53話
「大丈夫だった?」
呆然とするケンに、武器屋旅団団長であるユウコが声をかけた。
「大丈夫……、では無いですね。生きてますけど」
「それは結構」
「しかし、よく助けてくれましたね?」
射突槍の槍は安くない。それにも関わらず武器屋旅団はケン1人を助けるために、その高級な武器を何発も使ったのだ。
コストで考えれば、見捨てて逃げた方が安上がりである。
「仲間なんだから当たり前じゃない!」
それが当然であるかのようにユウコが答えた。
器量の大きい人だとケンは思う。
彼女にとっては仲間の命の方が高級な武器より大切なのだ。
まるで消耗品の様に命が失われるこの世界では、そう考える人間は稀である。
しかも、それが旅団の団長とあれば尚更だ。
「おかげで助かりました」
仲間というのは照れくさいが、ようやく本当に信頼出来る人達に会えたのかもしれないと思い、ケンは小さく笑った。
「ケン!」
ユリが走ってくる。
「彼女達にも感謝しなさい? あの娘達が頑張ったおかげでマンハンターを蹴散らして間に合ったんだから」
ユウコの言う通りだ。よくもこんなに早く助けに来れたものだとケンは思って頷いた。
/*/
その夜だ。
旅団は廃墟エリアから離れて野宿をすることになった。
「で? ケン坊の様子は?」
副団長である高田アキラがユウコに尋ねた。
「右脚を骨折。他にも打撲やら何やらで動けるようになるのは時間がかかりそうね」
ユウコがフゥと溜息をつく。
「にしても、アイツを助ける為に随分と大盤振る舞いをしたな?」
射突槍のことである。
今回の件で旅団が持っている槍の殆どを使い果たしたのだ。
「文句ある訳?」
ユウコはジトっとした目でアキラを睨む。
「いや、文句は無い。皆そうさ。でなきゃお前に着いてくるものかよ」
「なら良いじゃない」
「ただ、何でそこまでアイツに拘るのかと思ってな?」
トウの街で初めてケンを見かけた時からユウコはケンを仲間にしようと拘っていた。
だからこそ、獅子王会からユリ達を匿ったし、ケンに着いていった加村も咎めなかったのだ。
「アンタはケンちゃんの戦い方を見て何も思わなかったの?」
そう言われてアキラは、ケンの競闘や街から脱出し時の戦い方を思い出す。
「確かにすばしっこくて凄いとは思うが……」
どういうことだと疑問に思った。
「ミクちゃんから聞いたけど、あの子……、まだこの世界に来て1年くらいなのよ?」
「それが?」
「有り得ないでしょ? たかがそれくらいで戦いにあんなに順応するなんて!」
「奴は若い。順応性は高いと思うが……」
ユウコは溜息をつく。
何やら馬鹿にされたようでアキラはムッとした。
「良い? 武器屋旅団にはケンちゃんよりも長くこの世界にいる団員がたくさんあるのよ? しかもどれも実戦経験豊富なベテランが」
「分かっているよ。加村だってそうだろう?」
「あの競闘の試合には、そういった団員でチームを組ませたのよ?」
「そういえばそうだったな」
大分前の話だ。アキラの記憶は朧気だった。とりあえずケンをそこで初めて見たくらいのことしか覚えていない。
「そんなベテランと、まだ来て1年ちょいのケンちゃんが互角にやりあったのよ?」
「試合はケンのチームが負けたはずだが……」
「勝ち負けじゃなくて内容よ! あの時、ケンちゃんだけがウチのチームと互角に戦っていたわ!」
アキラが手でユウコを制した。
声が大きいという意味である。
ユウコは話に夢中になると声が大きくなる癖があるのだ。
「普通に考えておかしいでしょ? 1年足らずでベテランと同じ感覚をケンちゃんは身に付けていたのよ」
ユウコの声のトーンが低くなる。
「大した学習能力だ。将来は学者か?」
アキラは肩をすくめてみせた。
「マサちゃんもそうだけど、このギジの世界にはそういう人間離れした人がいると思わない?」
「加村か……。確かにアイツの狙撃能力は異常だな」
その気になれば1人狙撃してから2秒くらいで次のターゲットを狙撃してみせる加村を思いながらアキラは納得する。
「多分、一部の人間はギジの世界に来た時に何らかの操作を受けてるんじゃないかしら?」
それはあまりにも突飛な話だ。
「まさか……、改造人間じゃあるまいし」
アキラは口では否定しつつも、考えられない話では無いと思う。
しかし、そうだとしたら誰が何の目的でそんなことをしたのか?
「お前は、このギジの世界が誰かに操作されていると?」
「そうよ」
ユウコは断言した。
「この世界は出来過ぎているわ。環境は外の世界と変わらない。食べられる動植物もあるし、物資もある。マンハンターという敵はいるけど、対抗手段だってあるわ」
「偶然、というには出来過ぎているか……」
「それ以前に異世界に来るなんていう馬鹿げた出来事があること自体おかしいわ。それも1人や2人じゃなくて、数千、或いは数万人よ?」
言われてみればそうだ。
こんな絵空事みたいな話がそんなにあるなんていうのを偶然という事で片付けるのには納得がいかない。
アキラは星の無い、ギジの世界の夜空を見上げる。
「お前はこの世界の謎を解き明かすつもりなのか?」
ユウコの顔を見て尋ねる。
「そうよ」
またもや断言。
その為に武器屋旅団を結成したのかもしれないとアキラは思う。
「その為には、世界の謎に少しでも関係ありそうなものを集めるより無いでしょ?」
「それがケン坊や加村か……」
大人の都合に巻き込んでしまったようで、あまり良い気分じゃないなと苦笑した。
「あぁ、でも……」
ユウコが何か言いかける。
「ん?」
「全部、私の思い過ごしっていう可能性もあるわよ?」
「そうかい」
まぁ、そうだろうとアキラは思う。
だからこそ、今まで話したことを当人達に言っていないのだ。
自分の考えが正しいと断言出来る程の自信をユウコは持ち合わせいないのである。
それだけギジの世界は分からない事だらけなのだ。
「この事は誰にも言わないでよ?」
ユウコが釘を刺すように言った。
「分かっている」
余計な話で団員達に動揺を与える訳にはいかないとアキラは頷く。
「何にせよ、今回の戦闘でかなりの弾薬を使ったからな。まずはそれを補給しないと」
この話はここまでだとアキラは話題を変える。
これ以上は堂々巡りだろうと思ったからだ。
「そうね……」
ユウコも頷いて答える。
何にせよ、まずは現実問題を解決しなければならないと肩を落とした。