52話
「私は反対だ」
ユリが震える声で言う。
「まだ、何も言ってない」
何を言っていると、ケンが反論した。
「どうせロクな考えじゃないんだろう?」
それはミクも思っていたことだ。それをユリの方が先に言ったのである。
「まぁ、聞くだけ聞いてみようよ」
マンハンターを撃ちながらミクが言った。
「簡単な話だ。俺が囮になって時間を稼ぐ。その間3人は旅団と合流して、この街から脱出するんだ」
それは予想通りにロクでも無い考えだった。
つまりは仲間を見捨てて逃げろという話である。
「君ィ、やたらと危ない橋を渡りたがるねぇ?」
加村が言う。
「どの道、このままじゃ全滅だ。1人犠牲にして3人無事ならお釣りが来る」
そう言ってケンは肩をすくめてみせた。
「馬鹿言うな!」
ユリである。
「自分を見捨てて逃げろって言うのか?」
その言葉にケンは目を逸らした。マンハンターが集まって来るのが見え、舌打ちをする。
「ケンちゃん?」
ミクが言いかける。
「分かってますよ。俺も死ぬつもりはありません。頃合いを見て逃げます」
何があっても生き続けるというのがミクとの約束であり、志村が戦死した原因を作った自分に対する戒めでもあった。
ミクが頷く。
「他にもっと良い方法も無さそうだし、仕方ないねー」
そしていつもの調子で言った。
加村も頷く。
また、見捨てるのかとユリは歯噛みする。しかし、他に方法は思い付かない。
「じゃあ、死なないでよ?」
ミクが言った。
その後ろでブルタンクの口が開く。
「後で助けに行く」
それがユリのかけられる精一杯の言葉だった。
加村は一度フッと笑みを浮かべる。
ブルタンクのレーザーが発射される。4人は二手に分かれて走り出した。
さて、ここからは1人だけの戦いだ。
走り出した3人を確認しながらケンは思った。
足はブルタンクに近付き、ブルタンクもそんなケンを狙う。
マンハンターは自分に最も近い所にいる者から狙う習性があるのだ。それはブルタンクも同じである。
ケンはとにかく走る。“でんでん銃”を撃ちながら崩れた建物や建材を盾にして逃げ回った。
やがてブルタンクがレーザーの第2射を行う。
待ってましたとケンは再び走り出す。今度は倒れて、ミサイルを発射し続けるブルタンクに向かった。
その背中をレーザーが追い、地面を溶かす。
そしてブルタンクの前で足を止めて振り返る。自分に向かってアスファルトが溶かされて、燃え上がるのが見えた。
身を焼かれるギリギリのタイミング。ケンは横に飛んでレーザーを避ける。
レーザーはそのままケンの後で倒れていたブルタンクに直撃。
流石のブルタンクも同じブルタンクの持つ高出力レーザーには耐え切れずに、装甲を焼かれ、内部のミサイル爆発、その巨体を四散させた。
「まずは1機……!」
ケンは目論見通りにブルタンクを同士討ちで撃破したことに内心で喝采する。
/*/
遠くで爆炎が上がる。
「まさか、やられたのか?」
ユリが不安になって口を開いた。
「どうかなぁ? 彼は俺達が思っているよりタフだと思いますよ?」
ニヤリと笑い、加村が答える。
「そうでないと生きていけないしねー」
続けてミクも言う。遠目にマンハンターを見つけた。
「心配じゃないのか?」
2人の態度に憤りを感じる。加村はともかく、ミクは自分と同じでケンとの付き合いは長いはずだからだ。
「だから、こうして急いでいるんじゃん」
ミクはそう言って見つけたマンハンターを撃つ。
「旅団はあっちですかね?」
気付かないのか意図的かは分からないが、マンハンターがミク達と全く違う方向に走っていくのを加村が確認した。
「あぁ、それと……、そんなに心配ならウダウダ言ってないで戻ったらどうです?」
振り向いて加村が言う。その言葉には棘があり、若干苛立っているようにも見えた。
「それは……」
出来ないことだと言い淀む。
それを見た加村がフンと嘲笑した。
「まぁ、そうでしょうね。彼は貴女達が生き残る可能性を少しでも上げる為に囮になったんだ。ここで戻ったら意味が無い。例え戻っても足手まといでしょうけどね」
それは全くその通りだとユリは歯噛みする。
志村が死んだ原因を作ったという思いもあってか、ケンはミクとユリに対して後ろめたさがあるのは明らかだ。
更にケンは自分よりも他人を優先するきらいがある。以前、獅子王会に1人で乗り込もうとしたのもそれだ。
