30話
「しかし何で急に参加する気になったんだ?」
敵の拠点に疾走するバイクを運転しながら香川が尋ねた。
「さぁ、自分でも分かりません。正義の味方になりたいのか、単純に戦いたいのか……」
香川の後ろに跨がり、今度は正しい場所に掴まっているケンが答える。
「……お前、あまり人間相手に戦った事無いんだな」
「知らなかったんですか?」
「戦い方が手慣れていた」
軽い失望をしながらバイクを傾ける。バイクは曲がり角をカーブして2人の体は揺れた。
「初めて人を殺した時、私もお前と同じことを思ったよ。多分、ショックで精神が不安定になってたんだな」
そういうものかと香川の話を聞きながらケンは思った。
確かに今の俺の精神は揺らいでいる。だからこの戦いに参加したのだろう。
ケンはそう考えながらマンハンターでもいないかと辺りに視線をフラフラと向けた。
「普通はそういう状態なら戦えないんだがな……」
香川は先日のケンの戦いを思い返しながら言う。
「マンハンターなら何度も戦った。数だけなら人間もそれなりに殺したと思ってます」
淡々とした声でケンは答えた。
初めにいた村にやってきた賊と戦った時、怒りのままに戦ったので気付かなかったが、自分はかなりの人数を殺していた。
一体何人くらい殺したのだろう?
ケンはその時の事を思い返そうとする。
すると、突然冷や汗が流れて地面に引っ張られるような感覚が襲いかかってきた。
頭だけがフラフラと宙に浮かぶような感覚になる。
これはマズいとケンは思い深呼吸をして息を整えた。
何となくだが、あの時の事を思い出すことに猛烈な不快感を感じる。
そしてケンは昔のことより今のことだと思い直すことにした。
後ろでケンが身じろぎしたのを感じた香川が言う。
「もう少しで廃虚を抜けるぞ」
「え? そうですか」
ケンはそう言って左側に視線を向けた。
遠くにマンハンターの背中が見えたことに気付き、追いかけてくるなよと願う。
徐々にではあるが、周りの建物が減りはじめて、替わりに緑の茂みが増えて雑木林に変わっていく。
「そろそろ近いんですか?」
ケンが尋ねる。
「そうだな……」
香川は返答しながら視線を上に向ける。
鬱蒼となりはじめた木々の上に僅かだが建築物の頭が見えた。
「止めるぞ」
そう言ってバイクを止める。
「ここから先は歩きだ。バイクじゃエンジン音でバレるからな」
そう言ってバイクから降りた。
「分かりました」
香川に倣ってケンもバイクから降りる。
「マンハンターに襲われなくて良かったですね」
ケンはでんでん銃を構え直しながら声をかけた。
「いや、お前は気付かなかったかもしれないが、何体か追いかけてきたぞ」
香川はそう言って背中に引っ掻けていたライフルを手に取る。
「え!」
自分が敵に気付かなかったことに驚くケン。
「全て振り切ったけどな」
香川は白い歯を見せながらフッと笑う。
迂濶な……。
ケンは自己嫌悪した。
「行くぞ」
香川が歩き出して、ケンはそれに着いていく。
「香川さんは人間と戦うことに抵抗は無いんですか?」
辺りを警戒しながらケンが尋ねる。無論、小声でだ。
「無いと言えば嘘になるな。でも生きる為なら仕方ないとも思う」
「そんなもんですか……」
ややあって香川が再び口を開く。
「まぁ、そうやって生きた先に何があるのかは分からないけどな」
香川は自嘲するような顔だった。
「生きていれば良いことがある。それを探す為に生きろ」
ケンがボソっと呟いた。
「何だそりゃ?」
何を言い出すのかと香川が言う。
「俺の知り合いに言われた言葉です」
「ふーん……」
そりゃあその通りなのかもしれないが、何というかいい加減な話だと香川は思った。
その内に遠くから叫び声や爆発音が聞こえてくることに2人は気付く。
阿笠の側と村野の側での戦闘が始まっているのだ。
「始まったみたいだな……」
香川が言った。
「俺達も急ぎましょう」
急がないと全滅させられかねない。そう思った2人の足取りは速くなる。
いくつかの草の茂みを抜けて、整地されていないデコボコの道無き道を跳ぶ様に進んでいった。
段々と戦闘の音が近付き、人々の声も聞こえてくる。
「見えた」
木々の間の茂みの向こう。そこに、乱雑に積み重ねた石で作られたバリケード、さらに4階建てのビルが見えると、香川が口を開いた。
2人は大勢を低くとって草の茂みから頭だけを出して辺りを伺う。
敵の姿は見えず、遠くで戦闘の音が聞こえる。
「やっぱり殆どは正面の守りに当たってるみたいね」
バリケードの周りに誰もいないことを確認して香川が言った。
「みたいですね……」
ケンもそれに同意する。
バリケードは乱雑に積み重なった石であり、簡単に乗り越えることが出来そうだった。
「行くよ!」
香川がパッと飛び出す。
「ちょっと!」
ケンはその香川の行為があまりも迂濶じゃないかと声を出した。
香川はバリケードに取り付いて、表面のデコボコに手足をかけて登っていく。
ケンはそのすぐ下に向かい、敵か来ないかと警戒して、でんでん銃を構えながら左右を見回した。
