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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
佐原ケン
23/112

23話

 戦いは村の勝利という形で終わった。

 しかし、後に残ったのは破壊された村と怪我人に、死体くらいのものである。


 当然、喜んでいる者はおらず、ほとんどの村人は親しかった者の死体の側で泣き崩れるか、疲れ果てて動かない者がほとんどであった。


「私は何をしていたんだ……?」

 村の有り様を見てユリは思った。

 彼女は戦闘の間、怯えて武器を持つことすらしなかったのである。


 気付けば何人もの村人が死に、志村が死に、ケンが同じ人間との殺し合いを行って、多大の犠牲が出ていた。


 戦わなければならなかったのに、相手が同じ人間であることに怯えて何も出来なかったのである。


「仕方ないよ」

 ミクは力無く笑って言った。

 恋人を失っているのに、そうやって強がる姿は見るに耐えない。

 だが、彼女が誰もいないところで泣いているのをユリは知っている。


「そっとしておいてくれませんか?」

 戦闘で大活躍したはずのケンも表情が暗い。この後にミクから、今回の戦闘が起こった原因の1つにケンが行商人と河内に騙されたという話を聞かされた。


 明るい表情なと出来る訳が無い。


「おめでたいな、私は……」

 ケンもミクも戦って大切なものを失って苦しんでいるのに、何もしていない自分は何も失わずにいる。

 ユリはため息をついて空を見上げた。



/*/



 村の中央に位置する広場。

 いつもなら村人の井戸端会議が行われていたり、探索班が持ち帰った物資の鑑定が行われている場所だが、その日はこの戦闘で死んでいった人間が横たわっている。


 その中には側頭部を撃ち抜かれた志村もいた。


「馬鹿だねー。人間、死んだら終わりって言ってたのは自分しゃない」

 ミクは二度と動かないであろう志村に小声で声をかける。

「同じ死ぬにしても、もう少しマシな死に方ってあったと思うんだけどなー?」

 ミクは熱を感じて顔を上げた。

 村人達が、死体を巨大な焚き火に放り込もうとしているのが見える。


「よりにもよって流れ弾に当たるなんて……」


 ミクがギジの世界で初めて会ったのが志村恭平という男だ。

 それ以降はミクと志村はずっと一緒に過ごしてきたと言っていい。


 彼らがギジの世界で一番最初に過ごしていた場所は、物資は乏しく、毎日のようにマンハンターとの戦闘が行われる、地獄のような場所だった。


 初めこそ何とかやっていけたが、時間が経つにつれて、少ない物資を巡り仲間内でのトラブルが頻発した。

 やがては仲間同士の殺し合いになる。それは規模こそ小さいが戦争と言っても過言では無い。


 そして、それは更なる対立と裏切りを生み、遂にはミクも、その悪手に襲われそうになった。

 しかし、志村がすんでのところで助けに入ったおかげで事なきを得る。


 結局、2人はその地獄に対して死を与えるという形で脱出したのだ。


 2人はしばらくはギジの世界をさ迷い、この村にやってきて現在に至るのである。


 そういった経緯の中で志村恭平と水野ミクは絆を深めてきたのだ。

 彼らは、お互いに背中を任せられる戦友であり、精神を支え合う恋人であり、共に生きる家族だった。


「私は、1人ぼっちになっちゃうじゃない……」

 そのミクの言葉に答える者はいない。



/*/



 賊に壊された村の囲い。

 ケンはその上に座って佇んでいた。


「憎い」


 村を襲った賊でも、村を裏切った河内でも無い。


 こんな事態を招いた自分。志村を助けられなかった自分。無力な自分。


 今までにも同じような事を思ったことがあるが、今回はそれ以上の濃さの憎しみを感じていた。

 出来るならば、その手足を引き千切って、そのままガソリンを被り火を放ってやりたいという衝動に駆られる。


 しかし、その必要も無いだろうとケンは思った。


 この狭い村だ。

 少し皆の話をまとめれば、この惨劇の原因が自分であることがすぐに分かるだろう。

 そうなれば、自分はただでは済むまい。

 良ければ村から追い出される。悪ければ死刑といったところか?

