44話
ケンの立ち去った後のオアシス。
「あれは、この街から1人で出ていくつもりね」
そう言ったのはこの店の主人である泉だった。先程まで奥の調理場の掃除をしていたのだが、いつの間にやらそれを終わらせてケン達の話を聞いていたのである。
一同の視線が泉に向けられた。
「どういうことです?」
ユリが尋ねる。
「昔、似たようなことがあったのよ。競闘の相手チームとトラブルを起こして、書き置きだけ残して街から出ていった子達がね」
泉はそう言ってミクをチラリと見た。
それに対してミクは苦笑しながら視線をそらす。
「それは、この店を巻き込みたくなかったし……」
「分かってるわよ」
小声で言ったミクを見ながらユリはそんなことがあったのかと思う。
この水野ミクという人物は、結構な苦労人なのだ。
「まぁケンちゃんの場合、街を出るなんてハッキリ言ったら、ユリちゃんにどやされるのと、1人でいたいっていうのが理由だろうねー」
ミクは一瞬だが遠い目をする。そして先程ケンに出したコップを見た。
中に注いであった水は飲み干されており、中身は空である。
「良くないわね。そういうの」
腕を組んだユウコが言う。
「何か村を出ていってから素直じゃなくなったな……」
ユリが小声で呟く。
「あの歳でやさぐれてたら、いつか近いうちに壊れるわよ? 誰か支えてあげる仲間がいないと」
誰に言うでも無くユウコが言ってうんうんと頷いた。
「その為に命の危険がある旅に誘うんですか?」
ユウコの言葉を聞いて、彼女を思わず睨みつけながらユリが言った。
いきなりやって来た人が、アイツの事を何も知らないくせに仲間になって支える?
おこがましい話だと、声には怒気がこもっている。
「そうは言わんさ。あいつがこの街にいたいなら、今まで通りに君達が接すれば良い。俺達も無理矢理にでもあいつを連れて行きたい訳じゃないし」
そう言ったのは副団長のアキラだ。
しかし、納得がいかない団長はアキラを睨み、口を開く。
「駄目よ! そんな弱腰じゃ思いは伝わらないわ! もう首に輪っかを付けてでも連れていくくらいの気持ちじゃないと!」
「気持ちだけに止めておけよ?」
そんなユウコをユリは睨み付け、それに気付いたアキラはこれ以上自分達の心証を悪くしないためにユウコの発言に返答した。
「それに、ケンちゃんに首輪を付けるのは難しいと思いますよー?」
クスクスと笑いながらミクが言う。
「まぁ、それは競闘の試合を見れば分かりますよ。中々腕が立つみたいですからね」
加村が返す。どこか見下した声だった。
「あら? 武器屋旅団の面々だって腕が立つわよ?」
「そういう問題じゃないだろう……」
どうやら、この高田アキラという人物は話が通じるようだとユリは思い、その憤りが和らぐ。
と、いうよりも団長として強引に引っ張るユウコのストッパーがアキラであり、彼は彼女に振り回されているのだろう。
そんな2人のやりとりを見ていたユリは、どこか昔の志村とミクを思い出した。
一方で同じことを思ったミクは、志村がもういないことを思い、気分が沈む。
このギジの世界では1人で生きていくには厳しすぎる。
それ故に人との繋がりを深くしたい、人と常に繋がっていたいと考える。
ユリがケンに執着するのにはそれがあるのだろう。
まだ、そう思える相手がいるのが羨ましいものだとミクは思った。
「やれやれ、じゃあ俺が見張りに行きますよ。返事を聞く前に街から出られてもこまりますからね」
加村が言った。
「何かあればこちらにも連絡くれる?」
顔を加村に向けてミクが答える。
「そうさせよう」
アキラが言って立ち上がった。カウンターに食事代を置く。
「じゃあ、ごちそうさま。佐原君は私たちに任せなさい!」
ユウコも立ち上がる。そして堂々と言った。まるで、自分達に間違いは無いとでも言っているような自信に満ちた態度である。
「お願いします」
ミクが言った。ユリも同意の会釈をする。
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ケンはオアシスから出ると、すぐさま自分の借りていていた部屋に戻った。
そこは所謂武器屋であり、対マンハンター用の武器や競闘に使うショックガンを取り扱っている店である。
部屋を借りているというが、実際のところ部屋では無く、店の物置の一角を借りていていたに過ぎない。
ケンはここに置いてもらう代わりに店の用心棒もしていたのだ。
「世話になったな」
そう言って店の主人に、この街の通貨である木札を渡す。
「どうした急に?」
無精髭を生やした店の主人は、ケンが荷物をまとめる様子を見ながら言った。
「街を出ていく。どうやら面倒事になりそうだ」
「そうかい」
面倒事に巻き込まれるのは御免だというスタンスである店の主人はそれだけ言うと、新しい用心棒を雇わないと駄目だなと思案を巡らせる。
「じゃあな」
荷物をまとめ、いつものフード付きのマントを被ったケンが言う。
「ま、せいぜい気を付けるこった」
そんなケンに視線を向けること無く、主人は手をヒラヒラと振って答えた。
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一方、オアシスではミクとユリが大急ぎで荷物をまとめていた。
「私たちもグズグズしていられないよ」
2人もケンを追う気満々である。
「また、出ていくなんて……。忙しないねぇ」
泉はため息をついて言った。2人が出ていくことが残念でならない。
「誰かいませんかー!」
店の方から声がする。
泉は、まだ店の営業時間中であることを思い出し、「はーい! 今、行きまーす」と返事をした。
それを見たユリは、何だか自分勝手なことをして申し訳無いと思った。