24話
決まってしまえば何てこと無い。
元々、村の外に出てみたいと思っていたのだ。理由はともかくとして、これは良い機会じゃないか。
ケンはそんなことを考えながら出発の準備をする。
そうとでも思わなければ罪の意識に押し潰されそうになるからだ。
早くこの村が出たい。
この村から離れて、全てを忘れて自由になるのだ。
ユリと志村が作り、今や志村の形見とも言える白い鎧を着込む。
そして、自分が初めて倒したマンハンターから手に入れたレーザー式のサブマシンガンこと“でんでん銃”を持つ。その予備のバッテリーパックは5つ。
食糧と水は3日分は渡された。
それらの物資を腰のポーチや、バックパックに放り込む。
1時間程でそれらの作業を終える。
「色々と世話になった村だけど……」
そう呟いて、荷物を持って部屋の外に出た。
「あ、ケン……」
「やっほー」
ユリとミクが待ち構えていたのか、声をかける。
「本当に行くのか……?」
ユリが不安そうな顔で言った。
「俺は追放されたんです。それに、この村の惨状が自分のせいならここにはいられませんよ」
そう言ったケンの顔は冷たく、どこか宙を見たような目をしている。
「それと、志村さんの事は……」
ミクの方に向き直ってケンが言いかけると、ミクは手を上げてそれを制止した。
「過ぎたことだよ。それに、このギジの世界じゃよくあることだからね。変な言い方だけど、あまり気にしないでいいよ」
「でも……!」
納得がいかないケンが声を出すが、それを見たミクが口を開く。
「君がどうしたってキョウは戻ってこないよ」
その言葉は冷たく、ケンの心に突き刺さる。
ミクの言葉は確かに事実だからだ。何をしても死んだ人間は甦らない。
「でも、もしケンちゃんが罪滅ぼしがしたいって言うなら、1つだけお願いがあるんだけど?」
「お願い?」
その唐突な話にケンは目を丸くする。ミクの隣にいたユリもケンと同じ反応だった。
ミクがそんなケンを見て頷く。
「それは何があっても生きること」
「生きる……?」
ミクは頷いた。
「今回の騒動、そのせいで人が死んだ。その原因は確かにケンちゃんにもある」
ケンはその言葉を聞き、全身の血液が全て腹の辺りに降りてくるような感覚を覚える。
口では自分を擁護してくれても、腹の底では自分を恨んでいるのかもしれないと思った。
「なら、その死んだ人達の分もケンちゃんは生きないと駄目。死んで楽になるなんてことは許さない。この過酷なギジの世界て生き続けることが、私のお願い」
通常、“死”はその人間の積み上げてきたものが全て無くなってしまうであろうことから“絶望”として解釈されることが多い。
しかし、このギジの世界においてはそれとは違った解釈の仕方があった。
つまりは、“死”は“絶望”では無く“解放”であるという解釈である。
このギジの世界では、物資が少ないために生活の制限が多い。
そして、その少ない物資のために同じ人間出し抜いて同士での争いがよく起きる。それは身内同士でもよく起きることてあり、仲の良かった隣人と次の日には物資を巡って殺し合うということも珍しくは無い。
この世界において生きるというのは外の世界とは比べ物にならないくらい難しいのだ。
死、猜疑、絶望……。それらのものはこの世界では当たり前のように溢れて、剥き出しになっている。
ギジの世界で生きるというのは、終わりの無い苦しみの中にいるのと道義なのかもしれない。
それらから解放される方法。
それが即ち、“死”なのだ。
死ぬまでの過程は恐ろしいかもしれないが、この世界では死に至る過程は掃いて捨てる程あるため、そういった類いのものに慣れている人間だっている。
少しの恐怖を耐えれば、苦しみから解放されるとあれば、最後に死を選ぶ人間もいるだろう。
ケンもその1人である。
彼も自身の行い、自身の罪から解放される為に死を望んだ。
故に先程の村人達にも抵抗しなかったし、追放されることが決まっても、何処かで野垂れ死のうと心の何処かで思っていたのだ。
しかし、ミクは罪滅ぼしとして彼に苦しみの中で生きることを望んだ。
……正確に言えば生きることを強いたのである。
それは、苦しみの中で生きていけという呪いなのか、純粋に生きていて欲しいという想いなのか、ミク当人にも分からなかった。
「生きていれば、良いこともあるかもしれない」
ただ、純粋に生きて欲しいと思うユリはそんなことを言う。
「そう……、ですかね」
ケンは気の無い返事をした。これは、罪の意識から解放されることの無い呪いだと内心で思っていたのだ。
「まぁ、ユリちゃんの言う通りだよ。生きていれば、何かいいことはあると思うよ?」
ミクはそう言って笑ってみせた。
「はぁ……」
曖昧な返事をするケン。
「だからそれを探して? 死んでいった村の人達やキョウの分まで」
「あるか無いか分からないものを探すんですね。苦しみながら」
ミクの言葉に皮肉と自嘲を込めてケンは返事をした。
「そういうこと」
2人はお互いの言葉の中にある本意を理解して苦笑する。
こうしてケンは、ミクの“この世界で絶望の中であるかも分からない希望を探して生き続ける”という願いを自身の心に刻みつけた。
これは、これからの旅の指針となる。
「じゃあ……、そろそろ行きます」
荷物を背負い直し、でんでん銃を腰に着けた専用のホルスターを納めながら言った。
「忘れないでよー? 私のお願い」
「そのつもりです」
ケンはそう言って歩き出す。
いつの間にか村人達が集まって、ざわざわと言いながらケンに視線を向けていた。
その視線のほとんどは冷たいものであり、ケンは改めてこの村に自分の居場所が無くなったことを悟る。
「それじゃあ、お世話になりました」
村の外へ通じる門。
そこで一度向き直ると、そう言って頭を下げる。
村人達の反応は薄く、ユリとミクがそれに応じただけであった。
そして、村に背を向けて歩き出す。その後ろで村の門が閉じる音がした。
ここからはもう1人だ。
頼れるのは自分だけであり、自分の行動は全て自分に返ってくる。
それは辛いものかもしれないが、他人に迷惑をかけることも無いと思えば、不思議と心が軽くなったのを感じた。