26話
ケンが見つけた灰色の四角いそれは廃墟の街だった。
先程戦ったマンハンターはどうやらここから来たようである。
そこは村のテリトリーとは全く違う街であるのだが廃墟の雰囲気は同じであり、錆び付いたシャッターや、所々にヒビが走っている建物が並んでいた。
「当然ながら、人はいないか……」
全く動くものが無い静寂の中でケンは呟く。
そして、辺りを警戒しながらも歩き出した。
思えば、こうして1人で廃墟を探索するのは初めてだ。村にいた時は常に誰かと一緒だったからである。
しかし、今は完全に1人だった。
何処を探索するかも、何を持っていくかも、何時に廃墟を抜けるかも、全て自分で決めることが出来るのだ。
そう考えると、ケンは新鮮な気分になった。場所に似つかわしく無い愉快な気分で歩く。
「あれは……!」
廃墟の一角。
開けた駐車場と、その奥にある平べったい建物。
「スーパーだ!」
経年劣化で倒れたポール看板を見て、ケンはそこをスーパーマーケットと判断した。
喝采の声を上げて、弾けるように走り出す。
倒れたポール看板を飛び越えて、駐車場をダッシュで走り抜けて出入口に向かう。
誰も訪れていないのか、扉は閉まっていた。
ケンは開かない扉にでんでん銃を撃って鍵を破壊する。
そして扉を開くと中に侵入した。
中にはいくつもの商品棚が規則的に並んでいた。電灯の類いは点いておらず、外からの光しか無いために中は薄暗い。
しかし、探索するには十分だろうとケンは思う。
実際にあちこちを見て回るが、商品棚のほとんどは空であった。
しかし、少ないながらも商品が転がっているものもあり、見付ける度にそれを手に取ってみる。
「駄目だ。ガラクタだ」
そう言って転がっていた箱を元に戻す。
商品棚の上に置かれていた物のほとんどは使い道の無さそうな物がほとんどだった。
出来れば食糧となる物、特に飲料が欲しいのだ。
そうして、ほとんどの棚を見終わり、いい加減に諦めてきていた時である。
ケンは棚の上に置かれていた金属の箱を掴む。
「缶詰か……?」
それは鯖の味噌煮の缶詰だった。
棚を見回すと、他にもフルーツやらツナの缶詰がいくつか転がっている。
ケンはその1つを手に取ってみた。
何の変哲の無い鯖の缶詰である。
こういった文明的な食糧を見るのは久しぶりだった。
缶の表面には中身の絵が描かれており、見ているうちにケンの腹が音をたてる。
ケンはそこで自分が空腹だったことに気付く。
「保存は効くけど、いけるのか……?」
その缶詰はいつの物であるかは分からない。実際に食べられるのか?
そんな躊躇いを持ちつつもプルタブを引いて缶詰を開けた。
臭いを嗅いでみるが、特に異常は無い。
「ええい、ままよ!」
食欲に背中を押されるように、何時のものか分からない鯖の味噌煮を口に放り込む。
パサっとした鯖の身に、独特の甘味と魚臭さが口の中に広がる。その甘さに頬の筋肉が弛む。
「缶詰の魚ってこんなに旨かったっけ?」
久しぶりな食べた外の世界の加工食品。その旨さに、残った鯖の味噌煮を更に口に放り込む。
「全く、こんな世界に来てなければ飽きるほどこういった物を食べれたってのに」
そんな事を嘆きつつも、夢中になって次々と缶詰を開けては食していった。
口の中が甘くなり、ここらで白飯が欲しいなどと埒も無い事を思いながら、フルーツ缶のシロップを飲み干す。
その時である。
ケンは自分を見つめる人影に気付いた。
しかも、その人影はレーザーライフルを向けようとしていたのだ。
それにすぐに気付いたケンは持っていた缶を投げ捨て、空いていた左手にでんでん銃を納めながら商品棚の陰に身を隠した。
その間に2発か3発のレーザーが自分のすぐ横をかすめるのを感じる。
「いきなり撃ってきて、一体何のつもりだ!」
飯の邪魔をされたことに怒りつつも、相手に尋ねた。といっても、いきなり撃つような輩ということを考慮すれば尋ねるまでも無いのだが……。
「黙れ! ここの物資は全て我々の物だ!」
男の声だ。
それを聞いてケンは「全く……!」と呆れながらでんでん銃を利き腕である右腕に構え直す。
「誰がそんなこと決めたよ!」
「我々がここを先に見付けたのだ!」
その会話のやりとりで、どうやら話し合いが出来る相手では無さそうだとケンは思った。
男はケンに向かって走ってくる。
「そっちがその気なら俺もアンタを撃つぞ!」
そう叫びながら男から距離を取って、隣の商品棚に身を隠す。
「死ね!」
男は構わずレーザーライフルを撃った。商品棚がレーザーで焼かれて赤熱する。
「やるしか無いのか……!」
ケンは商品棚の赤熱して溶けた部分を眺めながら舌打ちをした。
また、人を殺すのか?
