51話
廃墟エリアの探索はケンやユリ達にとって久しぶりだった。
建物の中に入っては、使えそうな物資をバックパックやポーチに放り込んでいく。そして定期的にトランシーバーで連絡をとるということの繰り返しだ。
「これとか、ミクに似合うじゃないか?」
たまたま入った建物は洋服屋だったらしく、中には衣料品が大量に並んでいた。ユリとミクはそのことにはしゃいでいる。
その一方でケンと加村の2人は淡々と衣類をバックパックに詰め込んでいた。
自分達の着る分もあるが、商品として売り出す為でもある。
武器屋旅団といっても、武器だけを売っている訳では無いのだ。
「これは駄目だ。カビが生えている」
ケンはそう言って、袖が緑色に変色している革のジャンパーを捨てる。
「男物はあまり無いみたいだね」
加村は舌打ちをしながら言った。手に取ったシャツが虫食いによって穴だらけになっていたからである。
その時、ケンがふと顔を上げて“でんでん銃”を加村に向けた。
一瞬、何事かと加村はケンを凝視するが、次の瞬間にはケンの意図を理解して身を翻す。
ケンの“でんでん銃”の銃口が光り、人型のそれが倒れる。
マンハンターだった。
金属で出来た四肢に卵を逆さまにしたような形の頭。頭の中央には目玉にも似たカメラレンズがある。
ギジの世界に住む、人間にとっての共通の敵。
「こんな所にまで来たのか……」
加村が倒れたマンハンターを踏みつけて言う。
「他のが集まると厄介だ。ここから出るぞ」
指でクルクルと“でんでん銃”を回しながらケンはユリ達に声をかけた。
ユリとミクは頷くとトランシーバーでマンハンターの事を連絡する。
「とりあえず、すぐにその場から離れてちょうだい。他の班にも伝えておくわ」
ザッ、という短い音の後にユウコから通信が入った。一番近くにいたのがユウコの率いる班だったからである。
「出来れば増援を寄越して欲しいですね」
加村がユリからトランシーバーを引ったくって言う。
何を言っているのかとケンとユリは不思議そうな顔をした。ミクがその2人に向かって、自身の口元で人差し指を立てて静かにというジェスチャーをする。
微かな振動。それと規則的に聞こえる、ズン、ズン、という低い音。
ケンは窓際に走り外を覗く。
建物の前にある通り。その100メートル以上先に大きく動く物体が見えた。
目測で全長12メートルはある。
四足歩行の金属で出来た巨大な獣。それは“ブルタンク”という名前に相応しいものだった。
「あれが……?」
同じように窓から外を覗いていたユリが呟く。
その、予想以上の大きさに腹の底から重石にも似たような感覚の恐怖を覚えた。
「真っ直ぐ向かってくるな……」
ケンが呟く。
「隠れてやり過ごす方が利口かもねー」
答えるようにミクが言った。
「建物ごと、焼き払われなければね」
ブルタンクを見て顔をしかめた加村が言う。
「そんなこと出来るのか?」
建物ごと焼き払うという発言にユリは驚く。
しかし、あの巨体を思えば、実際に出来てもおかしくは無い。
「残念ながら出来るよー」
ミクが答えた。
「そんな……」
確かに火力は高いと聞いていたが、あまりに滅茶苦茶じゃないかと、驚きを通り越して呆れてしまう。
「なぁ。この奥から反対側に出られるんじゃないか?」
ケンが言った。
一同は注目する。ケンの指差した方向に木の板で塞がれた窓があったのだ。
有無を言わずにミクが板に向かってライフルを数発撃ち、加村が蹴破る。
「やったね!」
バラバラになった板が外れて、人が通り抜けられそうな窓が現れた。それを見たミクがガッツポーズをする。
徐々に足音が近付いてくるのを4人は聞き、顔を見合わせて頷く。
そして窓から外に出る。
「とりあえず、ここに出れば……」
反対の通りに出た加村が辺りを見回して言いかけ、その動きを止めた。
「どうした……?」
固まる加村にケンが声をかけ、同じように動きを止める。
その後ろにユリとミクも続く。
「冗談キツイなぁ……」
加村が不快の念を顔で示す。
そこにいたのは2体目のブルタンクだったのだ。待機状態なのか、脚を折って鎮座している。
そしてケン達に気付いたのか、胴体前方に付いている頭を動かして立ち上がった。
「……!」
ケンとユリが反射的に手に持った得物でブルタンクを撃つ。
しかし、間違いなく直撃しているにも関わらず、当たった部位が少し黒ずんだだけで、全くダメージを与えている様子は無かった。
「何……!」
「当たったのに!」
ケンとユリが驚きの声をあげる。
「奴に通常の武器は効果無いよ」
加村が言う。いつもと違い、まるで余裕が無いのが見て取れる。
ブルタンクは完全に立ち上がると、頭を下に向けた。そして頭の中央にある口のようになっている部位が観音開きに開く。
「ヤバい!」
ケンとユリの2人は危険を感じその場から飛び退く。加村とミクも同じ行動をとっていた。
次の瞬間、ブルタンクの口内が光り強烈な熱を発する。レーザーだった。
