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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
武器屋旅団
42/112

42話

 そこにいたのはケンと同じ年代の男だった。

 ケンよりかは歳上かもしれないが、ユリやミクよりかは歳下であることは間違いないだろう。

 

 その男の見た目であるが、髪の毛は無理矢理後ろに流しているのか、前髪は後頭部を向いて立っていた。目鼻立ちは整っているが、やや大きめの瞳はつり目であり、イケメンではあるが悪人面にも見える。


 また、男の右目は左目に比べると窪みにも見える影のようなものがあり、それは何度も狙撃銃のスコープを覗いてきたこと、即ち実戦を何度もくぐり抜けたであろうことを伺わせた。


 友達にはなれないタイプだとケンは断定する。


「あ、ありがとうございます……」

 目の前で起きたことに放心して、動かなくなった男の前で尻餅をついていたユリが何とか声を絞り出す。


「どうも」

 男はユリを一瞥することも無く言った。全くユリに興味は無いようだった。


「君もお礼の1つくらい言ってくれても良いんじゃないかなぁ?」

 嫌みったらしく男はケンに言う。

「助かった」

 ケンは男を訝し気な目で見ながら言った。


「騒がしくなると厄介だな……。君に話があるんだけど、一緒に来てもらえないかな?」

 先程の騒ぎを聞き付けた街の人間の姿が見えたのを男が確認しながら尋ねる。


「まぁ、話くらいは聞くさ」

 少なくとも先程襲ってきた連中よりかは信用出来るだろうとケンは思いながら了承した。


「ほら、立って」

 ケンはユリの腕を引っ張って立ち上がらせる。

 そして、男と顔を見合わせるとお互いに頷いて歩き出す。その時にケンは自分が着ているマントのフードを被って顔を隠した。

 ユリはフラフラしながらも、2人の後ろに着いていく。


「俺は加村雅平」

 歩きながら男が名乗る。

「かむらまさひら?」

 あまり聞き慣れない響きの名前だとケンは思った。


「まぁ、好きなように呼ぶと良いさ。……不愉快なアダ名で呼ばなければね」

 ケンは「そうかい」と小声で言う。


「俺は……」

「知ってるよ。佐原ケンだろう?」


 名乗り返そうとする前に加村が言った。


「知っている、か……」

「それはそうだろう? 君はちょっとした有名人だからね。そのフードもその為のものだろう?」

「まぁ、な……」


 実力はあるが、何処のチームにも所属していないケンは競闘関係者の間では有名なのだ。

 それ故に、試合の助っ人だけで無く、先程のようなケンを邪魔に思う者も多い、

 そういった者達から絡まれる確率を下げる為に、ケンはフードで顔を隠すようにしているのだ。決して格好付けでは無い。


「……試合の助っ人かい?」

 歩きながらケンが尋ねる。

「いや、詳しい話は団長に聞いてくれ」

 加村は否定した。ケンは「そうかい」と返す。


 そんなケンを見て、ユリはケンが自分と違う世界に生きている別世界の住人のように思えた。


 村にいた時と違い過ぎる。


 村にいた時のケンは生意気で理不尽や自分の気に入らない事があれば、すぐに口や表情にそれが出る少年であり、心に熱を持っているように見えた。

 しかし今は違う。

 生意気な態度は相変わらずだったので、今まで気付かなかったが、今のケンには熱っぽさが無く、どこか冷めている。


 村にいた時のケンが炎なら、今のケンは氷。

 否。

 鎮火した後に残った炭や灰のようであった。


 それは戦い方にも現れている。

 本質的には敵の行動予想を元に、懐に飛び込んでのヒットアンドアウェイであることに変わりは無いが、かつてのケンの戦い方は闘争本能、敵を倒すという意思が動きに如実に現れていた、荒々しい動きであった。


 しかし、今のケンの戦い方は荒々しい動きでは無く、流れるような機械的な動きであり、敵を“倒す”のでは無く、敵を“殺す”動きである。

 それは何度も対人戦を行う、つまりは何度も人を殺してきた人間の動きなのだ。


 ユリはそれを理解して愕然とする。


 もう、ここにはあの生意気な少年はいない。

 ここにいるのは熱を失い擦り切れた心の少年だ。


「だからミクは……」

 ミクはあまりケンと接触していなかったことを思い出す。


 彼女にケンの事を尋ねると決まって「そっとしておいてあげよう」と苦笑するばかりだった。


 ミクはケンが変わったことに気付いていたのだ。

 おそらく彼女は余計な事を言って、これ以上ケンの心を擦り減らすような事になるのを避けたのだろう。


 自分は何も分かっていなかったのだ。


 ユリはそんな自分を情けなく思う。

 結局、自分は自分の勝手な思い込みと考えで動いていただけであり、ケンやミク、それだけで無く、このギジの世界を何も見ていなかったのだ。


 ユリの心は自己嫌悪という鉛を抱えて重くなる。


「何処へ行くつもりだ?」

 そんなユリの思いを知らないケンは加村に尋ねた。

 ただ静かに、擦り切れた心を埋める何かを求めていたのだ。あるいは擦り切れた心が完全に無くなる絶望を。


「オアシスっていう、大衆食堂だ。君も知っているんだろう?」

 加村が答える。

 その答えにケンは顔をしかめた。


 そこにはユリとミクがいる所だったからだ。


「そこにいる店員が君の知り合いだって話だからね。特に君の後ろにいる黒髪の人が、よく試合後に君と接触しているのが目撃されているからね」


 加村はフフンと笑い、ケンは小さく舌打ちをした。


 だからあれほど自分に関わるなと言ったのだと内心でユリを罵倒する。

「甘ちゃん……、甘ちゃん姉さん……」

 そんなことを口の中で呟く。


 これはいよいよ、このトウの街を出て行く時かもしれないとケンは思った。

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