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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
武器屋旅団
37/112

37話

 ミクに連れられてやってきた場所は競技場だった。

 よく、陸上競技や学校の体育祭などで使われる場所である。

 普段、こういった場所には何かのイベントでもない限り人が集まることはないのだが、この街の競技場は人でごった返していた。

 それも、老若男女。武器を持っている者に持っていない者。浮浪者のような格好の者から、ある程度恵まれているであろう者まで様々だ。


 確かにこれだけ人が集まっていれば有益な情報も得られるだろう。


「でも、何で人がこんなに多いんだ?」

 ユリは何かのチケットのような物を売っている、怪しげな男を見ながら呟いた。


「それは見てのお楽しみ」

 ミクは楽しそうに言うと観客席に向けて歩き出す。ユリもそれに着いていく。

 辺りにいた人ぴとは何か興奮しているようであり、やはりここでは何かのイベントがあるのだということが分かる。それも万人が熱狂するようなものだ。


 観客席に出たユリは驚く。

 その競技場の観客席が取り囲んでいたのは、陸上競技を行うトラックでもサッカー場でも、ましてや野球のマウンドでも無かった。


 そこにあったのは戦場だ。


 瓦礫や砂袋で作られた障害物に縦横に掘られた塹壕、左右端には高さ6メートルはある見張り台があり、その中で人間同士が銃を持って戦っているのである。

 観客席から見下ろしたそれは戦争映画にも通じるものがあった。


「何なんだよこれ……?」

 熱狂的な歓声の中でユリが尋ねる。見下ろした戦場では1人の男が倒れた。歓声が一際大きくなる。


「競闘だよ」

「けいとう?」


 ミクは戦場を眺めて答える。


「見ての通り、2つチームを戦わせてどっちが勝つかに賭けるギャンブルだねー」

「でもこれは……」

「まぁ、バトリングとかアリーナとか言う所もあるみたいだけど」


 ワッという歓声が響く。どうやら試合が終わったようだ。

 下の模擬戦場ともいえるフィールドを見下ろせば、倒れている者と両腕を上げて勝ち誇っている者がいた。


「あの倒れているの死んだんじゃないのか?」

 ユリは嫌悪感を露にする。目の前で行われていたことに怯えてもいた。


「それは大丈夫だよ。あの人達が使っているのはショックガンで殺傷力は無いから」

「何だよそれ?」

「仕組みはよく分からないけど、何でも当たると電流みたいのでビリビリーってなって気絶するみたいよ?」


 フィールドでは倒れていた者が係員であろう者達に担架で運ばれていた。勝利チームの者も控え室に続いているベンチに歩いていくのが見える。


「野蛮だなんて思わないでよー?」

 ミクはこう言ったが、それはユリにとって無理な話であった。

「死なないとはいえ、人間同士の戦いだぞ?」


 マンハンターという絶対的な敵がいるのにも関わらず人間同士で戦う。かつて、村が襲われた時のトラウマから、その嫌悪感が大きいユリは目の前で行われていたことを見て、その時の事を思い出す。


