55話
思うようにいかないことは多々あるが、今の武器屋旅団はまさにそれだった。
思った量の弾薬を手に入れられなかった旅団は、別の集落に向かったのである。理由はもちろん物資の補給だ。
「学校?」
そこに辿り着いた時、ユリが尋ねた。
そこにあったのは小学校か中学校か、あるいは公立高校か、とにかく一般的に言われる校舎とおぼしき建物があったのだ。
ご丁寧にそのすぐ右手にはグラウンド、左手には体育館まである。
中には女が数人、ライフルを持って旅団の人間を訝し気に見ていた。
対して男達は何の武器も持たずにフラフラと歩き周り、何やら囁きあっている。
「嫌な雰囲気だ……」
ケンは隣にいたミクに小声で言った。
「ん?」
仏頂面では無く、苦々しい顔をするケンを見返す。
「どうかしたのか?」
そう問いかけたのはユリだ。
「女に対して男の存在感……、というか覇気、プレッシャーが少なすぎる」
「そうか?」
「俺が出ていったあの村と同じ雰囲気だ」
「確かに似てるかもねー」
嫌な雰囲気だとケンは思い、ミクがそれに同意する。ユリはあまり気にしていなかった。
「じゃあ、ミクちゃん達は着いてきて?」
ユウコが声をかける。その周りには泉などの女性の団員が数人いた。
「はい」
3人はそれに着いて行こうとする。
「貴方はこれ以上入らないで下さい!」
その矢先、集落の女がケンにライフルを突き付けた。咄嗟にケンも“でんでん銃”を女に向ける。
「何のつもりだ……?」
「ここから先は男性は侵入禁止です」
そういうことかとケンは銃を下ろす。
「ごめん。言い忘れてたわ。この集落は居住区が男と女で分かれているのよ」
手を合わせてユウコが言った。
「つまり男は女の居住区には入れない訳だ」
何故そんな事になったのかは、このギジの世界だ。大体予想がつくと肩をすくめて見せる。
「なら俺達はここで待ってますよ」
「そうしてちょうだい」
見れば加村やアキラといった男性陣は周りで腰を降ろして、自分の武器の整備や雑談に興じていた。
それを見ているケンの前を集落の男が横切ろうとする。
「おい、あんた」
男を呼び止める。
「はい?」
いきなりケンに呼び止められ、男は訝し気な顔でケンを見た。
「丁度、レーザーライフルが余っているんだ。買わないか?」
そこで男がイエスと答えるとは思っていない。ただ男の反応を見たかっただけである。それを見ればこの村の男の立場が分かると思ったからだ。
「悪いけど無理だよ。武器に関しては全て女達が管理しているんだ」
男が視線を反らす。その後ろで武器を持った女がケンを睨んでいた。
「おかしな話だ。だったら戦闘は女がやるのか?」
「いや、探索とか戦闘とか、必要な時だけ男に武器が渡されるんだ」
「ふぅん……」
「まぁ、アンタらからすればおかしいかもしれないが、昔この集落で男達がやった事を考えればそうもなるさ」
予想通りの答えだった。
自分を追い出した村と同じ様な所が他にもあるのかと思い、それを嘲笑う。
「異世界ってのは女尊男卑なのか?」
そんなことを口に出す。
ミクといい、団長のユウコに、いつか会ったバイク乗りの女。
どうもこの世界の女は妙に強いものだと思う。
「いや、女尊男卑はこの世界に限った事じゃありませんよ」
そう声をかけたのは先生だ。その横には副団長の高田アキラもいる。
「どういう事です?」
この世界に限ったことでは無いと言ったが、それは外の世界のことも言っているのかと思う。
「何処へ行っても女性というのは強いものですよ」
「全くだ」
先生の言葉にアキラが深々と頷いた。
「例えば、電車に乗った時です。座れる場所が空いていましたが、その両隣に若い女性が座っていました。あなたは座りますか?」
「え? さぁ、どうかな……」
電車。随分懐かしい響きだ。
この世界では見た事が無いとケンは思う。
「俺は座らないな」
先生の質問にアキラがキッパリと答えた。
「何故?」
ケンが理由を尋ねる。
「そんな事してみろ。両隣の女は凄い顔で睨むぞ。まるで変態を見るかの様な顔だ」
「そんな訳無いと思うが……」
言いがかり、というか自意識過剰じゃないかとケンは思った。
「いや! それどころか座った瞬間腕を掴まれて、この人痴漢です、とか言われて多額のお金を毟り取られるかもしれません!」
「ちなみにもう片方の女は、私見ましたって言って言い訳出来ないようにする係な」
先生が力説して、アキラが頷いて補足する。
「そんな馬鹿な……」
あまりにも突飛な話にケンは呆れた。この2人は女性と電車にトラウマでもあるのかとも思う。
「まぁ、これは極端な話ですが、実際に女性は男性に比べて理に聡いですからね。このギジの世界だと強くもなりますよ」
「それは男も同じでしょう?」
それは一部の女だけだ。団長のユウコやミクなんがが特別なのだとケンは思う。
現にユリはそこまで強いとも思えなかった。
「どうでしょうね? 我々、男性は最終的に力で何とかしようと思いますが、女性陣はそういう事も無いでしょう? 私は力でねじ伏せることが強いとは思っていませんし……」
「それに、俺は外の世界でもギジの世界でも強い女を知っている」
先生の横でアキラが言う。
「団長ですか? 確かにあの人なら外でも強かったでしょうね」
「あぁ、昔から奴は何でもそつ無くこなしていたよ。結構、いい会社に務めていたしな」
「まるで、外の世界での団長を知っているような言い草ですね」
「知っていたさ。俺と奴は所謂幼馴染だ。20年近くの付き合いになる」
「何ですって?」
つまり、ユウコとアキラはギジの世界に来る前から顔見知りということになる。
そんな事が有り得るのかとケンは驚きの色を隠さない。
「何でもありだな」
ケンが呟く。
「そうだな。だからユウコはこの世界は誰かによって意図的に作られたものだと思っているよ」
アキラはそう言った時、少しケンにカマをかけてやろうと思い立つ。
「お前も何か心当たりがあるんじゃないか?」
それは以前、ユウコがやった事と同じだった。
ただ、あの時はケンの高い戦闘技術が訓練以外にあるのでは無いかと思っての事である。
「さぁ、どうでしょうね……?」
ケンは気の無い返事をした。
世界の謎にあまり興味が無かったのだ。
「皆! お待たせ!」
明朗な声が聞こえた。ユウコのものである。
「ん……。どうだった?」
アキラが尋ねた。
「とりあえずバッテリーに関してはマシになりそうね。残った衣類と交換よ」
「そいつは結構。射突槍は?」
「無理ね。ここは大型はあまり出ないから」
「だろうな……」
射突槍の補充が出来ないのは痛いが、それでも武器のバッテリーが手に入るだけマシかとアキラは思う。
そして団員達を集めて、物資の運び込み作業の指示を行った。
「誰かに作られた世界、か、……」
運び込みの作業を行いながらケンは考える。
確かに、このギジの世界は不自然な事が多々ある。
星の映らない空。点在する廃墟エリア。マンハンターの存在。
「そもそもマンハンターは何処から来るんだ……?」
ケンはかつてこの世界の謎に関心があった事を思い出しながら呟いた。