36話
結局、ミクとユリが闘の街に到着したのは4日後であった。
途中でマンハンターに襲われて迂回することになったからである。といっても、この世界では予定などというものは半ばアテにならないものではあるが。
「それにしても、凄い所だな……」
闘の街に入ったユリは久しぶりの街に興奮して呟く。
街を行き交う人々は自分達がいた村よりも遥かに多く、賑やかなものであり、雑多な人の意思が溢れていた。
街並みも掘っ立て小屋では無く、元々は廃墟としてあったのであろう建築物を利用したものが多々見受けられる。
「元々は廃墟の街を利用して作られた街らしいよ?」
「そうなんだ。……マンハンターは?」
「全滅させたんじゃないかな?」
「凄いな……」
人間というのはやろうと思えば、こんな世界でも生き生きとした街を作ることが出来るのかと、ユリは思った。
だが、気になることもある。
この街は確かに生気に溢れているが、そこにいる人々はどれも鋭い刃のようにギラ付いて見えるのだ。
「何だろうな……。この街の感覚。賑やかではあるけど華やかでは無い感覚だ」
ユリは横を通り過ぎた武器を持つ男を横目で見ながら言った。
それを見たミクがククッと笑う。
「そうだろうねー」
含みのある言い方にユリは「何だ?」と疑問に思う。
「ところでこれからどうするんだ?」
街に着いたのは良いが、その後の行動を何も考えていないことを思ってミクに尋ねる。
「んー、前にお世話になった所があるからそこへ行くつもり」
つまりは寝床には困らないということだ。ユリは安堵してミクの歩調に合わせて着いていく。
「ここだよー」
ミクがそう言って指差したのは木目調の壁をした小さい建物だった。
「食事屋オアシス?」
ユリは出入口の上に掲げられた看板を読んだ。
「うん。名前の通りにご飯を食べる店だね」
ミクが言った。
その言葉を聞いて、ユリはあることに気付く。それはここが“店舗”であるということだ。
ユリ達がいた村では、物資は基本的に全員で平等に分けるという決まりがあった為に店舗というものが無かった。
そして、この街には店舗がある。店舗があるということは、そこでは物と物と物との取り引きがあるということだ。
この場合、取り引きはどうなるのだという疑問が浮かぶ。
まさか食事とこちらの物資を交換するというのだろうか?
「食事代ってどうするんだ?」
思い付いた疑問をそのままミクに尋ねる。
「あ! ユリちゃんは知らないのか……」
そう言うとミクは自分のウェストポーチをから何かを取り出す。
それは5センチほどの黒い長方形をした木の棒だった。
中央には丸い刻印がある。
「何だこれ?」
ユリはそれを手に取って尋ねた。
「木札。この街のお金だよー」
お金、つまりは貨幣があるということだ。ユリはその事実に驚いた。
こんな経済も何も無いような世界にも、そんな物があったという事にである。
「街の規模によっては独自のお金を作ってる所もあるみたいよ?」
ミクはユリから木札を受け取って言った。
「この世界ですらお金かぁ……」
人間というのはつくづく金というものが好きなのだなとユリは苦笑する。
「こんなの良く持ってたな?」
「元々私が持ってたのと、この間の行商人連合から交換してもらったのがあってねー」
そういえば、行商人連合と会った時にミクは食糧以外にも何やら交換していた事をユリは思い出す。
ユリがそのことを「ふーん」などと感心していた時だ。
ガチャという音と共に店の入り口が開き、中からオリーブグリーンのマントを羽織った小柄な男が、マントに着いたフードを被りながら現れる。
「あ、すいません……」
自分が出入りの邪魔になっている事に気付いたユリが、その場をどいて軽く謝る。
「どうも……」
男は気にするでも無く小声で言うと、そのまま人混みに紛れて行った。
ユリはその男の背中を見つめる。
「どうかした?」
ミクが尋ねた。
「いや、何でも無い」
聞き覚えがあるような声だったと思ったのだが、気のせいだと思いユリが答える。
そのまま2人は店の中に入った。
「こんにちはー」
ミクがいつものように気の抜けたような声で挨拶をする。ユリは小声で「お邪魔します」と言うと店の中を見回した。
店の中はお世辞にも広いとは言い難く、入り口のすぐ側にコの字の形をした木製のカウンターがあり、その回りに席が6席ある程度のものである。カウンターの奥はキッチンとなっており、流し台や食器棚などが見受けられた。
「あら!」