「大丈夫、早く登ってこい」
バリケードを登りきったところで香川がケンに声をかける。
「了解」
そう返事をしてケンも香川と同じようにバリケードを登る為に手をかけた。
実際に登ってみると、あちこちに手や足をかけるところがある為に面白いように進んで行ける。
何の為のバリケードなんだかとケンは内心で苦笑した。
おそらく突貫工事なのだろう。
しかし、そこは流石のバリケード。
意外と背丈は高く、登り切った所で下を見ると軽く足がすくんだ。
「早くしろよ」
香川が手信号で言った。
「分かってますよ」
ケンは頷くと再び手足をかけて少し降りた所で飛び降りる。
ズダッと音が鳴り、着地した衝撃による足の痛みで歯を噛み締めて顔を歪めた。
「急げ、早くしないと皆やられるぞ」
香川が建物に走り出す。
「待って下さいよ」
急ぎすだとケンは思い顔をしかめながら追いかける。まだ足がジンジンと痛んでいたのだ。
そのまま走って香川が建物の窓に取り付き中を確認。
ケンはその後ろを追いかけて周りを警戒しながら香川に近付く。
「よし」
香川が建物の中に誰もおらず、取り付いた窓から侵入できると思った時だ。
「危ない!」
ケンが叫びでんでん銃を撃つ。
見回りに来たであろう敵が香川を見付けたのである。
その数は3人。
「チィッ!」
舌打ちをして応戦する2人。
周りには身を隠せる物も無く、早めにケリを付けなければならない状況。
そしていつもの様に敵中に飛び込もうとケンが身構えた時だ。
「お前らに構ってる時間は無いんだ!」
香川が叫んで脱兎の如く敵に飛び込んで行ったのである。
長くて取り回しに難がある香川のライフルじゃ無理だ。
そう思ったケンは香川の無謀な行為に憤りを感じて舌打ちをしながらでんでん銃を構える。
「迂濶な……! 急いでいるのは分かるけど……」
何やら敵が叫び、香川が両手にライフルを振り回すように扱いながらレーザーを撃つ。
「これじゃあ香川さんに当たる……!」
ケンの構えたでんでん銃の照準が、右へ左へと動く香川と敵の体に移り変わって安定せず、狙いが定まらない。
その時、敵の1人がケンに気付いた。そして香川を無視してライフルをケンに向かって撃つ。
「おっと……」
すんでのところでケンはそれを回避した。
敵の男はケンを執拗に狙う。
当然、ケンもでんでん銃で反撃をした。
しかし、お互いに動き回っているのと、撃ち合っている香川と残った敵2人の立ち位置を考慮しなければならず、中々思うようにいかない。
「くっ……!」
レーザーがかすめ、右腕にその余熱を感じてケンは顔を歪ませる。
「ぎゃっ!」
男の叫び声が聞こえた。
「まだまだぁっ!」
次は香川の声だ。
見れば、香川が敵を1人倒したところであり、それにもう1人が驚いた表情を浮かべていた。
それまでケンを相手にしていた男も事態に気付く。
これで2対2だとケンは思い、残った敵と自分、香川の立ち位置から次はどう動くべきかを予想した。
「あ、駄目だ……!」
そんな言葉が頭に浮かぶ。
ケンは戦闘中、無意識ではあるが敵や味方、地形などから敵や味方の動きを予測しており、その中で最も有効な動作は何かを考えて動いている。
その時もケンは残った敵2人に香川の動きを予測して、自分はどう動けば良いかを思案していた。
香川は丁度2人の敵に挟まれる位置におり、その事を踏まえた香川や敵の動きが何パターンも導き出される。
そして、その予測全ての結論が香川が撃たれるというものだった。
この間、1秒も無い。
「あっ……!」
香川が力の抜けたような声を出して、その場に倒れる。
ケンの予測通りに香川は撃たれたのだ。
「ほら見ろ! 急ぎ過ぎるからだ!」
迂闊な行動をしてやられた香川、それを撃った敵に怒りを爆発させて叫ぶ。
そして、でんでん銃を地面と水平に構えると、そのまま右から左に薙ぎ払うように撃った。
「うおっ!」
「なっ!」
レーザーの弾幕な焼かれた2人の男は断末魔の声を上げて倒れる。1人は最後の悪あがきに持っていたライフルの引き金を引くが、レーザーは明後日の方向に飛んでいった。
敵が死んだことを確認したケンは仰向けに倒れた香川に近寄る。
「……死んでる」
香川の息は無かった。
それまで一緒に戦っていた人間が一瞬で肉の塊になったのだ。その現実を直視したケンは虚無感のような心に穴が空いたような感覚を覚える。
以前にも同じ事があった。
かつて自分がいた村で、よく面倒を見てくれた志村が死んだ時である。
ただ、あの時と違うのは自分の心が急激に冷めたことだ。
志村の死んだ時は、確かに理性が吹き飛ぶくらいの怒りを覚えたのだが、今回はその逆に心が冷えて、何も感じなくなったのである。
「勝手に突っ込めばやられるだけだろうに……」
香川を批評する言葉を吐き出すと、香川の死体から武器の予備バッテリーと珍しい火薬式の手榴弾を回収した。
「確か、ここから侵入出来たな」
立ち上がって、敵拠点のガラスも何も入っていない窓を見て呟く。
遠くで戦闘音に混じった誰かの叫び声が聞こえた。