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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
佐原ケン
21/112

21話

 赤く燃える村。

 辺りに響く怒声と戦闘音。

 ケンはそこに向かって走っていく。


 人を殺した感覚が今になって沸き、心臓が脈を打って体を震えさせた。

 しかし、体を止めることは出来ない。


 ここで止まってしまえば、殺しの感覚に捕まなって二度と動けなくなるような錯覚を感じていたのだ。


 息を吐いて顔を上げる。


 燃え上がる村を背景にバリケードが作られ、村人達がそれぞれ武器を手に動き回ってるのが見えた、


「良かった……」

 理由は分からないが、知っている人間が生きていることに安堵する。


「佐原くん」

 後ろから呼び掛けられた。

「河内さん、無事だったんですね」

 ケンを呼んだのは河内だった。


「ケン!」

 今度は志村である。慌てた様子でこちらに走ってきた。


「志村さん!」

 ケンは歓声を上げる。

 親しい人間が生きていたのだ。それが嬉しくて顔がほころんだ。


「下がれ!」

 志村が叫ぶ。


 下がれだって?

 何の事だか分からす、ケンの動きは止まる。


 次の瞬間、ケンは後ろから襟首を掴まれそのまま引っ張られた。

 そして引っ張られた体を受け止められた思った瞬間に頬に冷たい何かが当たる。


 レーザーライフルの銃口だ。


「え、何?」

 気付けば、ケンは河内に後ろから掴まれてレーザーライフルを突き付けられていた。


「動かないで!」


 志村の動きが止まった。苦虫を潰したような顔をして河内を睨み付ける。


「一体何をしているんです?」

 ケンが尋ねた。


「そいつは裏切り者だ……!」

 一度舌打ちをして志村が吐き捨てるように言う。

 その言葉に反応して河内の体が揺れた。銃口が再びケンの頬に当たる。


「そいつと例の行商人が手を結んで、賊を村に引き入れたんだ!」

「行商人?」

 ケンは思わず河内に頭を向ける。


「裏切りじゃないわ。元々、私はあっち側だもの」

 河内は口の端を歪めて笑いながら言った。

 それを見たケンはこの2人の言っている事が嘘では無いことを理解する。


「あの行商人は賊で、河内さんがそれを村へ入れたって事ですか?」

 志村が無言で頷く。

「そして私と2人で門を開けて、外で待機していた仲間を呼んで、今に至るのよ」

 何てことをするのだとケンは怒りを覚える。


「っていうことは、あの時に俺と門番を代わったのは……!」

「そういうこと。あんなに簡単に騙されるとは流石に思わなかったけど」


 交代の時に吉岡でなく、河内が来た理由。それは、外にいた賊を村に引き入れるためだったのだ。


 ケンは血の気が引く。

 村が襲われた原因は河内に騙された自分だったのだ。


「じゃあ、吉岡さんは……?」

 あの時、河内は遅れてくる吉岡の代わりに一時的に門番を交代すると言っていた。


「死んでもらったわ」

 河内は冷たく言い放つ。

「そんな……!」

 

 吉岡が死に、村が襲われ。さらに多くの人間が死ぬ。

 これが全て自分の迂闊さが招いた事である。

 ケンは事の重大さに、胃の中に鉛を詰め込まれたようなプレッシャーを感じる。それは戦闘なに不慣れな時に感じていたものと同じだが、プレッシャーの重さが段違いだった。

 その重さに耐えられないかのように膝の力が抜ける。

 そして、こんな事態を招いた迂闊な自分に怒りを感じた。


 思い返してみれば、行商人がやって来た時に村の周りを警戒するために外へ様子を見に行ったのも、行商人の監視についたのも河内だったのだ。

 もっと疑うべきだったのではないか?


「何でこんなことをするんですか……!」

 力の入らない膝でなんとか立っているケンが尋ねる。

 その質問に河内は「はぁ?」と目を大きく開けて驚いた顔をした。


「意外ね。君なら分かってくれると思ったのに」

「分かりませんよ……! 同じ人間同士で殺し合ってるんですよ?」


 河内はやれやれと首を振る。そして、目を細めてケンの顔を見つめた。


「君も見てきたでしょう? この村の人達を」

「どういうことです?」

「この村は戦える男の人の数が少ないから、村の主導権は実質的に女が握っているわ」

「それは分かりますよ」


 現に男であるケンが戦闘で活躍することに、村の女は快く思っておらず、風当たりは冷たい。

 一応、村の代表である村長は男であるが、実際は傀儡であった。


「まぁ、それだけなら構わないんだけどね」

「意味が分かりません」


 河内はため息をつく。


「君は何とも思わない? 戦闘に出ているのが、皆若い人だっていうことに」

 河内の言う通りに、この村の探索班は年齢の若い人間が中心である。

 村の主導権を握っている、中年世代の村人は村の警備や炊事洗濯などの仕事をしていた。


「仕方ないでしょう。戦える人が探索に出るんですから」

「それで? 君は何かを得ることが出来たの?」


 何かを得る?

