32話
戦闘の決着は着いた。
村野側の戦闘員はほぼ全滅、阿笠側の戦闘員も約半数を失うという結果に終わる。
それでも村野側は阿笠側の制圧していた拠点に、保管していた物資を手に入れた。
これは、失った戦闘員と釣り合うだけの結果なのか……。
ケンには分からなかった。また、そのことを思ってみてもそれ以上考える気も起きなかった。
ただ、戦闘の後処理に追われて走り回る、あるいは喜ぶ、味方の死に涙する人々を冷めた視線で見つめるだけである。
空の明かりが落ちて夜が訪れるが、誰も眠らない。戦闘の後処理というのは、戦闘時間の数倍もかかるからだ。
そんな中、戦闘で死んだ人間が並べられた区域にケンはたまたま立ち寄る。
ほとんどが村野側の人間だったが、中には阿笠側の人間も並べられていた。
「とうちゃん……、とうちゃん……」
子供の声が聞こえて、そちらに目をやると声の主である子供が男の死体に泣き付いている。
その死体はケンが仕留めた狙撃手だった。
「あの狙撃手か?」
急に後ろから声をかけられてケンは驚き、反射的に腰に携えたでんでん銃に手をかけて振り向く。
「おいおい、俺だよ」
坂井だった。
「坂井さんか……」
ケンは銃から手を離す。
「もう、決着は着いたんだぜ?」
「どうにも気が鎮まらないんですよ」
坂井はやれやれと呆れた。
そして、狙撃手とその死体に泣き付く子供を一瞥する。
「仕方ないさ。子供を食わせる為つったって銃を向けるなら、こっちもそうせざるを得ないんた」
坂井は目を細めて冷笑する。
「あの狙撃手は、子供を食わせる為に俺達と戦っていたのか……」
「そりゃあ、そうだろう。大概の人間は生きていく為に仕方無く戦うのさ。相手が例え人間でもな」
「お互いに生きる為に戦う……」
ならば、阿笠側も村野側もやっていることは結局同じではないだろうか?
彼らから見たら自分も生きる為の物資を奪う略奪者に過ぎないのではないか?
「所詮は同じか……」
ケンは自分の行動に失望した。
「いた!」
また子供の声だ。しかも今度は聞き覚えのある声だった。
「香川のねーちゃんが死んだってどういうことだよ!」
それはケンに両親の仇討ちを頼んだ淳という子供だった。
「どうもこうも無い。敵と戦えば死ぬこともあるさ」
詰め寄る淳にケンはため息と共に返答する。
「誰が殺したんだよ!」
当然ながら納得がいかない淳は声を荒げて言った。
「知らないな。その後、すぐにそいつを俺が殺したからな」
そのケンの言葉に淳は大きすぎて飲み込めないような、喉に引っ掛かるような感覚を覚える。
淳は確かに両親の仇討ちを望み、ケンや香川ほそれに応えた。そして、戦いに勝利して間違い無く仇討ちは達成したのである。
しかし、結局はそれ以上の死人が出た上に、仇討ちに答えた人間は殺され、それをやった人間も同じように殺された。
戦いに勝てば晴れやかな気持ちになれると、まだ子供故に淳は思っていたのだ。
だが、その結果は真逆であった。仇を打った代わりに懐いていた人間を失ったのである。
「どうして助けなかったんだよ!」
淳のやりきれない怒りはケンに向けられた。
「初めに言ったはずだ。俺は弱いって」
ケンはそれに淡々と返すだけだった。内心では淳の怒りの理由を理解しており、まぁ当然そうなるよなと思う。
それと同時に新たな失望がケンの心を鷲掴みにした。
仇は討ったのに、願いは叶えたはずなのに、この子供は笑っていない。
戦闘を手伝うと言った時に見せた笑顔では無いのだ。
ケンがこの淳という子供に与えたのは笑顔では無く、親しい人を失った悲しみとやり場の無い怒りだった。
俺は何の為に戦ったのだ?
