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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
佐原ケン
29/112

29話

 ケンが一度だけ戦いの手伝いをすると言ってから、阿笠の集落への攻勢作戦が行われるのが決定するのに時間はかからなかった。


「最初からそのつもりだったんだろうな。うまく乗せられたよ」

 ケンは誰もいないところでそう自嘲する。


 例の淳と呼ばれた子供はこの話を聞いて、パアッと明るい表情を見せてケンに何度も「ありがとう、頑張って」と言った。


 それを見たケンは、子供の笑顔というのは良いものだという話をどこかで聞いたことを思い出すが、全くそんなことは無く、何の感情も湧かない。

 ただ、愛想笑いで「やれるだけやってみるさ」と答えるだけだった。


 さっきは自分の中の正義を確立するためとか、以前の失敗を帳消しにしたいとか思っていたが、実際は戦って全てを忘れたいだけなのかもしれない。

 愛想笑いを浮かべながらケンは思う。


「でも、攻勢ったってどうするんです?」

 何か作戦でも無ければ攻めるも無いだろうとケンが尋ねた。


 今回の相手は機械では無い。人間なのだ。

 数回とはいえ人間と戦った経験から、マンハンターと人間と戦うのでは勝手が違うことはケンもよく分かっている。


「もちろん考えはある」

 そう言ったのは村野だ。


「まず、阿笠の集落に向かうには2つのルートがある。森の中の道を抜けていくルートと、廃墟を抜けていくルートだ」

「2つのルート、ねぇ……」


 廃墟のルートは無いだろうとケンは思った。

 何といっても廃墟にはマンハンターがいるはずだからである。


「だが、廃墟のルートはほぼ使えないと言って良い。マンハンターがいるからな……」

 村野が忌々し気に言った。


「かといって森のルートのみから進むのは、あまりにも危険だ。そこで、だ……」

 村野が坂井と香川に目配せをする。

 目配せされた2人はニヤリと笑った。


「香川と、このバイクの出番って訳だ」

 どういう事だとケンは疑問符を浮かべたような顔になる。


「ここの主力の連中は森のルートから突っ込む。香川とお前はこのバイクで廃墟のルートから阿笠の集落に侵入するって寸法だ」

 村野は胸を張り、それがさも名案であるかのように言った。

 その自信溢れる顔をドヤ顔と言うのだろう。


 しかし、ケンはその作戦を聞いて呆れていた。あまりにも間抜け過ぎると思ったからだ。


「まあ、最後まで話は聞け」

 それを見た村野が言った。ケンがこの作戦を聞いて呆れることは予想していたからだ。


「阿笠の連中は4階建ての廃ビルを寝倉として利用している。ここで厄介なのはスナイパーが連中にいることだ」

「スナイパー?」


 聞き慣れない単語をケンは口の中で反芻する。

 勿論、言葉の意味は分かるのだが、ケンが知っている武器。つまりはレーザーライフルやレーザーマシンガンである、でんでん銃等ではとても狙撃など出来ると思えなかったからである。

