38話
試合が始まり、それぞれのチームが動き出す。お互い8対8のチームマッチである。
チームドラゴンファングは2人組に別れてフィールドを進んでいく。
それに対して、武器屋旅団は散開して広い範囲での索敵を行う陣形を組んだ。
それぞれのチームは障害物を盾にしつつ進んでいき、ほぼフィールドの中央で接触して撃ち合いになる。
「ふーん……。まぁ、定石通りだねー」
ミクはつまらなさそうな声を出す。
「あ!」
その横でユリが撃ち合いになったのを見て、思わず声を出した。傍目で人間同士の戦闘を見たのは初めてである。
「あ、ケンだ!」
ユリが指を指して声をあげた。
「あー、でんでん使いにありがちな展開だー」
何か呆れとも、失望ともとれるようか声で言うとミクは顔をしかめる。
フィールドの中で、レーザー式マシンガンともいえるでんでん銃を模したショックガンを持つケンは1人突出していたのだ。
「いや、旅団に賭けてて良かったよ」
「何だ、ケンのチームに賭けてないのか?」
「そりゃあね、あのチームドラゴンファングだっけ? 実戦経験……、特に本当の意味での対人戦ってやったこと無いみたいだしねぇ……」
「でも、ケンは……」
「雇われ1人でどうにかなるようなものじゃないよ」
ユリはケンが悪く言われてる様な気がして、刺々しい怒りにも似た感情が腹の底に沸き上がる。
その一方でフィールド上では相変わらず、2つのチームが試合を続けていた。無意識にケンのチームを応援するユリ。
次の瞬間、弾けるようなワッという歓声が響きらこの試合で初めての脱落者が現れる。
それは武器屋旅団の男であり、仕留めたのはチームドラゴンファングの男達だった。
この男は瓦礫や障害物を盾に隠れながら移動、主戦場の側面から奇襲をかけたのである。
「へぇ」
ミクが短く声を出す。
奇襲の成功から、チームドラゴンファングは一気に攻勢に出た。それぞれが弾幕を張りながら突撃する。
それに押される形で武器屋旅団は後退を始め、徐々にその人数が減っていくように見えた。
「ん?」
突撃をするチームドラゴンファングの中でケンの足が止まったことにユリは気付く。
「あーあ、こりゃ駄目だ」
その横でミクが言った。どう見ても呆れている。
勢い付いて攻めるチームの中でケンはキョロキョロと辺りの様子を伺っていた。それを見たユリも視野をフィールド全体に広げる。
「あっ!」
後退する武器屋旅団から離れた位置に1人、細長い銃を構える男がいた。
所謂狙撃手であり、高台となっている瓦礫の上から攻めるチームドラゴンファングに銃口を向けていたのだ。
チームドラゴンファングは逃げる武器屋旅団を追うのに夢中でそれに気付かない。ケンも武器屋旅団の狙撃手の存在は理解していたようだが、何処にいるかまでは分からなかったのである。
「全く……、これで5割の勝率とは笑わせるね。今はこんなにレベルの低いチームしかいないの?」
ミクはそう言って顔をしかめた。
「そう言うなよ……。強いチームは探索やら傭兵やらで、いなくなるの早いからなぁ……」
ミクの言葉に、先ほどケンについて尋ねられた男が答える。
それと同時だ。
それまで押されているかに見えた武器屋旅団が、狙撃手の一撃により後退から一転して攻勢に出たのだ。
よく見れば、先程から見えなくなっていた旅団の団員もいる。彼らは乱戦の中でやられたように見せかけて物陰に隠れていたのだ。
これによりチームドラゴンファングは完全に囲まれる形になる。
十字砲火の中を逃げ回るチームドラゴンファングの男を武器屋旅団の狙撃手が狙い撃つ。撃たれた男はうつ伏せに倒れた。そして、次の瞬間には別の男が狙撃される。
その行動の速さにユリが目を丸くした。
「速い!」
狙いをつける。撃つ。次の目標に狙いをつける。その間約2秒。
武器屋旅団の狙撃手はその動作が人間離れしていると、ユリは思い声を出す。
「中々、良い狙撃手だねー」
「やっぱ実戦経験あるのと無いのとじゃ違うよなぁ」
ミクと男がうんうんと頷いて言った。
「いや、本当に凄いよ……!」
射撃が得意なユリは自身の感覚で、その狙撃手の凄さが分かった。彼女自身も狙撃手の真似事をよくやるからである。
再び、狙撃が成功してチームドラゴンファングの男が倒れた。
