40話
日が落ち始め、紺と橙のグラデーションを描き始める空の下で、街灯が町並みを照らし始める中でユリとミクは並んでオアシスに戻る道を歩いていた。
「ケンの奴……、随分雰囲気変わってたな。何というか、やさぐれてた」
ユリが呟く。グレた息子をものを見たような心配と呆れが入り交じった顔である。
それはそうだろうとミクは思う。ケンのあの顔を見れば、村から出た後にも対人戦を何度もやってきたのが、すぐに分かった。
あのドス黒く濁り、生気の無い目は人殺しを何度も行い、このギジの世界に溢れる絶望を味わった人間特有のものである。
それはかつての自分や志村も同じだった経験がある為に分かることだった。
「しばらくはそっとしておくしか無いよ」
今のケンには心の余裕が無い。当然ながら生きる希望など持ち合わせておらず、ただその日を生きる為に、生きている実感を得る為に競闘をやっているのだろう。
まるで、昔の自分や志村を見ているようだとミクは思った。
「うーん」
ユリは今のケンをどうにかしたいと思案を巡らせる。
ふと顔を上げると街灯の明かりが目に入った。
「電灯……?」
それは炎の明かりでは無く、電気によって作られた電灯の白い明かりである。
「そういえば、ここはやたらと電気を使ったものが多いな?」
ユリは町に溢れる明かりが電気によって作られたものが多いことに気付く。昼間に飲んだコーヒーだってコーヒーメーカーで入れたものかもしれないと思う。
「これだけ大きい町だからね。電気関係の技術者だっているでしょ?」
「でも電気はどうやって起こすんだ?」
「マンハンターだよ」
「マンハンター?」
電気とマンハンター。
全く繋がりの無い単語に耳を疑うユリ。
「あれだって元は機械だよ? だったら動かす為のバッテリーがあってもおかしくないでしょ?」
「あぁ!」
ユリが声を上げる。
今更ながらに思い返してみれば、確かにマンハンターはロボット、つまりは機械なのだ。ならば、それを動かす為のバッテリーやら何やらがあるのは当然である。
しかも、それはロボットを長時間稼働させて、戦闘行為まで行わせることが出来るだけの容量があるのだ。
当然ながら、その辺のコンビニやスーパーで売られているような電池とは訳が違う。
そもそも、自分達が使っている武器のほとんどがマンハンターから奪ったものであり、バッテリー式であることを考えれば当然の話じゃないかとユリは思った。
「聞いた話だけど、マンハンターのバッテリー1つで外の世界の一般家庭が使う電気量3日分くらいはあるみたいだよ」
「道理で……」
この街には電気を使ったものが多い訳だとユリは納得する。
「何で今まで気付かなかったんだろう? あれは機械だったんだ」
ユリは、今までマンハンターは敵としてしか認識していなかった。その武器は利用出来ると思っていたが、マンハンターそのものには利用価値を見出だしていなかったのだ。
「まぁ、戦うのにいっぱいいっぱいでそんな余裕も無いからねー」
ミクはふぅとため息をつく。
「この物資の少ない世界なら、機械の塊のマンハンターは鴨が葱背負ってるようなもんじゃないか」
冗談めかしてユリが言う。この街に来て、ケンに会ったことで冗談を思いつく程度に余裕が出来たのだ。
「問題は、その鴨が人間を襲ってくるのと、捕まえても調理に専門知識と技術がいることだねー」
ユリの冗談にミクも乗る。
「そうか……」
例えマンハンターをどうにかしても、その機械を再利用するには知識と技術が必要なのだ。
ユリがいた村で、マンハンターの部品が使われなかったのは、その技術や知識を持つ者がいなかったからである。
「あの村には、そんなことが出来る人がいなかった訳か……」
「そういうことだねー。あの村は50人くらいしかいなかったし……」
村の人間全員が顔見知りのようなものだったことを思い出し、そういえばそうだったとユリは懐かしく思う。
あの村は人数が少ない故に、人と人との繋がりが濃いものだった。
だが、それは同時に閉鎖的でもあり、自分達の以外の異端を極端に嫌っていたのだ。
だからケンの扱いは当初から不遇だったし、村が襲われた後は、その鬱憤がケンやミク、ユリ等といった若年層、つまりは村の少数派に向けられる事となった。
「この街は人口も多いから、その中に機械に詳しいのもいたってことだねー」
そのミクの言葉にユリは「そうか」と呟いて答える。
「そういえば、この街には何人くらいの人間がいるんだ?」
ユリは無意識にケンに似た格好の男が流れる人混みの中にいるのを見付けて、それを目で追いながらユリに尋ねた。
「んー、確か5千から6千人とか言ってたかな? まぁ、その中には行商やら旅人やらがいて実数はもっと少ないだろうけど……」
「何だって……?」
ユリ達がいた村の百倍の数字である。
思わず足を止めて街を見回す。そこかしこに人影があり、話声が聞こえ、道を行き交う人々がいた。
ミクの言っていることに間違いは無いのだろうとユリは思い、改めてこの街の規模の大きさに驚く。
「ケンが最初に会った時に言ってたけど、異世界にやってくるなんて漫画みたいな目に会う人間がそんなにたくさんいるなんて思いたくないな……」
しかも、この世界にいる人間はこの街の外にもいるのだ。その事実にユリは呆れを隠すこと無く言った。
「全くだねー」
これにはミクも苦笑いである。
このギジの世界に来る確率は、宝くじが当たる確率より多いのでは無いかと思った。
だが、本当にそうなのか?
ミクの頭にそんな言葉がよぎった。
確かに、ユリやケンの言う通りに異世界に来るなどという出来事が、そんなに多数の人間に起こりうるのだろうか?
そもそも、気付いたら異世界にいたという非現実的な事自体が起こりうるのか?
もしかしたら、本当の自分は眠っていて、この世界の出来事は自分の見ている夢の中なのではないだろうか?
いや、もしかしたらこの世界も自分も本当は……。
「おいっ!」
何処からか叫び声が聞こえて、ユリは自分達がオアシスの前に着いたことに気付く。
背後では男達2人が何やら言い争っていた。ミクの思考を遮った叫び声は、この男達のものである。
「喧嘩、みたいだな……」
ユリがミクの耳元で囁く。
「ん……」
小さく頷いてミクが答え、気にしてないように店の扉を開けた。
中からオアシスの店主である中年女、泉の「あら、お帰りなさい」という声と人の好さそうな笑顔が現れる。
2人は「ただいまー」、「戻りました」と答えてながら、ユリは明日もケンに会いに行こうと思い、ミクは先程の思案を記憶の片隅に追いやって、明日の競闘はどうしようかと、それぞれ違う事を考えていた。