「明確なルールと人が死なないっていう前提があれば、どんなものでもスポーツになるよ」

「スポーツ? これが?」

「そうだよー。でなきゃ格闘技はどうなるのさ?」


 確かにそれを言われれば、目の前のこれもスポーツかもしれない。それでもユリはこの競闘というものを好きになれなかった。


「この世界はただでさえ娯楽が少ないからねー」

 ミクの言う通りに、野球もサッカーも、それを中継するテレビもラジオもこの世界には無かった。

 だからといって人間同士の戦い、つまりは戦争をスポーツ娯楽にするのは如何なものかとユリは思った。


「ちょっとごめんよ」

 背が高く若い男が言ってユリの脇を通ろうとする。

「あ、すいません」

 ユリかその場をどいて、男がそこを通ると、その後ろに若い女が着いていく。


「そうだ……! ちょっと良いですか?」

 何を思ったのか、ミクがその若い女に声をかけた。


「何?」

「どうした?」


 女と男の2人が反応する。どうやら連れ合いの

ようだ。


「次の試合のチームってどんなのか教えてくれませんか?」

 目を輝かせながら尋ねるミクを見て、賭けるつもりかとユリは直感する。

 男女は一度、お互いの顔を見合わせる。


「それなら、武……」

「武器屋旅団とチームドラゴンファングよ」


 男が言いかけたところを女が被せるように言った。男は「あー」と、台詞を取られたことに不満そうな顔をする。


「武器屋旅団ってのは、最近この街にやってきた行商人ね」

 女が解説を始めた。どこか誇らし気だなとユリは思う。


「主に物資の販売や、探索の護衛やマンハンターの退治なんかをやっているわ」

「対人戦は?」

「旅団としては対人戦をやったことは無いわね。ただ、個人で対人戦の経験があるのはいるみたいだけど」

「個人で?」

「まぁ、あちこちから寄せ集めたような旅団だからね。皆、何かしらの事情があるのがほとんどよ」


 ミクと女の会話が弾む。

 競闘を楽しむ気まんまんのミクを、遊びに来た訳じゃないと、ユリは恨めしそうに見ていた。


「どうやらお前さんも振り回される側みたいだな」

 男が言った。

「え?」

 どういう意味かとユリは疑問に思う。

「いや、分からんならいいさ」

 苦笑するように男が言った。女とミクの会話も同時に終わる。


「ごめん! ユリちゃん、少しここで待っててくれる?」

 ミクは早口で言った。

「え?」

 ユリが聞き返す間も無く、ミクは人混みの中に駆けていく。


「じゃあ、俺たちもこれで」

「健闘を祈るわ」

 そう言って男と女も観客席に消えて行った、


「えー…」

 1人取り残されたユリは急に不安になる。周りには見知らぬ、ならず者みたいな人間だらけだったからだ。しかも、ここは所謂賭場の様な所である。ギャンブルに対して、良い印象を持っていないユリからすれば当然だ。


「ただいまより、武器屋旅団とチームドラゴンファングの試合を開始します」

 何処かのスピーカーからそんな声が響き、喚声が沸く。


「スピーカー? 何処かに発電機でもあるのか?」

 スピーカーの音声を聞き、それを動かす電気のことをユリは考える。それだけ彼女はこの世界で電気を使うような機械に触れていなかったからだ。


 少なくとも、彼女がかつて住んでいた村や、今まで立ち寄った集落には、そういった電気や機械関係がマトモに動いているのを見たことが無い。

 しかし、この街にはそれがあった。軽いカルチャーショックを受ける。


「待ったー?」

 カルチャーショックの中にいるユリを読んだのはミクだった。その手には何やら紙切れが握られている。所謂、賭け札とでも言うべきものだ。

 ユリはそれを見ると呆れてため息をつく。


「ほら、試合始まっちゃう! そこの席空いてるよー」

 ミクの言われるがままに空いている観客席に座るユリ。

 下のフィールドを見下ろせば、それぞれ左右の端にこれから戦うのであろうチームの人間が現れるのが見える。


「ん?」

 ユリは右側のチームの面子に視線が向いた。その中に見覚えのある者がいたからだ。


「あ、さっきオアシスに入る時に会った人だ」

 そのオリーブグリーンのマントの男は食事屋オアシスにユリ達がは入る時にすれ違った男である。

「あ、あの時の」

 ミクもその時の事を思い出す。


 その男が所属しているのはチームドラゴンファングだった。隣のチームメンバーに何やら話しかけられて頷いている。

 そして、マントのフードを脱いで顔を晒け出す。


「えっ……!」

「嘘……、でしょ……?」


 その男の顔を見て2人は自分の目を疑った。 何故なら、その男の顔は2人ともよく知っている顔だからだ。


「ケン、ちゃん……?」


 佐原ケンである。

 村にいた時と比べると全体的なシルエットは大きくなり、幼さを残していた顔も、目付きは鷹だか鷲のように鋭くなり、逞しくなってはいたが、間違い無く佐原ケンそのものだった。

 その証拠に、初陣の時に与えた、マンハンターの装甲を合わせて作った鎧かマントの隙間から見える。


「まさか、こんなところにいるとはね……」


 ミクにとって完全に予想外である。

 彼女は、おそらくケンはここに立ち寄っただろう程度に考えており、ここでケンの目撃情報でもあれば儲けものと思っていたからだ。

 それが、まさか実際にこの街にいて、挙げ句の果てに競闘に出ているとは全く思っていなかったのである。


「無事、だったのか……」

 ユリはケンが生きていたことを純粋に喜んでいた。

 ギジの世界に来て、初めて自分の手で助けた少年。無鉄砲なところはあるが、村の為に一生懸命戦ったが、村を追われた少年だ。


「でも、何であんなところに……?」

 ユリはケンが競闘に参加していることを疑問に思う。

「多分、ああやって生活費を稼いでいるんだよ」

 昔、志村もケンと同じように競闘に参加して生活費を稼いでいたことをミクは思い出す。


「ねぇ? あの緑のマントの子は誰?」

 ミクはユリとは逆隣にいる男に尋ねた。


「知らないのか? 佐原ケンってここ最近に出てきた奴さ」

 男は若干興奮しながら答える。試合が始まるのが待ちきれないのだろう。


「ここ2、3ヶ月くらいから出てきた奴だな。ビギナーズルールじゃ負け無し。チームマッチでもそこそこ腕が立つ。おそらく実戦経験か豊富なんだろう」

「ふーん、あのドラゴンファングとかいうチームメンバー?」

「いいや、野良だよ。今回はたまたまあのチームに依頼されたんだろ」

「腕が立つ、ねぇ……」


 疑うような目をするミク。ユリは全く会話に付いていけなかった。知らない単語が多すぎるのである。


「試合開始!」

 スピーカーからの声と共にウーという甲高いサイレンが鳴る。

 試合が始まったのだ。

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