43話
大衆食堂オアシス。
ユリとミクがそこで世話になっていることを知ってからは一度もケンはそこに訪れたことは無かった。
彼女達と会って、昔のことを思い出すのが怖かったのである。
それでなくとも試合後にはユリと、それに着いてきたミク達に捕まることも多く、その度に胸の中の鉛が重くなる感覚に襲われるのだ。
わざわざ、それを更に重くしたくは無かった。
しかし、自分の依頼人がそこにいるとなれば仕方がない。
その上、ユリを騒動に巻き込んでしまったのだ。せめて送っていくくらいはするべきだろう。
ケンはオアシスの前に立ってため息をつく。
「戻りました」
ガラガラと音をたてて引き戸を開けながら加村が言う。
「おう、戻ったか」
「もう、用事は済んだのかしら?」
中には男と女の2人がいた。
男は長身痩躯でのっぺりとした日本人顔であり、あまり特徴の無い容姿といえる。一方女は男よりも頭1つくらい背が小さく、瞳の大きい美人であった。
「あ、どうも」
ユリが会釈をする。
彼女はこの2人を知っていたからだ。
「知り合いか?」
ケンが尋ねる。
「お客さんだよ。ここ最近、よく来てはミクと競闘の話をしているんだ」
ユリが頷いて答えた。
「ん?」
女の方がケンに視線を向けた。
大きい瞳が更に大きくなる。
「あー! 佐原ケンじゃない!」
女が大きな声を出す。
「ええ、丁度見かけたもので」
加村が静かに答えた。
「何やら話があるって聞いたんだが?」
女の依頼人とは珍しいと思いながらも、疑わしいものでも見る様なジトッとした目でケンが尋ねる。
「その人達はケンちゃんを仲間に入れたいんだよー」
気の抜けた声がカウンターから聞こえる。
水野ミクだ。
「久し振りだねー」
「どうも……」
「コーヒーでも飲むー? インスタントだけど」
「水で良い。コーヒーを飲むと、どうにも腹具合が悪くなる」
ミクは「あらら」と言って、コーヒーカップを引っ込めた。
その2人のやり取りを見ていたユリは、ケンがミクに対しては割と素直な態度を取っていることに気付く。
やはり、ミクはケンの事を自分よりも理解しているのだと、置いてきぼりにされたような孤独感を覚えた。
「それよりも仲間?」
ミクが水をコップに注ぎ、それを手に取りながらケンが尋ねる。
「いきなりな話で済まないな」
今まで黙っていた男が振り向いて言った。肩をすくめてみせる。
「実は、俺達はぶ……」
「私達は武器屋旅団よ!」
男が言いかけたところに女が被せるように言った。
堂々と、臆する素振りなど一切無い。
台詞を取られたことに男は「あー」と唸って頭をかいた。
「あ! 知ってる! 私達がケンとここで初めて会った時に試合をしていたチームだ!」
ユリが声をあげる。
明確に覚えていたユリとは逆に、ケンはどんなチームだったかと思い出せずにいた。
今まで数え切れないくらい競闘の試合に出ていたので、一々チームのことなど覚えていないのだ。
「……で? 仲間を探しているってどういうことだ?」
ケンは全く無関心といった体で尋ねる。
「そのまんまよ」
あっけらかんとした答えを女が言う。
まるで意味が分からないとケンは武器屋旅団の一味である加村と長身の男に視線を向けた。
長身の男はやれやれとため息をつき、加村はケンと視線を合わせようともしない。
「ユウコ、まずは順を追って説明しろ」
長身の男がユウコと呼んだ女の肩を叩きながら言った。
「じゃあ、アンタ説明しなさい」
それに対してユウコと呼ばれた女は命令口調で男に言う。男は思わず「俺かよ!」と声をあげた。
「はぁ、なんだかなぁ……」
男は呆れるように言うと、ケンに視線を向ける。
「まぁ、聞いての通りだ。俺達は武器屋旅団。名前くらいは聞いたことあるんじゃないか?」
「さぁな……。競闘のチームなんぞ、この街には掃いて捨てる程いる。一々覚えちゃいないさ」
ケンの言い草に、生意気な奴だなと男は思う。
といってもこのギジの世界では、そんなのは珍しいことでは無い。
歳上、歳下など関係無く、力がある人間こそか尊敬に値するという考えが、この世界の常識となりつつあったからだ。
「いや、俺達は行商人さ」
「行商人?」
「あー、そうえば行商人連合の人から聞いたことある気がするね」
男が言ったことにケンとミクが反応する。
「基本的には探索やマンハンター退治の依頼を請け負っている」
「そこは普通の行商人と変わらないな?」
ギジの世界には幾つもの行商人やそれらの旅団があるが、基本的にはどれも探索で得られた物資の売買や、周辺部のマンハンターを退治することで生計を立てているのだ。
武器屋旅団も例に漏れず、そういった形の旅団ということである。
「じゃあ何で競闘を?」
それを尋ねたのはユリだ。
「簡単な話さ。俺達はトウの街の通貨を持っていない。しかも俺達の物資を売っただけじゃ大した額にならなかったからな」
男は苦笑する。
「この街にはあんたらみたいな行商人は珍しく無いし、競闘のチームでも探索を請け負っているところはある。物資の価格は他の所よりかは安いだろうな」
