33話
ケンが村を出ていってから約半年……。
戦力は大幅に減り、探索も何度も行うことが出来なくなったせいで、物資の数も少なく、村はジリ貧に追い詰められていた。
「見えた!」
ユリが引き金を引いてマンハンターを狙撃した。マンハンターの胴体が赤熱して爆散する。
「やったね! これで終わりっ!」
それを見たミクが声をあげた。
「貴女達ねぇ……」
喜ぶ2人を見て、もう1人の女が肩を怒らせて言う。
この女はケンを村から追い出すことに賛成していた内の1人である。
それを見たユリは背筋を伸ばし、ミクは明らさまに顔をしかめてみせた。
「これは遊びじゃないのよ! どうしてもっと早く敵を倒せなかったの? 武器のバッテリーも数が少なくなってるの分かってるでしょ?」
女はヒステリックに喚めき散らす。
俯いてユリは畏まりながら「すみません」と呟いた。
それに対してミクは全く意に介さないといった様子である。「おい」と小声で言いながらユリが肘で突ついて咎めた。
「いやー、もう少し援護の射撃があれぱ良かったんですけどねー」
全く悪びれないミクの様子に、女はヒステリーを加速させる。
「私はちゃんと撃っていたわ!」
「そうなんですか? てっきりバッテリー切れかと思ってました」
女のヒステリーをミクは嘲笑う。
「止めろミク」
ユリがミクの肩を掴む。
「私は思ったことを言ったたけだよー?」
その言葉に女は「もういいわ!」と叫ぶ。
今日の探索はここまでという意味合いだ。
女はブツブツ言いながら村に歩き出す。それにニヤニヤと笑いながらミクが続く。ややあってユリかため息をついて着いていった。
志村が死んで、ケンが出ていってからミクはずっとこの調子である。
まるで、追い出してくれといわんばかりに村の女を煽るような物言いをするのだ。
そして、毎回それをユリが咎める。
だが、咎める側のユリもミクの気持ちは理解出来なくもなかった。
何故なら、以前の賊との戦闘で戦闘員は大きく減り、今まで戦闘に参加していないような女達も探索班として出ざるを得なかったからである。
この女達は所謂中年くらいの年齢が殆どであり、戦闘に出たことが無いのにも関わらず、歳上という理由だけでやたらと仕切りたがるのだ。
当然ながら、彼女らの指揮はそれまで戦っていた者からしてみれば間違ったものばかりである。
しかし、彼女らが村の実権を握っているために逆らうことが出来ないというのだからタチが悪い。
ミクが嫌味な態度に出るのも当然だろう。
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「お前、このままだといつか村から追い出されるぞ?」
村に帰り、一段落が着いたところでユリがミクに言った。
「それは無いよ」
ミクは澄まし顔で答える。
「何でだよ?」
全く気に止めないミクの表情に、ユリは少しムッとなる感情を覚えながら尋ねた。
「この村でマトモに戦えるのは私とユリちゃんくらいだからねー。これ以上、戦力減らせないでしょ?」
ミクはそう言ってフフンと鼻で笑う。
「それはどうかな?」
冷たい声でユリが言った。
その意外な言葉にミクは目を丸くする。今まで、こういうときはしどろもどろになって反論しないのがユリだからだ。
「どういうことかな?」
嘲るような表情を止めてミクが尋ねる。
「以前のケンを追い出したことだ」
その言葉でユリは、ミクが未だにあの時の事を気にしていたのかと思いながら「はぁ?」と不思議そうな声を出す。
「この村の人達は、後先を考えないで自分の保身やプライドみたいのを優先することがある……、気がする」
ここで初めて本当にミクは驚いた。
自信無さ気な言葉だったが、今まで村に助けられていた事もあり、村の批判をしなかったユリが初めて村に対する批判的な意見を言ったのである。
「だってそうだろう? あの時、村が襲われたのはケンが騙されて賊を引き込んだって話だけど、この村のことを考えれば身内に賊のスパイがいたなんて分からないだろ」
「そりゃあそうだけど、ちゃんと確認しないケンちゃんにも責任はあるよ」
「でも追い出す程じゃ無い。それに、あの時の戦闘で一番活躍したのはケンだ」
「それで帳消しになると?」
「私はそう思う」
帳消しになるものかとミクは内心でユリの言葉を否定した。
志村が死んだ原因はケンにもあるからである。
あの時にケンが騙されなければ、もっと早く敵を引っ掻き回していれば、志村は死ななかったかもしれないのだ。しかし、それを言ったところでどうこうなるものでも無いし、ケンに悪気が無いのも、罪の意識を持っているのも分かっている。
だからこそ、その罪の意識を持って生きろとケンに言ったのだ。
罪の意識を持って、苦しみながら生きろと思ったのだ。
しかし、そんな考えの自分をこの村の自分勝手な連中と大差無いと自嘲する。
「元々、この村の人達はケンのことを良く思ってないのも多かったしな」
「戦闘で活躍すれば村での発言力は上がる。自分達より歳下のケンちゃんの立場が大きくなるのが気に入らなかったんだよねー、あの人達」
あの人達というのは村の主導権を握っている中年世代の女達である。ユリもそれに頷いた。
