2話
「ハッピーバースデー」
真っ暗な意識の中で誰かの声が聞こえる。
「新しく誕生した際に君たちはこう言うのだろう?」
誰かにそう問いかけられた”それ”は無意識に手を延ばす。
指先に何か硬くてツルツルした物が当たった。
「ま、意味の無い戯れだがな」
投げかけられる言葉の意味も、指先に触れている物についても分からないまま、それは目を開けようとする。
「おっと、まだ目を覚ますには早い。余計なことを覚えていたら意味を成さなくなる」
その言葉の後に、ガコンという大きな音と振動が起こった。
激しい揺れの中何とか瞼を開ける。
そこに見えたのは真っ青な光だった。
その後、見えない力のようなもので強制的に瞼が落ち、それの意識は暗い闇へと沈んでいった。
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暖かかった全身が急激に冷える。それと同時に手足に自分の意識が行き渡り、全身の感覚が覚醒した。
息を吸い込み、酸素を体に取り込んでフッと吐き出す。
今まで動かなかった手の指を動かすと何か冷たくて硬いものに触れた。
目を開ければ、強烈な光で視界が真っ白になる。思わず「うっ」と唸り声をあげ、手をかざす。
10、9、8、7……。
何故かは分からないが数字をカウントする。それと同時に真っ白な視界が薄れ始め、徐々に周囲の景色が見え始めてきた。
6、5、4……。
腰を動かし上半身を起こす。
3、2、1……。
ゼロ。
そんな声が頭に響き渡ったと同時だ。完全に意識が覚醒して、様々な記憶が頭の中にビデオの早送りを見ているかのように流れてきた。
その記憶は佐原研のものである。
「うわっ!」
そこで初めて自分が異常な状況の中にいることを理解した。
何が異常かといえば、自分が全く見知らぬ町の中にいたのだ。
そして辺りを見回してみても人の姿が見えない。というよりも、人の気配がしないのだ。
しかも、その町はまるで戦争でもあったかのようにボロボロになっていた。アスファルトの地面は砕け、あらゆる建物はその全身にひび割れがあり、ガラスは割られ、果ては倒壊しているものさえある。
「何だここ?」
記憶を辿れば、確かに自分は学校に向かう途中だったはずなのだ。それなのに何故こんなところに倒れていたのか?
自分は夢を見ているかとも思うが、空気に触れている肌の感覚や、淀みの無い意識が、これが現実であることを告げていた。
「誰かいませんかー!」
とりあえず、大きな声で叫んでみる。
……が、返事は返ってこない。それも当然かもしれない。そもそもこの辺りの風景を見る限りは、人の気配どころか、ここ数年、あるいは数十年は人が立ち入ってないような状態なのだ。
「何なんだよ一体……」
そう呟き、膝を折ってしゃがみこむ。二進も三進もいかないとはこの事だ。
その時である。
背後からガシャガシャという音が一定のリズムで聞こえてきた。それは人間の歩く足音によく似ていた。
「人!」
それを人だと思い歓喜の声をあげる。そして、立ち上がって振り向くが、そこにいたのは人では無かった。
「え、何?」
ケンは思わず声を出す。
それは、確かに人と同じように四肢があるのだが、その全身は金属で構成されていた。
所謂ロボットというものである。
その右手には銃のようなものが握られ、のっぺりとした頭の中央にある一つ目が輝く。そして、右腕が上げられ銃口を向けられた。
「うわ!」
その行動が敵対的なものであること直感が告げ、反射的にその場から飛びのく。それと同時である。ロボットの銃口が光り、足元のアスファルトが焼かれて赤く光り、黒煙をあげたのだ。
「何なんだ一体!」
叫んで走り出す。
それに合わせるようにロボットもガシャガシャという音を立てて追いかけて来る。時折、細い熱線が体のすぐ横をかすめるのを感じた。
SF映画で見たようなレーザー光線かとも思うが、それより自分の命が危険であるという思考が彼の感情を荒ぶらせる。
走りながら、様々な感情や疑念が渦を巻く。
ここは何処なのか? なぜ自分はここにいるのか? あのロボットは何なのか? なぜ襲ってくるのか?