 今となってはどちらでも構わない。


 そんな事を考える。


「佐原くん? ちょっと良いかな?」

 後ろから声をかけられる。


 見れば村の中年の女が立っていた。戦闘の時に喚き散らしていた女衆の1人である。


 来たか。


 そんなことを思って、一度自嘲気味に笑って立ち上がる。


 後は運否天賦だ。どうにでもなるが良い。



/*/



 呼び出された先には、ほとんどの村人が揃っていた。

 そこにケンがやってくると、村人達は車座を組むように動いてケンを囲い混む。


「呼び出された理由は分かる?」

 村のリーダー格の女が尋ねる。

 聞かれるまでも無いとケンは女に視線を向けた。


「あなたが勝手に河内さんに門番を変わった。それが原因で今回の事態になったという話をなんだけど?」

 女は冷たく言い放つ。

 それに対して、何を今更と思う。


「その通りです。吉岡さんが来るまで一時的にとの話でしたが、河内さんは賊の内通者だったので……」

 言い訳くさい言葉にケンは内心でうんざりした。許して欲しいとでも思っているのかと憤慨したらからである。


「迂闊だったわね」

「すいません……」


 ケンは頭を下げた。

 早く結論を出して欲しい。


「冗談じゃないわ!」

 他の女が甲高い声で叫んだ。

 驚いて他の村人達が注目する。


「すいませんで済む訳無いでしょ!」

 女が喚き散らす。それを見たケンは目を伏せた。


 すいませんで済まないことはケン自身がよく分かっていたからだ。

 いくら謝ったところで、志村も、吉岡も、他の村人も返ってこないのである。


「でも……! ケンのおかげで賊をやっつけられたんじゃないんですか!」


 そう声をあげたのはユリだった。

 その意外な人物の発言にざわめいていた村人が静かになる。


「ユリちゃんの言う通りですね。攻勢のきっかけを作ったのは間違いなくケンちゃんです」

 たたみかけるようにミクが言った。ユリはミクを見てホッと息をつく。


 この2人の意見は否定のしようが無い。

 防戦一方だったのを、ケンが突っ込んだおかげで攻勢に持ち込めたのである。

 しかも、彼は敵陣の中で大暴れをして誰よりも敵を倒していたのだ。


「確かに……」

 リーダー格の女が呟く。

 だが、納得した表情では無い。


「いくら敵を倒しても、死んだ人間は還ってこないのよ! 志村君だってこの子がいなければ死ななかったのよ!」

 女がなおも喚き散らす。周りの村人がそれをなだめるが、興奮した女は止まらない。


「自分は何もしなかったくせに……!」

 志村の名前を引き合いに出され、ミクが苦々しく呟いた。

 ユリがミクに視線を向ける。


「この子のせいで私の旦那も……! 同じ目に合わせないと皆の気が済まないわよ!」

 喚く女はレーザーライフルをケンに向けた。


「チッ」とケンは舌打ちをしてライフルを構えた女を睨む。

 しかし、抵抗する気は無い。


「敵は撃てないけど、村の男の子は撃てるんですね」

 ミクが冷たい声で言った。

「何ですって……?」

 女がミクの方向を向く。


 が、それよりも先にミクのライフルが女の額に突き付けられた。

 村人がざわめく。


「大体、村長さんの許可も無く、ケンちゃんの処分を勝手に決めるのはどうかと思いますよ?」

 ミクの指がライフルの引き金に触れる。

 女は「ひっ」と声をあげてライフルを取り落とした。


「やめろ!」

 ユリがミクの肩を掴む。


 それを見たケンはミクが怒っているのを感じた。


 当然である。

 この女は実際に戦ってもないのに、結果だけ見て、実際に最前線で戦った人間に対して、文句を喚き散らしているのだ。

 その上、勝手に志村の名前を出して、彼の死んだ原因をケンに押し付けたとあれば、いつもニコニコと笑うことで自分の感情を表に出さないようにしているミクも流石に怒りを完全には抑えられない。


 引き金を引かないのは、まだ彼女が理性で感情を抑えていたからである。


「キョウが死んだのは運が悪かったから……。戦場ではよくあること……。戦いもしないで、勝手なことを言わないで貰えます?」

 そう言い終わるとミクが突き付けていたライフルを降ろす。


「そういえば村長さんはどうしたんです?」

 やれやれと思いながらケンは話題を逸らす。

 ユリも言っていたが、先程から村長の姿が見えないのだ。


「敵の攻撃に巻き込まれてね……。重体よ」

 リーダー格の女が言った。

「そう、ですか……」

 生きているだけマシと思うか、自分のせいで重体となったと思うか……。埒も無いことを考える。


「何にせよ、彼が戦闘に貢献したのは間違い無いですよ?」

 ミクが言った。


「でも……!」

 先程までミクにライフルを突き付けられていた女が言いかける。

「もちろん、他の人への示しは必要だと思いますけど」

 ミクは女を睨みつけながら言った。それに怯む女。


「そうね……」

 リーダー格の女はケンを一瞥する。

「俺はいいですよ。煮るなり焼くなり好きにしてくれれば」

 ハッと一度息を吐いてケンは言った

 自分のせいでこんな事になったのだ。何かしらの償いをしなければ気が収まらないし、自分が許せない。


「何て言い草……!」

 喚きたてていた女が忌々し気に呟いた。


 リーダー格の女はそんなケンと、先程から彼を擁護するミクとユリを見る。

 そして、先程か喚きたてる女を見て頷いた。


 一度、息を吐く。

 彼女の中でケンをどうするかという意向が決まったのだ。


「佐原ケン君、貴方はこの村から追放します!」


 その場にいた全員がケンを見る。ケンは目を丸くしてリーダー格の女を見た。


「分かりました」

 見せしめと憂さ晴らしに殺されると思っていた……、というよりも、それを希望していたケンは驚きながら了承する。


「追放って……」

 ユリが呟いた。何の頼りも無しにこの世界を生きていくのは、どれだけ大変な事か。

 彼女は、自身の臆病さ故に、それをよく理解していた。


「この村から出たら……!」

 言いかけるユリをミクが止めた。


「これ以上は擁護出来ないよ……」

 ミクが小声で言う。

「でも……!」

 ユリは納得がいかない。

「今回の騒動の原因がケンちゃんにあるのも事実だからね。命が助かっただけマシだと思うよ? 特にこの村ではね」

 そのミクの言葉にユリは何も言い返せなかった。


 そして、ケンを視線を向ける。

 ケンは無表情に空を見上げていた。

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