「それだよ。あの時の戦闘でそれが爆発してケンを追い出したんじゃないか? あの時点で村の戦闘員はかなりの数がやられてたんだ。普通は更に戦力を減らすようなことはしないだろ」
「確かにそうだね」
「あれはどう見たって一時的な感情で追い出しただけだよ」
ユリの言葉を聞き終わり、この娘はちゃんと理性的に考えてるじゃないとミクは思いフッと笑みをこぼす。
「ユリちゃんはこの村をそう思ってるんだ?」
「正直、この村が嫌いになったよ」
その問い掛けに対するユリの答えを聞くと、ミクは満足気な顔をした。
「じゃあさ……、この村を出ていかない?」
突然の言葉に、ユリの動きが止まる。
「何だって?」
ややあって言葉の意味を理解して聞き返した。
「そのままの意味だよ。ここから出て行こうって。正直、不愉快な思いをしてまでいるような場所じゃ無いでしょ?」
「確かに、ミクの言うことは分かるけど……。無茶だよ……。私はこの村から出たことが無いんだ」
「でもケンちゃんは行ったよ?」
「追い出されたんだ。そうせざるを得なくて……。それに、アイツと私は違う」
私はケンと違って臆病だと内心でユリは思う。
「怖いの?」
「まぁ……」
ミクの図星を突く言葉に苦虫を噛み潰したような思いで答えた。
「2人なら大丈夫だよ。私はそういう経験あるし」
「無理だよ……。私はユリやケンみたいに戦闘がうまい訳じゃない」
ケンの戦闘力はかなり強いとユリは思う。勿論、それは常識の範囲内であり、彼よりもも強い人間はいくらでもいるだろう。しかし1人で旅をするのには十分過ぎる強さだ。
そんなユリの考えを察したミクは腕を組んで口を開く。
「そんな事無いよ。ユリちゃんの射撃はかなり正確だもん。やっていけるよー」
自分は弱いと評するユリだったが、ミクはそれと真逆のことを言う。
それは嘘では無く、今まで一緒に戦ってきたミクによる正当な評価だ。
「確かに、ユリちゃんはあまり積極的に攻撃してないように周りには見えるみたいだけど、確実に射撃を当てているもん。精密射撃だねー」
ミクはそう言って右手を銃に見立てて「ばーん」と撃つ素振りをした。
「無駄撃ちはしないようにしてるから、そう見えるだけだよ」
「それって凄いことだよ? 逆に考えれば確実に当てる射撃を把握出来るんだから」
「うーん……」
ユリは首を傾げる。
「まだある」
そのユリの一言にミクは彼女のネガティブっぷりに苦笑した。
「まず村の外っていっても、何処へいくんだよ?」
「決まってるじゃん、ケンちゃんを追うんだよ。おおよその見当はついてるし」
ユリの質問にミクは即答する。その答えにユリは目を丸くした。
「ケンを追う?」
「気になるでしょー?」
「そりゃあ……」
ケンは、ユリがギジの世界に来てミクや村の人間に頼ってばかりいた中で、初めて自分の力で助けることが出来た人間なのだ。
彼を助けたことでユリは。自分にも人を助けることが出来るという自信を持つきっかけとなった、ある意味特別な人間である。
そう思えば、確かにユリと共に村の外へ出て行き、ケンを探したくもなるが……。
「村の外には、この間の奴らみたいのもいるんだろ……? 私に戦えるかどうか……」
ユリのその言葉を聞いて、ミクは視線を反らした。
「そっか……。ユリちゃんは人間と戦ったことが、人を殺したことが無かったね?」
ミクが言ってユリが不安そうな顔をして頷く。
「出来るかも分からないし、怖いよ……」
村が襲撃されたときに何も出来なかった事を思い出して、ユリは目を伏せる。
「私だって怖いよ。でも自分が殺されるよりかはマシ……、正当防衛と思うしか無いね。……そういうことにならないようにはするけど」
「そうやって割り切れるのか……?」
「まぁ、色々あったからねー」
2人は同時に溜め息をつく。
ユリが顔を上げて村を見回すと、そこに映る村や村人達が色褪せて見えた。生気が無いと言うべきか……。
「この村だって、このままだといつかはマンハンターに全滅させられるだろうしねー」
「どういうこと?」
「廃墟の探索が減れば、マンハンターの牽制の効果が薄れる。そうなればマンハンターは廃墟から出てきてこの村を見つける。そうなったら戦力が少ない今のこの状況じゃあねー」
「だったら尚更……」
「この村をそうまでして助けたい? そもそもユリちゃん1人で何とか出来る?」
ユリの言葉が詰まる。
このまま、村に残れば確かにいつかはマンハンターに殺されるだろう。それも近いうちにである。薄々だがユリもその事は予想していた。
正直、そこまでこの村に付き合う義理は無いとユリは思う。
ならば、危険を覚悟でこの村から出てみるのも悪くはないか……?
今のこの村は生気が無く色褪せていた。自分もその一部だということに、言い知れない不安を覚える。
それに、自分がこうしてる間にもケンはもっと苦しい思いをしているかもしれないのだ。自分よりも歳下で、小さい体の少年が、それもたった1人でだ。
「行けるのか……?」
ユリは呟く。
「2人なら確率は2倍だよ」
そのミクのいい加減な答えにユリは「何だそりゃ」と吹き出す。
「分かったよ、行こう。ケンは心配だし、私もいつまでもこの村にいられないしな」
ユリの決意が固まった。