20話
それはまどろみの中にいた時だ。
明日は行商人との物資交換の為に、何か保存の効くものを作ろうと考え、やがてその思考が眠気でキノコと生肉の調合方という訳の分からない思考になりつつある時に起きた。
突如、顔面をフライパンで殴られたような衝撃。
眠気が吹き飛び、ケンの意識が覚醒する。
その衝撃は、辺りの空気を震わせたかと思わせるほど大きな爆発音だった。
「何だ!」
ケンがそれを衝撃ではなく爆発音であることを認識したのは思わず叫んだ後である。
着の身着のまま外に出ると、行商人がやってきた方角の空が夜の黒と燃えるようなオレンジ色のグラデーションを成していた。
否。
燃えるようなでは無く、実際に燃えていたのだ。
「敵だ! 敵が攻めてきた!」
敵? マンハンター?
「一体何ですか?」
ケンが敵が来たと叫んでいた男に尋ねる。
「戦闘だよ! お前、さっさと用意しろ!」
何が何だがさっぱり分からない。
しかし、戦闘が起きたという事は間違いないのだ。
ケンはそれを認識すると、男の言う通りに戦闘の準備をする。
愛用のでんでん銃を手に取り、志村とミクが趣味で作った白い鎧を身に付けた。
「戦闘はどこだ?」
戦闘体制になったケンは村を走り回る。
あちこちから怒声が聞こえ、村のあちこちから火の手が上がり、何度か爆発音も起きた。
その時である。
「よせ!」
男の叫び声だ。
そこには2人の男が対峙していた。
1人は戦傷で右腕を失った男である。そして、その男にレーザーライフルを突き付ける男だ。
しかし、ケンはレーザーの男に見覚えが無い。
「何やってるんです!」
ケンはでんでん銃を構えて叫んだ。
「こいつら、外から来た奴らだ!」
村の男がケンに気付いて叫ぶ。
「村を攻めて、……うぐっ!」
言いかけて男が倒れた。レーザーライフルの男が彼を撃ったのだ。
ケンは理解した。先程から騒がれてた敵は、マンハンターでは無く同じ人間だということに。
外から来た人間が村を攻めてきているのだ。
そして、その外の人間が村の男を殺した。
「やったなぁ!」
ケンの感情が怒りで沸騰する。この男は村の人間を、片腕を失って無抵抗な人間を殺したのである。
男がレーザーライフルをケンに向けるよりも早く、ケンがでんでん銃の引き金を引く。
「ぎゃっ!」
敵の男が叫んで、レーザーライフルを取り落とす。
今度は逆の立場になった。
レーザーサブマシンガンことでんでん銃を突き付けるケンと、撃たれた手から血を流す無抵抗な敵。
「や、やめてくれ!」
敵の男が情けない声を出す。
「お前も同じ事をしただろう!」
怒りの感情を露に、ケンが言った。
「た、頼む……! 死にたく無い……!」
尚も敵の男が言う。
その情けない姿と声は憐れに見えた。
今、ケンはこの男の命を引き金1つでどうにでも出来るのだ。
頭にレーザーを一発撃って殺すも良し。散々になぶって殺すも良し。どうやって殺してやろう?
そんなドス黒い事を考えた時だ。
ケンの感情は一気に冷める。
この男も自分と同じ人間であり、様々な出来事を積み重ねて今の人生があるのだ。
それを当事者でなく、赤の他人である自分が簡単に終わらせる事が出来て良いのか?
勿論、この男のやった事を許す訳にはいかない。
だからといって自分の手で裁いて良いのだろうか?
それは自分もこの男と同じに人殺しになるということではないだろうか。
「二度とこんな事はしないって言うなら見逃してやる」
ケンは舌打ちをした後に、でんでん銃の銃口を男に向けて言う。
「本当か?」
「ああ」
お前みたいな屑の為に何で自分の手を汚す必要がある。さっさとどっかに消えて野垂れ死ねば良いさ。
蔑む視線を男に向けながら思った。
そして男に背を向けてケンは歩き出そうとする。
後ろで男が動く気配を感じた。それと同時に。これからこの男がどういう行動に出るだろうかという予想を立てる。
この男は素直にこちらの言うことに従うのだろうか?
「甘いぜ坊や!」
男が叫ぶ。振り向くケン。
男が左手に刃物を握って懐に飛び込んでこようとするのが見える。
やっぱりそうなるか。
ガッと音がして後ろに弾き飛ばされた。
男はケンが後ろを向いた隙を突いて、ナイフで襲いかかってきたのだ。
しかしケンは男のこの行動を予想していた為、これを避けるのは容易いかった。
ナイフの狙いが外れてケンの身に付けいた鎧に当たる。
わざわざ見逃してやったのに、再び襲いかかってくるという、こちらの良心を無駄にするような男の行動、そしてこの世界ではそんなにまで人を信用出来ないのかという怒りがケンの感情を再び沸騰させる。
「そんなに死にたいか!」
ケンが叫び、男が再び命乞いをしようと声を出そうとする。
しかし、ケンはそれよりも先にでんでん銃の引き金を引き、放たれたレーザーが男の体を貫いた。
撃たれた男は仰向けに倒れる。
「やった……。人を、殺した」
つい先程まで自分を襲いかかろうと動いていた男は動かなくなっていた。
先程まで、それは生きていたのだ。
しかし、今はもう死んでいる。
そこにあった確かな“生”が少し指を動かしただけで“死”へと変わってしまう。
それはあまりに現実離れをしていた。
と、いうより人を殺した実感が沸かないのだ。
「人間ってこんなに簡単に死ぬのかよ……」
ケンはこんなに簡単に人を殺すことが出来るという事に恐怖した。
久しぶりに銃を握る手が震える。
遠くから怒声が聞こえた。まだ戦闘が続いているのだ。
呆けていた意識を何とか正気に戻し、ケンは走り出した。