 確かに、ライフルなら出来なくも無いだろうが精度や射程はたかが知れている。


「お前は物干し竿を見たことが無いのか?」

「物干し竿?」


 ケンは、また聞いたことの無い単語が出てきたと渋い顔をする。

 坂井はそんなケンの顔を見て、“物干し竿”が何であるのか知らないことを察した。


「所謂、狙撃銃さ。レーザースナイパーライフルって奴だな。普通のライフルより長物だから、そう呼ばれている」

 つまりはケンの“でんでん銃”の様な、武器の愛称である。

 坂井の説明を聞いて「あぁ…」とケンは納得した。


「あまり武器には詳しく無いようだが?」

 村野が不安に顔をしかめて言った。


「俺がいた所は武器が豊富で無かったですからね」

 それに対して、ため息混じりにケンが答える。


 そもそもケンは村の外へ出てから、そこまで時間が経っている訳でも無く、誰かに会って知識を増やした訳でも無い。

 このギジの世界に関する知識は殆ど無いのだ。


「知らないことが多くて」

 肩をすくめるケン。

「そんなんでよく1人旅なんて出来たな?」

 村野は無知なケンに呆れた顔で言った。

「腕は良い……、らしいですよ?」

 ケンは香川に視線を向ける。


「そんな事より作戦の話をしよう」

 香川はケンの事を腕が良い奴と言った事を若干後悔しながら話を逸らす。

 流石にケンが武器やこの世界に関して無知だったのは知らなかったからである。

 昨日今日に会ったばかりなのだから当然な話であるが。


「あぁ、そうだったな」

 話を逸らしたなと内心で思い、香川をジロっと見ながら村野が言った。


「とにかく、このスナイパーが厄介でな。森からのルートだと拠点の上から簡単に狙撃されてしまうのさ。だが……」


 村野がフッと鼻息をして間を空ける。


「我々がこのルートを使えば狙撃手や敵はこっちに気が向いて、こちらの迎撃に出る。結果、廃虚からのルートと、拠点自体の守りは手薄になる」

「本当ですか?」

「阿笠の連中もそこまで数がいる訳じゃ無いからな」


 ケンは村野の言葉を鵜呑みには出来無かった。どうにも、村野の作戦が行き当たりばったりであるという感が拭い切れないからである。


「そこで手薄になったところへケンと香川が侵入、拠点の制圧及び狙撃手の排除を行う。最悪、拠点で騒ぎを起こして連中を混乱させれば良い」


 ケンは舌打ちをした。

 簡単に言ってくれるよな、と思う。


「そもそも廃虚を通り抜ける事自体難しくないですか?」


 それはこの作戦が納得のいかない最大の理由だった。


 たった2人でマンハンターのいる廃虚を通り抜けるというのは中々至難の業だ。

 しかもその後に敵の拠点をどうこうするなんて不可能な話だろうとケンは思い口を尖らせて言う。


「その為のバイクだよ」

 そう言ったのは坂井だ。


「いくらマンハンターでも移動速度は人間と大差無い。だからこのバイクで全速力で行けば振り切れる訳だ」


 確かに、マンハンターの歩く速度は人間のそれと大差無い。坂井の言う通り、バイクで全速力なら逃げ切れるだろう。


「お前みたいに小っこい奴なら2人乗りでも大丈夫だしな」

 香川がニヤリと笑って言った。

 ケンは小さいと言われた事を不愉快に思うが、表情には出さないで口を開く。


「なるほど、合点がいきました」

 その淡白な反応に香川は僅かにガッカリする。ケンの表情がどう変わるのかと、からかったつもりなのだが全く意に介してないように見えたからだ。


「で? 俺と香川さんって言ってましたけど、バイクの運転は香川さんが?」

 確認の意味でケンが尋ねる。

 当たり前だが、ケンはバイクの運転など出来ない。


「勿論だ。なんたって彼女は暴走族のヘッドだったからな」

 坂井がニヤリと笑いながら言う。


「違う! 私のは趣味だ!」

 突然の坂井の言葉に香川が大声で訂正する。

 どうにもこの坂井というのは香川をからかうのが好きらしい。


「不良ですか?」

 坂井と香川を見ながらケンが言う。ついでにワザと冷たい視線を香川に向けてみた。


「お前……、私の事嫌っているのか?」

 香川は恨めしそうな目をして尋ねる。


「不良は嫌いですよ。香川さんもそうかは知りませんが」

 含み笑いでケンが答えた。


 からかったつもりが、逆にからかわれている状況を坂井は内心で爆笑しながら見る。

 中々、面白い奴じゃないかとケンを気に入っていた。


「とにかく、そういう訳だ。全てはこの作戦にかかっている」

 村野は一度咳払いをして言う。


「全て……」

 大袈裟じゃないかとケンは思った。


「阿笠の連中と同じように我々も少ないのだ。頭数も、武器もな……」

 その言葉に坂井も香川も急に真面目な表情となって頷く。


「決戦って訳か……」

 道理で自分を率いれようとした訳だとケンは思いながら呟いた。


「さぁ、そうとなれば準備を始めろ」

 村野が言って3人は頷き、各々武器やバイクのチェックを始めるのだった。

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