ケンが言った。
「安く物が手に入るのは客には嬉しいだろうが、売る側としては勘弁して欲しいもんだ」
やれやれと男は頭を振る。
「ちょっと……! そんな話をしにきた訳じゃ無いでしょ」
ユウコが男の頭を小突いて言った。
男はそうだったなと言って、咳払いをする。
「話が脱線したな。とりあえず俺達、武器屋旅団はそうやってあちこち回っている訳だ」
つまり、武器屋旅団は競闘を本業にしている訳では無いということだ。それを理解してケンは頷く。
「だが、この間の戦闘でウチの若い奴がやられてな。その穴埋めがしたい」
男の言葉を聞いてケンはそういうことかと思い、フッと口の端を上げて笑う。
「成程……。そこで俺を武器屋旅団に入れたいって訳か……」
「そういうことだな」
男はフゥと一息ついて座っている椅子の背もたれに背中を押し付ける。
それを見たケンは片眉を上げた。
「しかし、何故俺なんだ? 俺よりも腕が立つ奴なんてこの街にはごまんといるぞ」
実際にこの街には、ケンよりも実戦経験が豊富な者はいくらでもいる。
ケンが目立っているのもルーキーの割に実力があるからというだけの理由だからだ。
補足するなら、そこに何処のチームにも属さない、生意気な態度という一因もある。
「他の……」
「他の連中は皆、自分のチームがあるからって断ったのよ!」
男の言葉を遮ってユウコが語気を荒くして言った。
それはそうだろうとケンは思った。
実力のある者は、何処かしらのチームに所属しているのが常というものだ。
しかも、そのチームで積み上げてきたものを捨てて、どこぞの行商人に仲間入りする物好きは普通はいない。
「野良の俺ならそういう可能性は低い、か……」
そう呟いて、どうしたものかと考える。
この街を出ていくことに抵抗は無いが、今さら何処かのコミュティに入る気など起きなかったからだ。
「私は反対だ」
冷たい声が響く。
声の主はユリだった。
「何でよ?」
ジトッとした目をしてユウコか尋ねる。
「それは街の外に出るってことですよね?」
「まぁ、そうなるな……」
何か言おうとしたユウコを男が手で制止して言った。
ユリが一歩前に出る。
「それって、マンハンターとかと戦うかもしれないってことですよね? 私はこれ以上ケンに危ない目にあってほしくない」
その言葉に男は唸って顎をさする。ユウコは目を丸くした。加村は口の端を歪めて馬鹿な事だと声も無く嘲笑する。ミクはフゥとため息をついた。
全員の視線がケンに向けられる。
ケンは俯いて何も答えなかった。
この場を静寂が支配する。
「どの道、彼はこの街を出るしか無いんじゃないかなぁ?」
ややあって加村が声を出して静寂を破った。
「どういうことかなー?」
尋ねたのはミクだ。
「彼はさっき、他のチームといざこざを起こしましてね。いずれ、その報復があるはずだ。その時には貴女達が巻き込まれる可能性はかなり高い。……そこの人は良く佐原君と会っていたようですからね?」
加村はミク、ユリ、ケンの3人を見比べてながら説明する。
「といっても彼がこの街から出ていけば、貴女達に危害が及ぶ事はまず無いでしょう。彼らが恨むのは佐原君な訳ですからね」
そう言って加村はケンの右肩に手を置いた。ケンはそんな加村の顔を一睨みして、肩に乗せた手を払い除ける。
「……少し、考えさせてくれ」
ケンは顔を上げて言った。
「それは構わんが……」
男はそう言ってユウコを一瞥する。ユウコは一度眼を伏せて、男に向かって頷いた。
「助かる」
そう言ってケンは立ち上がると出入り口の扉に手をかけた。
「まぁ、最終的に判断するのはお前さんだからな。それにそこの娘の言う通りに命の危険はショックガンの撃ち合いをする競闘よりは遥かに高い」
男が返答する。
「そういえば、名前を聞いていなかったな?」
外へ出ようとしたところでケンは2人の名前を聞いていないことに気付く。
「ああ、そうだったな」
男もそれに気付き口を開こうとした瞬間だ。音をたててユウコが椅子から立ち上がる。
「私が武器屋旅団団長! 星優子よ! そしてこの冴えない男が副団長の高田明!」
ユウコが胸を張って言った。
「はぁ」
驚いて間抜けな声で返事をする。
先程から妙に強気な女だとは思っていたが、まさか団長だったとは……。
そんなことを思いつつ、ケンはフフンとドヤ顔をするユウコと、隣で呆れている様子の高田明を交互に見る。
団長というだけあって堂々としたものだと思う。それと対称的に副団長は落ち着いた人物に見えた。
それにしても、この武器屋旅団という連中も女が率いているのか思うと、昔の村を思い出して不愉快な気分になる。
もちろん、あの村と武器屋旅団は違うことは分かっているのだが、これまでの経験から強い女というものにケンは嫌悪感、というよりもそれ自体が一種のトラウマとなっていた。
「じゃあ、また来ますよ」
ケンはそう言ってその場を立ち去る。
そして、自分の手持ちの貨幣の残額がどれくらいあったかを思い出そうとした。
既にこれからどうするかは、彼の中で決まっていたのだ。