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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
佐原ケン
28/112

28話

 集落で休ませて貰う身なのだが、一応客人である人間に対して食糧をよこさないというのはどうなのだろう?

 もっとも、この集落を見ればそんな余裕が無いことは分かるのだが……。


 村野の言っていた近くの川で、水を自身の持つ水筒にすくいながらケンは思う。


 仕方無しにケンは川の中を泳いでいた魚を捕まえて、それを夜食にすることに決めた。


 レーザー式の武器というのはこういう時に便利であり、そのレーザーの熱を捕まえた魚を焼く為の火種として利用出来るのだ。


 武器といっても人間次第では殺し以外の用途に使用出来るのである。

 これは、逆に言えばどんな道具も馬鹿な人間に持たせれば、馬鹿な事にしか使えないということでは無いだろうか。


「そろそろか……」

 串刺しにされて焼かれる魚を見て呟く。村から追い出された時に、持ち出してきた塩を荷物から取り出した。


 その時だ。

 そんな自分を見つめる視線に気付く。


 子供だった。まだ小学校に上がるかどうかも分からない程幼い子供がケンを見詰めていたのだ。

 この魚が欲しいのかと一瞬思うが、それとはまた違うような気がした。物が欲しい、というような顔では無かったのである。


「何かな?」

 なるべく子供を怖がらせない様に、自分なりに優しい語調で尋ねた。

 

「香川のねーちゃんからきいた。にーちゃんそとからきたんだろ?」

 たどたどしい言葉で子供が言う。

「それが……?」

 ケンはそう言って良い具合に焼けた魚を手に取った。

 子供の視線は魚を追ってこなかった。


「仇……。とーちゃんとかーちゃんの仇を撃ってくれよ!」

 子供が震える声で言った。

 その声は迫真のものであり、嘘では無いことがはっきりと分かる。


 こんな小さいのに家族を失ったのか……。こんな世界じゃさぞかし不安だろうし、それは悲しいことだろう。

 自分も志村という、この世界で頼れる人を失ったからその気持ちは分からないでも無い。


 だが、しかしだ。


 何故、自分がそんなことをやらねばならないのだ?

 というより、この集落の連中はそこまで俺に人殺しをさせたいのか?

 香川さん辺りが、俺に阿笠の連中と戦わせるために子供を焚き付けたのか?


 ケンは腹の底にグツグツとした怒りを覚える。


「悪いけど出来ないよ」

 その腹の怒りを抑えながら子供に言った。


「なんでさ!」

 子供が目を大きく開いて叫んだ。

 ケンは魚をかじって、どう答えたものかと考える。


 面倒くさいというのが一番の理由だが、そんな事を言っても通用する訳が無いだろう。

 ならば、人殺しは悪い事だとでも言うか?