キッチンから恰幅の良い中年の女が姿を現す。
「あらあらあら! ミクちゃんじゃない!」
女は驚いた様子で声をあげた。
「久しぶりでーす」
ミクも久しぶりに友人に会ったかの様な笑顔で返答する。
「どーしたのよー。随分、久しぶりじゃない! キョウちゃんは? あら? 隣の女の子は?」
それは人の良い、所謂おばちゃん特有の高いテンションであった。
そのテンションにユリは思わず言葉を失うが、悪い気分では無い。むしろ、その明るい雰囲気はそれまで鬱々としていた村の住人と接してばかりのユリには暖かく、心地好いものに思えた。
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「そう……、キョウちゃんは死んじゃったの……」
「うん……」
この中年女性は、この店の店長であり名前を泉という。
かつて、志村とユリは闘の街に住んでおり、その時にこの店で世話になっていたのだ。
「あんなに活気のある子だったのにねぇ……」
「喧嘩っ早かったけどねー」
そんな2人の会話をユリは泉が出したコーヒーを飲みながら聞く。コーヒーなんて飲むのはどれくらい振りだろうなどと頭の隅っこで考える。
「喧嘩っ早い?」
ユリが尋ねた。
「ん……。この街にいた時はキョウは結構喧嘩っ早かったんだよ」
昔を懐かしむようにコーヒーの入ったカップを揺らしながらミクが答える。
「ならず者やらを見つけてはしょっちゅう喧嘩してたわね……」
泉もうんうんと頷いて言う。
「そうなのか? 志村さんって落ち着いた人だと思ってたけど……」
ユリの中では志村という人間は落ち着いた性格をしており、村長の横で補佐をしているか、ケンの面倒を見ているというイメージであった。
「それはマンハンターとの戦いで左腕を無くした時からだねー。それ以前はどっちかって言うとケンちゃんに似ていたよ」
そう言われれば、志村はよく村の大人達に皮肉や嫌味っぽい言い回しをしていたが、あれはその時の名残だったのかもしれないとユリは当時のことを思い出す。
「この街を出たのも、実はそれが原因でね……」
ミクは苦笑してコーヒーを一口飲んだ。
「あれはキョウちゃん悪くないわよ」
口を尖らせて泉が言った。一体、何の話だとユリは首を傾ける。
「うん。ちょっと街で悪さをしていた連中相手に乱闘騒ぎを起こしてねー。最終的にならず者のアジトごと色々なものを爆破させてテロリスト扱いだったよ」
「爆破って……」
何をやらかしたんだとユリは驚きと呆れの声を出す。
「懐かしいわねぇ……」
泉はくすくすと笑う。
「あの、それよりも……」
ユリが言いかけて、ミクが「ん」と頷いてた。
「私たち、人を探してるんだけどね」
「あら、それでここに?」
「うん。歳は14から15歳くらいの男の子で、多分マンハンターの装甲を再利用した白い鎧みたいのを着ているんだけど知らない?」
「うーん、そういう人はこの街じゃ珍しくないわね……」
そうそう見付かりはしないかと、考え込む泉の姿を見てユリはため息をつく。街の規模を考えれば当然かもしれない。
「何? もしかして恋人?」
泉が含み笑いをしてからかい半分に尋ねる。
「まさか、私は年下は好みじゃないよー」
ミクは動じること無く、それをあしらうように言った。
「向こうはそう思ってないかもな?」
そう言ったのはユリだった。再びコーヒーを口に運ぶ。
「どうして?」
ミクが不思議そうな顔で言った。
「ケンの奴、ミクに懐いてたように見えたが?」
かつて、あの村にいた時にケンは志村とミクとよく会話をしていたことをユリは思い出す。そして少しからかってやろうと思いながら答えた。
しかし、ミクは「うーん」と首をかしげるだけで反応は薄い。
「まぁ、どうでも良いけどさ」
それを見てからかう気が失せるユリ。
「とりあえず泉さんが分からないなら、あそこに行って情報を集めるしかないね」
ミクはそう言って席から立ち上がる。
「あそこ?」
立ち上がるミクを見てユリが尋ねる。
「嫌だよ、この娘ったら……! また賭け事?」
泉が顔をしかめて、不快感を露にした。
「賭け事?」
一体、何のことだとユリは思う。ただ、ロクでもないことだというのは泉の反応とミクの性格を考えれば何となく分かった。
「でもあそこなら人がたくさん集まるからねー」
ミクはそう言って出入り口のドアノブに手をかけた。
「あ、待ってよ!」
ユリは外へ向かうミクに着いていく。それを見た泉が背後から「気をつけてね」と声をかけた。