ケンの心に大砲でも撃ち込まれたかのような大きな穴が空く。
そして、そこにドロドロとした無力感や失望といった負の感情が流れ込んでいく。
子供の怒りに満ちた瞳がケンを見つめる。
それに対してケンの瞳は黒く濁り、何の感情もこもっていなかった。
「だが、言われた通りに仇は打ったぞ。それに文句があるなら自分でやるべきだったな」
それは淳にでは無く、自分に言い聞かせた言葉だった。結局、何も出来なかった自分への言い訳である。
「チクショウ! 馬鹿野郎!」
淳はそう叫んでケンに近付いて蹴りを入れた。
「うおっ……」
よろけて転びそうになり、淳を睨み付ける。が、既に淳は走って逃げて行き、その小さい背中が見えるだけだった。
坂井はやれやれと頭を振り、ケンは肩をすくめてみせる。
そして、狙撃手の子供の泣く声だけが聞こえた。
「良かれと思ってやったことが、余計に辛い思いをさせたり、悲しむ人を増やすだけだったか……」
ケンは自嘲して言う。
自分は一体何の為に戦ったのか、どうして仇討ちを引き受けたのか。
結局、この戦いで自分が無力であると、理想など持つものではないと言うことが分かっただけであった。
これなら当初の通りにさっさとこの集落から立ち去って、ちゃちな理想と正義を夢見ながら野垂れ死んだ方が良かったのかもしれない。
「正義の味方にでもなりたかったのか?」
ケンの顔を伺いながら坂井が尋ねた。
「……そうかもしれない」
ケンはそれに憧れていた。戦うことで誰かを守れると思っていたのである。
一度は自分が迂闊に他所の人間を村に入れて、それと手を結んだ女に騙された結果、村を追い出された。
人を信用し過ぎたのが原因だろう。
ケンはその時の失敗の理由をそう考える。
しかし、今回はあの時とは違う。それならここでもう一度だけ戦えば違う結果ご得られるのではないか?
あの子供の仇討ちをすることで、あの子供が笑顔になれぱ、自分は誰かの為に戦うことが出来ることが証明出来ると思っていたのだ。
だが戦いの結果は、あの子供の悲しみと更に親を殺されて泣いている子供という、新しい悲しみを増やしただけとしか思えなかった。
戦うことで正義や笑顔を得られることなど無い。
結局、理想は理想でしか無く、現実にとって理想は真実たり得ないのである。
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次の日の事だ。
ケンは戦った報酬として、幾等かの食糧を受け取り、飲用水を持てるだけ持つと、すぐに出掛ける準備を済ませた。
「やっぱり出て行くのか?」
坂井が尋ねる。その顔は残念だとでも言いた気だ。
「ええ、1人のが性に合ってるみたいなんで」
荷物を背負ってケンが言った。
そういえば外の世界で料理同好会に入っていた時も1人だったと、昔の事を思い出す。
「俺も、村野さんもお前のこと気に入っていたんだがな……」
「……そうやって、期待されるのも好きじゃない」
期待されても、それに応えることは自分には出来ないだろうと思う。
自分の期待を誰かが裏切るのは良いが、自分が誰かの期待を裏切るというのは、どうにも恐ろしい。
それに戦ったところで、誰かを救う事など出来ない。それどころから戦うことで誰かを傷付け、悲しみや憎しみを増やすだけなのだ。
「それに、ここにいたら誰かの仇って殺されかねない」
ケンは冗談めかして言った。
「違いねぇ」
坂井は笑い返す。
「それじゃあ、他の人達によろしく」
「あぁ」
そう言ってケンは歩き出した。
行くアテなど無い。
あるのは、ドス黒くドロドロとした絶望や失望の入り交じった混沌だった。
そうと分かっていてもケンは進むしか無い。
それ以外にどうしたら良いか分からないからだ。