22話
このギジの世界では簡単に人が死ぬ。
それは善人や悪人の区別が無い。
だからといって、それを素直に受け入れられないのが佐原ケンという少年だった。
「状況はどうなっているんです?」
急ごしらえで作られたバリケードを境にして村人と賊が戦闘をしているのだ。志村はバリケード近くで予備のバッテリーを抱えていたにいた村の男に戦況を尋ねる。
「敵の数は多くないな」
男が肩をすくめて言った。
ケンは辺りを見回す。そこであることに気付いた。
「何であの人達は戦っていないんだ……?」
実際に賊と戦っている村人のほとんどが、五体不満足な男衆と若い女だったのだ。
いつもは村の主導権を握っている、中年世代の女はパニックに陥って、ほとんど何もしていないのであふ。
銃を持っても明後日の方向に撃ち、何やら周りに指示を出すも、その内容は当たり前のことであり、全く意味の無いことを喚いているのと変わらなかった。
実際に戦っている村人達も同じようなもので、何とか敵の進行を食い止めているはいるが、その動きに統制は無い。
「これじゃあ……!」
ケンが歯噛みしながら呟く。その間に村人の女が撃たれた。
「無理も無い。皆、人間相手にするのは慣れてないだろうからな」
撃たれた女を一瞥しながら志村が言う。
「ケン! 志村さん!」
そう呼びかけたのはユリだった。
「ユリさん!」
白河ユリは無事だった。その事実にケンは歓喜する。
「敵が何人か村の中に入ったって……」
ユリが不安気な表情で言った。
さっきの奴だろうか?
ケンは先程殺した人間を思い出し、身震いする。
「それは大丈夫だ」
「私達が全部やっつけたよ」
志村とミクが言った。ややあってから志村がケンに目配せする。
先程ケンが殺したのも、進入した敵の頭数の内だったのだ。
「ぎゃあっ!」
男の叫び声が聞こえ、ドサッという音がした。
「う、腕が……」
見れば、声の主である男が右腕から血を流しながら倒れている。
その男は片足を失い、戦闘から外された男だった。
「ち、ちょっと!」
男の横でバリケードの陰に隠れていた女が男の体を揺する。
「俺は駄目だ……。後を頼む……」
男はそう言ってライフルを女に渡す。しかし、女は首を横に振った。
「な……、無理よ! こんなの撃ったこと無いのよ!」
撃ったことが無い……?
その言葉にケンの心が引っ掛かった。
この人は五体満足にも関わらず、今まで戦闘を全て他人に任せてきたというのか?
その上、この非常時になっても自ら武器を持って戦おうともしないで、自分より不自由している人を戦わせていたというのか?
自分達は安全なところでぬくぬくとしていて、危険な事は全て若い者に任せる。これでは、河内もこの村に嫌気がする訳だ。
ケンは舌打ちをする。
「なら、俺が変わります。邪魔なんで下がって下さい」
ケンは女からライフルをひったくって冷たく言った。
「あいつらの数はは多くないけど、狙撃手がいるみたいなの。だから、それを狙って……」
女が言おうとする。
「銃を撃ったことの無い人がよく言えますね」
ケンは女を睨む。一度も銃を撃ったことの無いくせに何が分かるかと苛立ちを覚える。
「援護するよ」
でんでん銃からライフルに持ち換えるケンの横でユリがライフルを撃ち出した。
「私はどうすれば……?」
ユリが怯えた表情をする。
「いつも通りに撃って下さい。頃合いを見て突っ込みます」
そう言うと、ケンのすぐ側を敵のレーザーが掠め、頬をチリチリとさせた。
「いつも通りって、相手は人間……」
この人もか!
今は非常時なんだ! 同じ人間でも撃たなければこちらが撃たれるのが分からないのか!
ケンはユリを一瞥する。怯えて震えてるユリは普段の真面目てしっかりした印象とは真逆であり、小動物の様であった。
「何だ!」
バリケードを挟んだ反対側。つまり敵の方から声が聞こえた。
「仕留めたよ」
ミクだった。
「替えのバッテリーだ」
志村がミクにバッテリーを渡す。
ケンは怯えて見つめているユリを無視して再びライフルを撃つ。敵もバリケードを張っているので、中々狙いどころが難しい。
弾幕を張るのに特化したでんで銃で無くて良かったと思う。
「お前もそろそろだろう? 替えておけ」
志村がバッテリーを手に声をかける。
頷くケン。
その時である。
志村がバッテリーをケンに手渡そうと、少し体勢を高くとった瞬間、その頭部から何かが吹き出してそのまま倒れたのだ。
「何?」
「キョウ?」
手にバッテリーを持ったまま倒れて動かなくなった志村にケンとミクが声をかける。
腹の中から何かがこみ上げてくる。
それは志村が敵のレーザーで頭を撃ち抜かれて死んだという事実だった。
それが昇りに昇って脳に辿り着いた時、ケンの中で何かが弾けた。
「嫌ァっ!」
ミクが甲高い叫び声をあげる。その瞬間にケンの理性が怒りに変わり、それは殺意となった。
「ああぁぁぁぁっ!」
ケンは叫び声をあげながら、でんでん銃を手にバリケードから飛び出した。
何が起きたのかと、村人達の動きが止まる。
「お前らよくもぉっ!」
飛び出したケンは敵のレーザーが自分に集中するのも構わずに、でんでん銃を乱射しながら敵陣に突っ込んでいった。
「何だこのガキ!」
敵の1人が驚きの声をあげる。
「ぜぇいっ!」
それに向かってでんでん銃を撃つ。でんでん銃から放たれたレーザーの弾幕は男の体を貫く。
倒した敵には目もくれずにケンはそのまま敵陣に進入した。
敵陣無内を跳ね回るように移動して、敵を見れば銃を撃ち、武器のエネルギーが切れれば倒した敵の死体から武器を奪う。
時には固まっている敵に飛び込んで同士討ちを誘い、攻撃を受ければ敵の死体を盾にして反撃をする。
怒りや驚嘆の声をあげ、向かってくら敵を次々と撃ち殺していくその姿は殺意がそのまま人の姿になったようであり、理性のある人間では無く、敵を殺すという本能で動く獣のそれだった。
「援護ォ! 何やってるの!」
それはミクの叫び声だ。
自分の半身ともいえる者を失った悲しみと怒りの入り交じった表情を浮かべている。
「ひっ!」
今までに見たことの無い恐ろしい表情と叫び声にユリが動揺して肩を震わせる。
「そ、そうだ。敵を撃って!」
ケンの咆哮や、ユリの叫び声に比べたら情けない声がした。
そして村人達もようやく援護射撃を始める。
内と外。この攻撃により敵の動きはバラバラになり、戦局は一転した。
ケンが敵陣の中で暴れ、村人達かそれを援護するようにレーザーを撃つ。
その内に村人の何人かがケンと同じように敵陣に突入する。
それから決着が付くまで10分もかからなかった。
いつの間か敵の攻撃は無くなり、そこには賊の死体が転がっているだけだった。
その死体の中には例の行商人も確認出来たという。