 この子供は両親を殺されているのだ。そんな話を聞く訳も無いし、自分達が殺されているのにこっちは駄目というのはあまりにも理不尽な話ではある。

 特にこの世界では自分の身は自分で守らなければならないのだ。


 ならば、必ずしも人殺しが悪とは断言出来ない。

 外の世界と価値観や常識が違うのだ。


 ややあってケンは1つの言い訳を思い付いた。

 それを言うのは少し癪ではあるが 、面倒に関わらないで済む事を考えれば、これが一番良いだろうと思う。


「俺は、弱虫なんだよ……。本当は戦うのが怖いんだ。もう、これ以上怖い目に会いたく無いんだ」

 ケンは眉を八の字にして小声で言った。


 これなら、まだ小さい子供の事だ。失望して適当な罵声を浴びせて諦めるだろうとケンは考えたのである。

 今も昔も、子供は強いヒーローが好きで、弱いものが嫌いなのだ。


「うそだ。香川のねーちゃんいってたぞ。あんたつよいって」

 子供の言葉にケン明らさまな舌打ちをする。余計な事を言いやがってと内心で香川に悪態をつく。

 そして大きくため息をついた。


「あのさ、何で俺が君の家族の仇討ちをしないといけないのかな?」

 もはやケンは面倒くさいことを頼まれたという不快感を隠そうとせずに、不快感を露にした顔で子供に尋ねた。

 この急な表情の変化に子供は驚き、しどろもどろな動作になる。

 しかし、それても子供は諦めたような顔は見せなかった。


「だって……、ずるいしゃないか!」

 ややあって子供が言う。


「ずるい?」

「だってそうじゃないか! みんな、じぶんのできることをがんばっているのに、そうやっていきているのに、あんたはそれをしないんだよ? あんたは仇討ちができるのに!」

「それで? 俺が君の仇討ちをして、俺に何か良いことがあるのか?」


 ケンは子供にこんなことを言うのは残酷かもしれないと思ったが、結局やる事は人殺しであり、こちらも命懸けになることをやるのだ。


 今、この子供は「みんな、自分のできる事をやって生きている」と言った。

 それならば、この世界の人間の行動は生きるための事であり、生きるというのがどんなに大変なことかというのが理解しているということだ。


 そんな中で命懸けの事をするとなれば、何かそれ相応の報酬が無ければ動けない。


 しかし相手は子供だ。そんなものは持ち合わせていないだろう。

 子供もグッと顔を歪ませる。


「淳、ここにいたのか!」

 その声と共に香川が現れた。 

 子供が香川に振り返る。淳というのはこの子供の名前のようだ。


「……? 何していたんだ?」

 子供の悔しさに歪んだ顔を見た香川が尋ねる。


「仇討ち……」

 淳はかすれた声でそれだけ言った。香川は「ああ」と頷いてケンを見る。


 その訝し気な香川の視線にケンは針で刺されたような罪悪感を感じるも、全く動じて無いような素振りで魚を齧る。


「この人は私達の戦いには関係無いからな……。戻れ。皆が心配してだぞ」

 香川はそう言って淳の頭をポンポンと撫でた。


「わかったよ!」

 淳は当て付けのようにケンを睨んでから大声で言うと、そのまま背中を向けて走り去った。


 ややあってから香川がケンを見る。

「何か?」

 ケンはそれに気付きなからも香川を見ることは無く、食べ終わった魚を焚き火に放り込む。


「いや、済まないな……。お前はこの集落に関係無いのに」

 香川は申し訳無いという顔で言った。


 それも当て付けだろう。元々はそちらがあること無いことをあの子供に吹き込んだくせに。

 実際はあの子供への同情で一緒に戦って欲しかったのだろう?


 ケンはそんなことを考え、「いや……」と何とも無しな返答をした。


「でも、淳には外から来たお前がヒーローに見えていたのさ。この集落だって戦える人間は少ないし、アイツもそれは分かっていたしな……」

 香川は淳が走り去っていった方向を一瞥しながら言った。


「ヒーロー?」

 その言葉にケンが反応する。


「そうさ。危険な外を1人で旅をして、ピンチに陥ってるこの村に来た腕の立つ奴ってのが、今のお前だ。小さい子供からすればヒーローだろう?」

 香川の言葉にケンはそんな無茶苦茶な話があるかとため息をついた。

 そして香川に冷たい視線を向ける。


「それはそちらの都合でしょう。俺は単なる旅人……、っていうか見様によっては得体の知れない人間なんですよ?」

 自分はこの村から見れば余所者なのだ。

 かつて自分の村が他所から来た男か賊であり、そのせいで今の自分があることを思い出す。


「ま、そりゃそうなんだろうけどさ」

 香川はそう言って口を尖らせた。


「でも、子供だったらそういう夢のある話は良いだろう?」

「この世界には夢もクソもありませんよ」


 今、思い返してみれば、あの村で戦闘員をやっていた時、自分はヒーローになりたかったのではないだろうか?

 村をおびやかす敵であるマンハンター。それと戦うヒーロー。


 実際に戦ってある程度の戦果を挙げられるようになったとき、自分はヒーローを気取っていたのかもしれない。


 しかし、結果としてヒーローにはなれないどころか、反対に村の被害を増やして追い出されるハメになった訳だが……。


 ケンは自嘲する。


「じゃあ、私は戻るぞ」

 香川がそんなケンを見て言った。ケンはそれに「あぁ」と生返事を返す。


 もしも、ここで戦果を挙げればヒーローになれるのか?


 立ち去ろうとする香川の背中を見た時、そんな考えが頭に浮かんだ。


 今度は同じ失敗はしないで、子供の仇を討って、戦いに勝てば以前の失敗を帳消しに出来るのでは?

 今、自分のこの鬱々とした心が晴れるのではないだろうか?


 ケンの心が葛藤を始める。

 自分のやるべき事を求めて。


「待ってください」


 気付けばケンは香川を呼び止めていた。

 香川も脚を止めて「何?」と振り返る。


「気が変わった。一度だけ、阿笠の連中とやりあうのを手伝いますよ」


 ケンはもう一度だけ戦ってみようと思った。自分の犯した過ちを帳消しにするために。ここで勝つことでヒーロー、自分の中の正義の様なものを確立するために。


「本気か?」

 疑わしいものを見るような目で香川が尋ねる。 それに頷くケン。


 しかし、戦うことを決意したケンの心の裏では「馬鹿な話だ」と嘲笑うもう1人のケンかいた。

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