「こんな訳の分からない所で死ねるかよ!」
そう思い、必死に走るも徐々に距離は詰められ、ロボットの放ったレーザーが頬をかすめる。その余熱を感じ、もっと早く走ろうとするも、足は思い通りに動いてくれない。
そのうちに足がもつれて前のめりに倒れる。
「うわっ!」
倒れた体を何とか起こして振り向けば、先ほどのロボットがすぐ後ろでこちらを見下ろしていた。
“もう駄目だ!”
そう思いロボットを見上げる。レーザー銃がこちらに向けられ、その黒くて小さい穴である銃口が見えた。
そのロボットの挙動がビデオのスロー再生の様にゆっくりに見え、いよいよ自分は死ぬと覚悟を決めた時である。
ジュッ、という音と共にレーザー銃を握っているロボットの右腕が赤熱して吹き飛んだのだ。
ロボットは頭を左側に向ける。
次の瞬間、今度はロボットの胴体が赤熱する。そして再びジュッという音がして赤熱した胴体が爆ぜ、残った四肢がバラバラと地面に落ちた。
それはほとんど一瞬の出来事である。
一体何事かと思い、ロボットが頭を向けた方を見る。そこには人影が見えた。おそらく、その人影がさっきのロボットをバラバラにした当人だろう。その人影は徐々に近づいてくる。
「大丈夫か?」
ロボットを倒したと思われる人間にそう声をかけられる。
それは女だった。
年齢は10代後半から20代前半、ストレートの黒髪が背中半分辺りまで伸びている。そして服装は……、
「兵隊?」
思わず声が出る。
その女は、ポケットがいくつもあるタクティカルジャケットの様な物を着込み、腰に巻きつけたウエストポーチには明らかに手榴弾と思われる物がぶら下げられていた。
そして、その手には先ほどのロボットと似たような形の銃のようなものが握られているのだ。
「うん?」
女は黒い瞳をこちらに向ける。
「おーい、ユリちゃーん!」
この女とは別の、気の抜けたような女の声が聞こえた。目の前の女はそれに反応して声の方向を向き、大きく手を振る。
「こっちだ!」
どうやらこの女は“ユリ”と呼ばれているらしい。
「その子は?」
気の抜けた声の女はユリと呼ばれる女のもとに来てからこちらを一瞥してユリに尋ねた。
「分からない、さっきからこんな感じなんだ」
2人の視線が刺さる。
「さては初心者だねー?」
気の抜けた声の女がフフンといった感じで言う。
「初心者?」
喉の奥から声を絞り出す。
その様子を見ていたユリが「ああ…」と何か納得したような声を出してうなずく。
「立てる?」
気の抜けた声の女はこちらを向くと、そう言って手を差し出した。その手を掴んで立ち上がると女はにっこりと笑顔を見せる。
「ようこそ、“ギジの世界”へ!」
“ギジの世界”?
それはまったく聞いたことの無い単語だ。言葉だけで判断するなら、今、自分がいるこの場所のことなのだろうが……。
「私は“水野美玖”。ミクでいいよー」
気の抜けた声の女が名乗る。おそらくこちらの警戒心を解くためだろう。それに続いて先ほどのロボットから助けてくれた女もこちらを向いて言う。
「私は“白河由理”だ。ユリ…、でいい」
先に名乗った水野美玖はニコニコとしていたが、この白川由理と名乗った女はどこか表情が硬い。
2人の表情があまりにも正反対なのが面白いと思ったが、相手が自分の名前を名乗ったのならこちらも名乗り返さなければという思いがその面白いというのを打ち消す。
「俺は、佐原研です」
自分で自分の名前を口に出して言うのは変な感覚だと思いながら言った。
それを聞いたミクは「ふーん」という声を出す。そして一息ついて言う。
「じゃあケンちゃんだねー。よろしく!」
いきなり下の名前で、しかも“ちゃん”付けで呼ばれたことにケンは唖然とする。馴れ馴れしい人だと思ったのだ。
「とりあえず、そろそろここから離れないか? この子にも事情を話す必要があるし」
ユリが先ほど倒したロボットを一瞥した後に言った。それに対してミクは頷くと銃のようなものを構える。
今更になってケンはユリとミクが同じ様な、つまりは兵隊か何かのような格好をしていることに気付く。
それに対して自分はごく普通の学生服だった。 所謂学ランである。
その服装の違いは、ケンが今までいた世界と今いるこの場所が全く違う世界であることを明確に表していた。
もっとも、その事にケンが気付くのは2人に連れられて向かった先でのことになるのだが……。