そんなケンだから、今回も囮を引き受けたのである。
そして実力の問題もあった。
ケンは乱戦には滅法強いが、ユリは乱戦では実力が発揮出来ない。
これは本人の、一定距離を保ちつつ射撃で各個撃破という戦い方の為だ。
例え戻っても、援護は出来るかもしれないが、ユリを気にしたケンが乱戦のみに集中出来ない可能性もある。
現に何時だかのトウの街で荒くれ者に絡まれた時にユリが人質にされたこともあった。
「よく分かるねー」
言い返せないユリの横でミクが言う。
「根本が似ているんじゃないですか?」
加村は澄まし顔だ。
ユリはそれは無いと思う。
その事を口に出そうとも思ったが、聞き覚えのある声に気付いて止める。
「旅団か……!」
「近いみたいですね」
「急ぐよ。ケンちゃんを死なせる訳にもいかないしねー」
3人は走り出した。
/*/
ケンは“でんでん銃”を撃ち続ける。これで何体のマンハンターを倒したのか知れない。
手榴弾は使い果たし、バッテリーも今や倒したマンハンターから奪い取ったものを使っていた。
「もう終わりか……」
“でんでん銃”のバッテリーが切れる。
呟くケンをブルタンクが、その巨大な足で踏み潰そうとした。
それを確認してケンはその場を動いて回避する。
ブルタンクのレーザーやミサイルをかわす為に、ケンはその足元で戦っていたのだ。
しかし、それもここまでだと思う。
バッテリー切れで攻撃する手段を失ったのだ。
「ここまでだな……」
そう呟いて走り出す。
建物の中を抜けて逃げようかとも思ったが、そうすればレーザーで建物ごと焼かれるのは目に見えている。
ならば、相手の位置を目視しやすい道路を走るしか無い。それは敵の攻撃に自分の身を晒すことになるが、それは致し方ないとも思う。
そして、ケンは走り出す。とにかく走って適当な所で狭い路地にでも逃げ込むかと考える。
それをマンハンターとブルタンクのレーザーやミサイルが追いかけた。
「クッ……!」
危うく右腕を焼かれそうになる。そのちりチリチリとした熱に顔をしかめた。
走る速度を変え、ジグザグに移動をすることで敵の攻撃が当たる確率を下げようとする。
交差点が見えてきた。
ケンはそこを急カーブ、というより横っ飛びをするようにして右の通りに入り込む。
マンハンター達の視界からケンの姿が消えた。
このタイミングならどこかに隠れてマンハンター達が通り過ぎるのを待つことも出来るかとケンは思い、辺りを見回す。
だが、ケンを追っていたのはマンハンター達だけでは無かった。
ミサイルである。
ブルタンクの背中から発射されたそれは建物を飛び越えてケンの頭上に迫っていたのだ。
「何っ……!」
それに気付いたケンは急いで走り出す。
そして爆発。
すんでのところでミサイルの直撃は避けたが、爆風に吹き飛ばされる。
それと同時に脛に鈍い痛みを感じた。
爆風で破壊されたアスファルトの破片が当たったのだ。
「チッ……」
汚く舌打ち。
立ち上がろうとする。
すると鈍い痛みは、内部から破裂するような激痛に変わった。
思わず声をあげる。
骨が砕けていたのだ。脚に力が入らず、再び倒れ込む。
何とか這ってでも逃げようも思うが、動くと脚以外の部位も痛んだ。
脚以外にも痛めた所があるらしい。
やがて真後ろにブルタンクの姿が現れる。口を開き、高出力レーザー砲の砲口が姿を現した。
「ここで終わるのか……!」
もう助からないとケンは歯噛みする。
死の恐怖よりも、こんな所でたかが機械に殺されるという悔しさの方が大きかったのだ。
ブルタンクと取り巻きのマンハンターを睨む。
その時である。
「てぇーい!」
女の叫び声。
それが星ユウコのものであることに気付いたはややあってからだ。
いつの間にか、ブルタンク達を武器屋旅団の面々が取り囲んでいた。
掛け声と同時に各々手にしていた射突槍をブルタンクに放ち、射突槍を持っていない者はそれぞれの得物でマンハンターを撃つ。
幾つもの槍が宙を飛び、ブルタンクを貫通する。その足元ではマンハンター達がレーザーの弾幕を浴びて踊るように身を捩って倒れていく。
それはまさしく数の暴力であり、それこそがブルタンク達を倒すことの出来る唯一の手段であった。
やがてブルタンクはその巨体を爆散させて崩れ落ち、足元のマンハンター達を押し潰す。
ケンはその光景を呆然と眺めていた。