48話
トウの街、最大の勢力にして競闘のチームである獅子王会の会長が殺されたという噂はすぐに街中に広がった。
その当人であるケン一行は武器屋旅団と合流し、残った獅子王会の目に触れること無く街へ戻る。
そして、ケンはその日、泉が経営するオアシスに一泊することになった。当然ながら加村は武器屋旅団に戻る。
そこには当然ながらミクとユリがいるのだが、見知った顔とはいえ、ケンはミクやユリと共にいることを快く思わなかった。昔の事を思い出すからである。
しかし残った獅子王会が再びやってくるとも限らない上に、自分が狙われたにも関わらず、何の関係も無い泉達を巻き込んだ後ろめたさもあり、その日は泊まることにしたのだ。
そんなケンの前にユリが食事を運んできた。肉と野菜を白米を塩と胡椒で炒めた焼き飯である。
「どうも」
それだけ言うと、ケンはスプーンで料理を口に運ぶ。あまり美味くないなと思いながらユリに視線を向けた。
文句は言わない。
言えばお前がやれと言い返されるのがオチだからだ。
「しかし、凄いな……。この街て1番大きい競闘チームの本拠地を3人だけで潰すなんて」
黙々と食事をするケンにユリが言った。
「運が良かっただけだ……」
本拠地には、戦い慣れした者が少なかった。加村とユリが手伝った。獅子王会の戦闘実行部隊が来るまでに事が片付いた。
他にも様々な偶然が重なったのだが、全て運が良かっただけだとケンは思う。
「そうなのか?」
ユリが尋ねる。
また、私は何も出来なかったと内心では歯噛みしていた。
「それでも凄いよ。私は何も出来なかった……」
スプーンを持ったケンの手が止まる。
「誰かを助けるって言っても、やっている事は所詮人殺しだ。そんな事はやらない方が良い」
ケンはそう言うと再びスプーンを動かして焼き飯を食べ始めた。
「人殺し、か……」
確かに先程までケン達が戦っていたのは同じ人間なのだ。機械であるマンハンターとは違う。
同じように様々なものを積み重ねた人生を歩んでいた。
理由はどうあれ、ケン達はそれを無に返したのである。それは正当化される事では無い。
それでもケン達は戦った。
その罪を受け入れるだけの覚悟の様なものがあるのだろう。
これではどっちが歳上だか分からないなとユリは思う。
しばらく見ない内にケンは大分変わったのだ。
少し前までは生意気な子供だったのに、今では物語か何かに出てくる傭兵の様である。
環境というのはこうも人を変えるのか。
「それよりもこれからが大変よ」
泉が厨房から顔を出す。
「そうだね」
「だろうな……」
一緒に顔を出したミクと、カウンターテーブルで食事をしていたケンが言う。
「まぁ、獅子王会の会長が死んだもんな」
ユリが言った。特に考えがある訳では無い。
「今頃、誰が次期会長をやるかで揉めてるだろうねー」
そんなミクの言葉で、そういうことかとユリは納得した。
「それだけじゃない。この混乱に乗じて敵対する他のチームが台頭しようと色々やらかすだろうな」
「傘下のチームだってそうだよ」
「嫌ねぇ……」
ケンにミク、泉が口々に言う。
何だか大変そうだとユリは漠然と思う。
この白河ユリという人物は、ケンやミクと違い、修羅場を経験した回数が少ないために危機感に乏しいのだ。
「迂闊に外を出歩いたら、面倒事に巻き込まれそうだな」
それでも、これくらいの予想は付く。
「俺とミクさんは今出歩いたら間違いなく、な」
「あー、そうだねー」
ケンが無表情に言い、ミクは苦笑する。
「そう言えば武器屋旅団はどうするの?」
武器屋旅団はケンを仲間に入れたがっていることをミクか思い出す。
「仲間になるつもりは無い」
ケンが答える。
それを恩知らずと、ミクが目を細めながら見た。
「助けられたんだろ?」
ミクの心情をユリが代弁する。と言っても本人にそのつもりは無い。
「頼んだ覚えは無い。向こうが勝手にやったことだ」
「お前なぁ……」
屁理屈じゃないかとユリは呆れる。
しかし、こうした屁理屈で自己を正当化しようとする辺りはまだ歳相応だと安堵もした。
ケンはスプーンを置くと立ち上がる。
「ごちそうさん」
「あぁ……、もう寝るのか?」
「ん、俺の部屋は2階の奥だったっけ……? 借りるよ」
「半ば物置になってるけどな……」
「屋根があるだけマシさ」
「はぁ……」
ケンの背中を見ながら無愛想なものだとユリは思った。
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その夜だ。
オアシスにいる全員が疲れて、すっかり寝静まった時である。
ドォン、とい空気を大きく揺らすような爆発音が響く。
「何だ!」
ケンはすぐに飛び起きて“でんでん銃”を引っ掴んで窓から外を見た。
街のあちこちから火の手が上がり、人々の悲鳴や怒号が聞こえる。
「これは……」
昔の事を思い出して顔をしかめた。
初めて殺した男の顔、村を裏切った女の死に際の顔、呆気なく死んだ志村の姿。
「一体何なの……?」
隣の部屋の窓からミクが同じように顔を出していた。寝間着のヨレヨレになったシャツの胸元がはだけている。ケンの視線がそれを見逃すこと無く視線が向かったのは男の本能というものだ。
「佐原君! 無事みたいですね」
眼下から呼び掛けられる。
「あんたは……」
そこにいたのは武器屋旅団で“先生”と呼ばれていた、眼鏡の線が細い男だった。その横には同じ武器屋旅団であろう男が2人いる。
「とにかく大変ですよ!」
先生が叫ぶ。
「見れば分かる。今、下に降りる」
ケンは、どうして厄介事が次から次へと起こるのだと憤慨しながら部屋を出た。