しかし、そこへ反撃の銃撃が飛んで狙撃手の目の前の地面が爆ぜる。
狙撃手はすぐさまに立ち上がると銃撃の飛び交う中、次の狙撃ポイントに向けて走り出した。
観客の誰もが武器屋旅団の勝利を確信した瞬間である。
武器屋旅団の男が数人、あっという間にショックガンで撃たれて戦闘不能になったのだ。
歓声と、チームドラゴンファングに賭けていた者達からの拍手喝采。
その原因は佐原ケンであった。
彼は他のメンバーが後退する中で、ただ1人そのまま敵中に突撃していたのである。
一見すれば無謀にしか思えない行為だが、逃げる背中を狙撃されるくらいならば、敵中に突撃して乱戦に持ち込めば狙撃される可能性が減り、うまくやれば同士撃ちをも狙えると考えたからだ。
「あいつ……! また、あんな無茶を……」
「うん、良い手だねー。ケンちゃんらしいよ」
ユリとミク、それぞれ違う反応をする。
「元々、ケンちゃんはああやって弾幕を張りながらの、障害物を弾除けにして移動するっていう戦い方だからねー。それに、体のシルエットは着ているマントで把握しにくいし、そもそもケンちゃんは体格が小さいからね。ああやって乱戦に持ち込んで実力を発揮するタイプだよ」
ミクのもっともらしい説明に、隣の男が「分かってるねぇ」と相槌をうつ。
それはユリも分かっていることだが、その危なっかしい戦い方にか顔をしかめた。
「でも、駄目だねこれは」
ミクが呟く。ユリは何も言わない。
下のフィールドでマトモに戦っているチームドラゴンファングのメンバーはケン1人だったからだ。
正確には他のメンバーも戦ってはいるのだが、ライフルを敵に向かって撃ちながら逃げ回り、連係が取れていない。それはケンとチームがでは無く、チーム全体がバラバラになっているのだ。
「予測外のことが起きると駄目になる。 ……そもそもこのチームの予測力も疑わしいけどね」
ミクはそう言うと口の端を歪ませて微笑する。
ケンは後ろのチームメンバーに何か叫びながら弾幕を張るが、それは悉く無視された。
その内、メンバーが何人か倒される。残ったチームドラゴンファングのメンバーはケンを含めて3人だった。それに対して武器屋旅団は5人。
試合の勝敗はほぼ決した。
ケンは一度後方の味方を見ると、そのまま持っている武器を放ってその場に座り込む。そして、懐から白旗を取り出して旅団のメンバーに振って見せた。
「あれは?」
それを見たユリは、ケンの行動の意味する事が何かという質問をミクにする。もっとも、おおよその見当は付いていたが。
「あれは降参だねー。何らかの事情で戦えなくなった時や、もうどうしようも無い時にやるんだよ。あれをやった選手はその試合に一切手出ししたら駄目。相手側も降参した選手を攻撃しちゃ駄目って具合」
ミクが説明して、その予想通りの答えにミクは「ふーん」と言った。
「もっとも、ケンちゃんの場合は時間の無駄と思ったんだろうね。ああすれば撃たれ無いし」
座り込んだケンを見てミクがククッと笑う。
試合は確かにケンのチームの負けだろう。しかし、こうも勝手に降参して良いものだろうかとユリは思った。残ったメンバーは未だに戦っているのだ。
ユリはボーっと座り込んで戦いを眺めるケンを見た、
次の瞬間には大きな歓声とアナウンス。チームドラゴンファングがケンを除いて全滅。武器屋旅団が勝利したのだ。
歓声の中で武器屋旅団は観客に手を振って答える。負けたチームドラゴンファングのメンバーは係員であろう者達によって、担架で運ばれていた。
「やったね、勝ったよ」
ミクがククッと笑う。
本人からすれば当然の結果なのだが、それでも勝ったことは嬉しかった。
それを見たユリはやれやれと頭を振る。
「じゃあ、私これを換金してくるねー」
そう言ってミクが立ち上がった。
「なら、私はケンに会いに行く」
ユリも立ち上がる。
「会いに行くって、何処にいるか分かるの?」
「何とかなるよ」
尋ねるミクにユリが答えた。今は
配当金よりもケンの方が優先事項なのだ。
「何とかって……」
換金した後で一緒に探せば良いのにとミクは言おうとする。
しかし、その時にはユリは早足で退出する観客に混じっていた。
「結構、人多いよ? ここ……」
遠くへ行き、小さくなるユリの背中を見ながらミクは呟く。