 ケンの憤る心が止まる。


「そうやって戦った結果、村の人は君に何かをしてくれた? 何かを得ることが出来た?」


 何も言い返せない。

 河内の言う通り、どんなにケンが村の為に戦って活躍しても、ケンは特に何かを得たということは無かった。

 せいぜい村の男達から褒められた程度でありる。

 村の女達は相変わらず……、というより活躍すればするほど冷遇していたようにも思えた。


「何も無いでしょ? 君がどんなに命懸けで戦っても村の人達は君に何も与えない。そのくせ自分達は安全なところでぬくぬくとしているのよ」


 ケンは改めて思い返すと河内の言う通りだと思った。


「そうか……。お前も元々は村の外から来たんだったな?」

 志村が言った。

「ええ。受け入れられるのにどんなに苦労したか……! そして受け入れられても、村の人間の態度が変わるだけで仕事も相変わらず命懸けだし、食事の量も変わらない」


 ケンは一度ハッと息を吐く。


「河内さんの言う通りです……」

 その言葉に志村は目を拡げ、河内はニヤリと笑う。


「でも、こんなのは間違ってます! 関係の無い人達が死んでるんですよ? 復讐なら当人達だけでやればいい!」


 それは、実際に知っている人間が殺され、自分自身も人を殺すという経験をして思ったことである。


 少しの間。

 河内は低い声で「ふーん」と声を出す。


「それだから子供なのよ君は」


 河内持っているレーザーライフルの銃口がケンの頭に当たり、ゴリッと音がした。

 ケンが顔をしかめる。


「だけど、これはやり過ぎかなー?」


 その時である。気の抜けた声が後ろから聞こえた。

 河内がそれに驚いて声の方向に振り返り、レーザーライフルを向ける。


「あっ……」


 言葉を発する間も無かった。

 河内の頭をレーザーが貫いて、そのまま仰向けに倒れる。

 ケンはその様をスロービデオで見ているかのやうにはっきりと目撃して記憶に刻み付けた。


「大丈夫?」

 レーザーを河内に撃ったのはミクだった。

「助かったよ」

 志村が返答する。


 そのすぐ側でケンは呆けていた。

 あの水野ミクがこうも簡単に河内を殺したことに驚いていたのだ。


「こんなことって……」

 そう言ったケンにミクと志村が視線を向ける。


「俺達がいる世界はこういうものだ」

 志村が言った。

「敵は倒すしかないってことだよ。それが人間でもね」

 ミクが言った。2人の言葉は冷たい。


「分かりますよ……。俺もさっき“敵”の人間を殺しました」

 志村とミクは何も言わずに視線を剃らす。

「でも、こんなに簡単に出来るなんて……! 俺は怖いですよ」


 志村がケンの肩を叩く。

「そうだろうな。初めてはそういうもんだ」

「でも私達はこういう事に慣れるくらい、この世界にいるからね」

 ミクは河内の死体からライフルのバッテリーを取り上げた。


「慣れるんですか? こんな事に……」

 ミクの手慣れた動作を見ながら尋ねる。

「でなければ生き残れなかった」

 志村が答えた。


「行こう。まだ皆戦ってる」

 ミクはそう言って取り上げたバッテリーをケンに渡す。ケンの持つでんでん銃とミクや河内が持っていたレーザーライフルのバッテリーは互換性があるのだ。


 ケンはそれを躊躇いながら受け取る。


「別に納得はしなくていい。でも理解はしておけ。俺達のいるところはそういう世界なんだ」

 志村はそう言って歩き出した。それにミクも続く。


 人を殺す。殺される。死ぬ。


 それが日常となり慣れていく。

 そんな世界に自分も慣れていくのだろうか?

 ケンはそんなことは有り得ないと思い、2人の背中を見つめた。


 

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