そんな考えるが頭をよぎり、不快感を呼び起こさせるが、これは正当防衛だという新たな考えがそれを打ち消した。
「ミクさんとの約束がある……! 生きるんだ」
そう自分に言い聞かせて、でんでん銃を構える。
足音が近づき男が姿を現す。
間髪入れずにケンはでんでん銃のトリガーを引いて、至近距離からレーザーを男に浴びせる。
男は驚いた顔をしながらレーザーに体を焼かれ、仰け反るような体勢で後退りをする。そして、次の瞬間には糸の切れた操り人形のように倒れ込んだ。
「無闇に銃を向けるから、こっちも撃たないといけないんだぞ……!」
動かなくなった男を見て、吐き捨てるように言った。
そして倒した男の死体から銃のバッテリーを奪い取り、他に何か持ってないかをチェックする。何時かの戦闘でミクがやっていたように。
「おい! 何があった?」
違う男の声がした。
「仲間がいたのか……」
舌打ちをして忌々し気に呟く。死体から物資を漁るのは中止だ。
すぐに臨戦態勢になる。
「何だお前は!」
先程の声の主が飛び込むように現れると叫ぶ。それが男の最後の言葉だった。
次の瞬間には、ケンの撃ったレーザーを受けて二度と動かなくなる。
ケンはここに来て、立て続けに人を殺した訳だが何の感慨も沸かなかった。
正当防衛だからか。過去に自分のせいで何人まの人間が死んだからか。その戦闘で敵の人間を何人も既に殺したからか。
それらの全てが重なり、ケンの精神が壊れていたのか?
複数の人声と足音が複数聞こえる。
仲間は1人だけでは無かったのだ。
「あいつらの仲間なら話が通じる訳無いか……」
ケンはそう決め付けると、でんでん銃を構え直して足音から離れるように移動を始める。
声と足音の数から相手は3人であるとケンは予想を付けた。
荷物を背負っていることを考えるとマトモに相手にするのは無理だろうと考える。
とにかく、ここは見付からない様にさっさと離れようとスーバーから出ようとした時だ。
「おい! あいつだ!」
叫び声がする。
見付かったと思い振り替えると、男がレーザーライフルをこちらに向けていた。
否。
すでに男はトリガーを引いてケンにレーザーを撃っていた。
ケンは右頬の辺りにチリチリと熱と痛みを感じる。
あと少しずれていたら、頭を焼かれていたところだと思い、背筋に寒気を感じた。
「まぁ、そうなるよな……!」
男の反応にケンはそう呟いて、走って逃げながら後ろ手にでんでん銃を撃つ。
正確に狙った訳では無い。ただ牽制として相手の足を止めるためである。
男はレーザーの熱を感じたのか「わっ!」と声をあげる。ケンの撃ったレーザーは狙い通りに相手の足を止めることに成功したのだ。
それを確認して、前を向く。
「野郎!」
「逃がすな!」
男達の荒ぶる声がする。どうやら、それなりの人数がいたらしい。
「全く……!」
ケンは複数人に追いかけられるという、不利な状況にイライラを募らせる。
もう一度後ろ手にレーザーを撃った時だ。
ブロロォという聞き慣れない音が聞こえて、ケンの目の前に鉄の塊が現れた。
そして、キキッという甲高い音をたてて急停止する。
「こっちだ。ちっこいの!」
鉄の塊にはフルフェイスのヘルメットを被った人間が跨がっていた。
「バイク……、バイクだって?」
その鉄の塊は間違いなくバイクである。
今まで、移動は自分の足で行っていたケンにとって、その文明的な移動手段であるバイクの登場は彼を驚かせるに十分に値した。
「早く後ろに乗れ!」
バイクの主が声をあげる。
一瞬どうしたものかと考えるが、ここはこの人間の話に乗っておくことを決めて、言われた通りにバイクの後ろにに跨がる。
そして、バイクの主の肩に手をかけた。
「……まぁ、いいか」
バイクの主が呟く。
これはケンが後か知った話だが、バイクを2人乗りする際、後ろに乗る人間が掴まるのは前の人間では無く、バイクの両サイドか後ろに付いている取手に掴まるのだ。
バイクにはちゃんと2人乗り用に掴まる所がどっかしらにあるのである。無論、例外もあるが。
ケンを乗せたバイクは走り出す。
動くという感覚はあるのに自分の足は動いていないという感覚に軽い恐怖を感じる。
しかも、そのスピードは自分の足よりも速いのだ。
「逃がすな!」
男の声が後ろから聞こえる。
「しつこい連中だ!」
バイクの主が舌打ちをして言った。そしてバイクを右に左にと蛇行させる。
後ろの男達がレーザーを撃っていたからだ。
「う、わっ……!」
ケンは振り落とされまいと肩を掴む手に更に力を入れる。
「怖いのか?」
バイクの主が言った。ヘルメットで顔は見えないが、ニヤニヤと笑っている声である。
「そういう訳じゃ……」
図星をつかれたケンはムッとした顔をして答えた。
しかし、次の瞬間には何かにレーザーが当たり、ジュッと物の焼ける音が聞こえて、お互いにそれどころでは無くなる。
「クソッタレ!」
バイクの主が叫び、ケンの頬をレーザーがかすめる。
「ここで使うのは気が引けるけど……!」
ケンはそう呟くと先程手に入れた手榴弾を左手に持ち、後ろに放り投げた。
「お?」
バイクの主が間抜けな声を出す。
「グレネード!」
ケン達を追いかける男の叫び声が聞こえ、次の瞬間には手榴弾が作り出した光と熱が叫び声の主と、その周辺にいた者達を焼き付くした。
「ちっこいのにやるねぇ!」
バイクの主がケラケラと笑う。
「どうも……」
それに対してケンは面白く無さそうに答えた。
多分、あれでまた人を殺したのだろうと思ったからである。
自分は今まで何人の人を殺したのだろうかと自己嫌悪するが、ああするより仕方無かっただろうとも思う。
ケンは後ろを見る。
もう追っ手はいないようだ。
視界の端に黒い丸太のようなものが、もうもうと煙をあげているのが見えた。
ケンはそれに一度だけ冷たい視線を向けると、視線を前に戻す。
そこである事に気付いた。
このバイクの主は女だった。
「また、女か……!」
どうして、この世界の女はこういうのが多いのだ?
ケンはバイクの主である女の背中を見て、何故かミクを思い出していた。