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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
佐原ケン
18/112

18話

「少なくともケンを1人にするべきては無かったな」

 志村がライフルを肩に担ぐように持ちながら言った。

「相手も1人だけだったので……」

 小声でユリが答える。ケンが心配で自然と歩調も早くなった。


「そのまま追い返すなり、近くの奴を呼ぶなり、方法はあったろうに」

「すいません」


 志村はうつむくユリを見てため息をつく。そもそも、門番の数が2人のみというのにも問題があるのだ。やれやれとため息をついた。


 そうこうしている内に2人は門に着く。

 そこでは、例の行商人が持ち物を広げてケンと何やら話をしていた。

 どこから集まったのか、他の村人達も集まっている。

 

「無事、みたいですね」

 ユリが安堵する。

「むしろ、いきなり危害を加える奴のが少ないだろ」

 志村は行商人の男を見ながら言った。


「あ、ユリちゃん! どこに行ってたの?」

 2人に気付いた村人の女が声をかける。

「いや、村長達に知らせに……」

 その答えを聞いて女は顔をしかめると、何かを言おうと口を開く。

「それより、その男は?」

 女が言葉を出す前に志村が尋ねた。

「え? あぁ、行商人らしいわね」

 言いかけた言葉を引っ込めて女が返答した。


「この人、塩を持ってるんですよ」

 横からケンが口を出す。その妙に嬉しそうな表情に、呑気なものだと志村は眉をひそめる。


「行商人連合?」

 志村が尋ねた。

「違うみたい」

 村人が返答する、


「何です? それ?」

 その“行商人連合”なる単語は初耳である。ケンはその聞き慣れない単語を口の中で反芻しながら志村に尋ねた。


「名前の通りさ。ギジの世界にいる行商人連中の集まりで、物流や各地の情報をやりとりしてるらしい」

 そんなものもあるのかとケンは感心する。


 このギジの世界というのはケンが自分で思っているより広いのだ。

 その事に改めて気付き、この村の外がどうなっているのか、このギジの世界とは一体何であるかという思いが沸き、それはこの村の外へ出てみたいという欲になる。


「本当に1人だけなのか?」

 外に思いを馳せるケンをよそに志村が尋ねた。

「そうですよ。他のは機械人形にやられちまいました」

 行商人を名乗る男が答える。「ふーん」と志村は疑いの目をやめない。


「今、村の周りを見てきました!」


 そう言って門の外から駆け込んでくる女がいた。

「河内さん」

 ケンが声をかける。

「ん? 河内さんが行ったのか」


 志村はこの行商人を名乗る男が賊であり、仲間を村の周りに潜ませ、時が来たら一気に襲撃してくることを警戒して、村の周りを誰かに調べてもらうことを考えていたのだが、この河内という女がそれより先に村の周りを調べていたのだ。


 門番に2人しか人を配置しなかったとはいえ、元々は外の人間に対しての警戒心が強く保守的な村である。

 こういう時の機転と行動の早さだけは流石だと志村は思った。


 にも関わらず門番を2人だけにしたのは、それだけ村の外からの来訪者が少ないのと人員の不足からである。


「その人が1人というのは本当みたい。周りには何も無かったわ」

 河内が報告する。

「だから何度も言ってるじゃないですか」

 行商人の男は苦笑しながら言った。


「どうします?」

 志村は手持ちのライフルを肩に担ぐと周りの村人達に尋ねた。

「頼みますよ。ちょっと食糧を分けてくれれば良いんです。こっちも何か分けますから……」

 行商人は広げた持ち物を指差しなが訴える。広げた持ち物の中には塩があると、ケンが言っていたのを志村は思い出す。


「とりあえず村に入れても良いんじゃないですか? 1人で村をどうこうするも無いでしょうに」

 そう提案したのはケンである。その言葉に村人達はそれもそうだという顔でお互いに頷きあう。


「なら私が見張りますよ」

  河内が言った。

「監視付きですか……」

 行商人がそう苦笑して、それに志村が 「当たり前だ」と返す。


「ってことは監視付きで村の中に入れるということで?」

 ケンが言って、村人達はそれに頷いた。行商人が村に立ち入ることを許可されたということである。


「塩が欲しいのかい?」

 先程まで広げていた荷物をひとまずしまいながら、その様子を見ていたケンに行商人が尋ねた。さっきからケンが自分の持ち物の中にあった塩などの調味料に関心を寄せていたのだ。


「そうなんです。村の調味料がもう僅かしか無くて」

 ケンが苦笑して答える。

「なら、丁度良い。私は料理が出来ないからね。食糧と交換だ」

「やった!」

 行商人の言葉を聞いてケンが歓喜の声をあげた。

 それを横目で見ながら志村が「全く……」と聞こえないような声で呟く。


「これでマトモな料理が作れる」

「まるで料理人みたいなことを言う……」

 そう言ったケンの後ろで志村が言った。

 それを聞いてケンが振り向く。


「そりゃ、俺はプロの料理人じゃあありませんよ。所詮は学校の同好会レベルです。それでも料理を作る側で、それなりの意地みたいのはあります」


 元の世界にいた頃、確かに彼はやりたくて料理同好会に入っていた訳では無い。

 だが、始めたことに関してはプライドを持ってやっていくというのが彼の性格である。

 しかも、それなりに出来るようになったとなれば尚更だった。


「真面目なのは良いが、そうやって思い詰めすぎるのは疲れるだけだ」


  志村は自身の経験から言う。

 確かに自分のやることに対してプライドや責任を持つのは重要だ。

 そういうものが無い人間の仕事というのは、いい加減なものである。

 だからといって、責任やプライドにこだわりすぎると、それはプレッシャーとなって人を押し潰すのだ。

 それらのことは社会において責任を負う立場になり、ある程度の人生経験を積んで初めて理解出来ることだろう。

 

「分かってますよ。俺だけが炊事をしている訳じゃないてすからね」

 口ではこう答えたケンだが、実際は分かっていない。


 そもそも、口で「分かった」という人間のほとんどは言葉の意味を理解こそしているが、体と心では理解出来ていないのが大半である。


 志村もケンが口だけであることは分かっていた。

 何故なら、志村も全く同じことを経験していたからである。

 つまり、言葉の意味だけ理解して「分かった」と言い、それがどういう事かというのは実は全く理解していなかったということである。


「まぁ、実際に経験しないと分からない事もある。というか世の中は大概そうなんだがな……」

 志村は1人そう呟く。

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