいた。
「一体、何なのここ?」
ユウコが尋ねる。
「“ストロベリーミント”の工場ですよ。道理で抵抗してくるはずだ」
加村が缶ジュースのような物を手に持ちながら答えた。
「そういうことか……」
理解してアキラは顔をしかめる。
「あの……、“ストロベリーミント”って何?」
そのアイスだかキャンディみたいな名前のそれは明らかにそういう嗜好品では無いことは分かるが、では一体何なのかとユリが尋ねた。
「これだよ。ちょっと匂いを嗅いでみて?」
ミクが缶をユリに渡す。その瞬間、ケンが明らかに咎めるような鋭い目でミクを睨んだ。
缶には上蓋が無く中身が丸見えだった。その中には枯れ草のような物が入っている。ポプリの一種のようにも見えた。
恐る恐るユリはその匂いを嗅ぐ。
「ん……」
確かに“ストロベリーミント”だ。
イチゴのような甘い香りに、ミントのような鼻孔を広げるようなスッとした清涼感が広がる。
「そこまでだ」
そう言ってケンが缶を引ったくった。
「あっ……」
もう少し嗅いでみたかったと思い、ユリはケンを見る。
「“ストロベリーミント”……。いい匂いでしょー? 効能はリラックスと頭をスッキリさせること」
ミクが言った。
確かに何だか頭の中がスッキリして落ち着いた感じがしたとユリは思う。
「だが、中毒性が強い上に何度も使っていると脳細胞を破壊するらしい……。要は麻薬みたいなものだ」
ケンはそう言ってユリから取り上げた缶を投げ捨てた。
見れば周りにも似たような缶があちこち置いてある。
「麻薬?」
何てものを嗅がせるのだと、ユリはミクを睨んだ。
「脳を無理矢理に活性化させるから、脳に負担がかかって最終的に廃人になるって話だったかなぁ……?」
加村が言う。
「よく気付いたな?」
気になることがあるというのはこの事かとアキラが感心しながらケンに尋ねた。
「戦闘中にこれを吸っていた奴がチラリと見えたんですよ」
「ほう」
「競闘でよくいたんですよ。試合前にこれを吸って勢いをつける奴が……。まぁ、しばらくして依存症になってましたが……」
「お前も吸ったことが……?」
「今のユリさん程度にはありますよ」
そう言われてアキラがユリを見る。
ユリは別の缶を手に取って、その匂いを嗅いでいた。
「ユリちゃん!」
それを咎めたのは団長のユウコだ。子供を叱る母親のような声をあげる。
「これ、中毒性高いからねー。特に女の子……。私もこれで廃人になった人を何人も見たわ」
「トウの街の裏通りなら珍しくも無いさ」
ミクとケンが言った。
「とりあえずユリちゃんはすぐにこれの中毒になるわね」
缶を取り上げてユウコが言い、ケンとミクの2人が頷く。
「しかし、どうするんです? これ……。そのままにはしておけ無いでしょう?」
加村が辺りを見回した。
「決まってるじゃない。全部燃やすわ。こんなの世間に出す訳にいかないでしょ!」
世間に出す訳にはいかないというが、この世界には司法機関が存在しないので違法性は無い。
それでも人を廃人にするというような物を許せないのはユウコの正義感から来るものだ。
その正義感に共感している者が集まったのが武器屋旅団であり、彼女のその提案に反対する者はいない。
「なら、早速取り掛かろう。“ストロベリーミント”の原料の植物もあるみたいだしな」
アキラが遠目に植物のプランターがあるのを見ながら言った。
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そこにあった”ストロベリーミント”は工場ごと丸々燃やされた。
燃え上がる工場からはイチゴの香りが漂う。
「あぁ、それと面白い物を見付けましたよ」
その甘ったるい臭いを不快に思いながら加村が言う。手には地図が握られていた。
「面白い物?」
その地図をユウコは受け取る。
「ここです」
加村は地図を指差した。
そこには幾つかの地域に丸が付けられており、加村が指差した箇所には“オーバーロード要塞”と書かれている。
「これって……」
ユウコはその名前を聞いた事があったのだ。
それは彼女にとって非常に興味深い内容の話でもあった。