しかし威力はマンハンターのものとは段違いであり、アスファルトをグズグスに溶かす程のものである。
背中に熱を感じながら2人は逃げ、ブルタンクは頭を動かしてそれを焼き払おうと追う。
その時だ。
甲高い音がしたと同時に、ケンの頭上を何かが飛ぶ。
直後、ガンっという金属音と共にレーザーが止まった。
加村が射突槍を撃ったのである。
しかし、槍はブルタンクの頭に突き刺さっただけであり、貫通はしていない。それどころかダメージも無さそうだ。頭を振ると槍が下に落ちる。
「今の、効いてないのか?」
ユリがブルタンクの頑丈さに驚愕する。
「距離が近すぎて、加速を得られなかったんだ」
舌打ちをしながらケンが言う。
ブルタンクの頭が再びケン達に向いた。
「こっちに!」
ミクが叫ぶ。それを聞いて2人はブルタンクの後ろ脚に向かって走り出した。
正面に付いた頭では後ろを向けないからだ。
「ミクさん!」
ケンが叫び、“でんでん銃”を撃つ。ミクのすぐ後ろにマンハンターがいたのである。
すんでの所でマンハンターを撃破。ミクは驚いた顔で倒れたマンハンターとケンを交互に見た。
辺りにマンハンターが集まって来る。
そして飛翔音。
見ればブルタンクの胴体上部から煙が垂直に上がっていた。
否。
それはミサイルである。白い円柱形のそれが3機、脚下にいるケン達を狙って迫る。
「クッ……」
ケンが歯噛みした。ミサイルをどうにか対処したいのだが、集まってくるマンハンターで手一杯なのだ。
すると突然ミサイルが空中で1つ爆発した。更に残ったミサイルも続けて爆発する。
「動きが分かればこんなもの!」
それはユリの射撃だった。
彼女は射撃がかなり上手だったことをケンは思い出す。
「皆、気を付けろよ!」
遠くから加村が叫ぶ。射突槍の装填が完了したのだ。
加村が射突槍を撃つ。
高い飛翔音を上げて槍が飛んだ。そのまま直進してブルタンクの右前脚に直撃。さらに貫通して左前脚を破壊する。
破壊された前脚は、その巨体を支えきれずに獣の叫び声にも似た金属音を出して折れ曲がり、ブルタンクの前半身を地面に叩きつけた。
しかし未だにブルタンクは生きており、ミサイルを発射する。
「しつこい!」
ユリが叫んでミサイルを狙撃。
ミクとケンが集まってきたマンハンターを迎撃する。
その時、ミク達の前方の建物が吹き飛んで火花を上げた。
先程のブルタンクがレーザーで焼き払ったのだ。
噴煙と巻き上がる火の粉の中で、ゆっくりと姿を現す。
「ケン!」
ユリが叫ぶ。降り注いだ火の粉を浴びて、ケンのマントが燃えていたのだ。
ケンは急いでマントを脱ぎ捨てる。
「結構気に入っていたんだがな……」
名残り惜しそうに呟いた。
ブルタンクがケン達を見下ろす。レーザーを撃つつもりなのだろう。
ケン達はそれを避けるために走り出す。
案の定、ブルタンクはレーザーを吐き出して辺りの建物ごと地面を焼き払う。
「もう1発!」
加村が叫んで射突槍を撃った。
しかし、槍はあらぬ軌道を描いてブルタンクの足元にいたマンハンターに当たる。
「不良品か!」
射突槍は、その殆どがハンドメイドであるために、こうした不良品が度々見かけられるのだ。
「あれ、最後の槍じゃなかった?」
槍は全部で3本しか無かったことをミクが思い出す。
「そんな!」
ユリが声をあげた。
「これは、参ったね……」
射突槍から狙撃銃の“物干し竿”に持ち替えながら加村が呟く。
そこへ、ケン、ミク、ユリがやって来た。
「全弾外したな」
加村にケンが声をかける。
「1発目は仕方ないさ。2発目は距離的に一番装甲の弱い脚を狙うしか無かった。3発目は完全に槍が悪い……!」
忌々し気に加村が答えた。
「……だろうな」
そう答えて引き金を引く。マンハンターが倒れる。
その時だ。ユリの携帯しているトランシーバーがザッという音を鳴らす。
「4人共、無事か?」
副団長のアキラだった。
「何とか」
加村がユリからトランシーバーを引ったくって答える。
「すまんな。そちらの位置は把握しているが、マンハンターに行く手を遮られている。もう少し持ち堪えてくれ」
その場にいた全員が顔をしかめた。
「大人は無理難題を簡単に言いますね」
加村が嫌味ったらしく言う。
「そうでも無いですよ?」
それに答えたのは先生だ。
「先生?」
「むしろ大人は簡単な事を無理だと言う事の方が多いですよ」
加村はそれを聞いて舌打ちをする。
「分かりました。最悪、骨は拾って下さいよ?」
「……善処します」
通信が切れた。
「どうすれば良いんだよ……」
ユリが沈んだ声で言う。絶望的な気分だった。
「バッテリーと手榴弾をいくつかくれないか?」
そんなユリのことを無視するようにして、ケンが尋ねる。
「そりゃあ、構わないけど……」
ミクが答えた。
「俺に考えがある」
バッテリーを受け取りながらケンは3人の顔を見回す。
それを見たミクは、この顔はまたロクでも無いことを考えているなと思った。