17話
ケンは新しく渡されたでんでん銃を眺める。特徴的な円盤が取り付けられたそれは名前の通りにでんでん虫によく似たフォルムだった。
ただ、円盤が邪魔をして照準が付けられないので、銃の左側には照準用の簡易スコープが取り付けられている。
ケンはそれを持って立ち上がった。
今日は探索の当番の日である。
新しく手に入れたでんでん銃の使い勝手を確かめるのには都合が良い。
ケンはでんでん銃を抱えて集合場所に向かった。
その途中である。ケンは不意に村の女から話しかけられた。
「悪いんだけど、今日は村の門番をやってくれない?」
「どういう事です?」
訝しく思いながら尋ねる。
「今日、門番担当だった森さんが風邪をひいちゃったのよ」
「あぁ、そうなんですか?」
「だから頼むわ。探索は1人くらい抜けても何とかなるから」
さてどうしたものかと考えるが、「分かりました」とケンは答えた。
この間言われたように自分の立場というものもあるし、断る口実も見つからない。
ならば引き受けるしかないだろう。
せいぜい弾と時間を無駄に浪費して帰ってくるがいい。ついでにじり貧まで追い詰められたあげくに、負傷者の1人でも出れば俺が正しい事の証明になるってもんだ。
村人に対する反抗心とも憤りともつかないドス黒い感情がケンにそんな事を思わせる。´
「じゃあ頼むわね」
そう言われて担当することになった門へ向かった。
その門は廃墟とは反対側の門である。その先には何があるのか、ケンは知らない。
「交代です」
「はい」
眠そうな顔をしていた女からと仕事を交代する。
「あぁ、ケンか……」
そう言って現れたのはユリだ。
この村では門番は通常2人で行う。
今回はケンとユリの2人ということだ。
「じゃあ任せたわ」
先程まで門番をやっていた女達が言って村の中に帰っていった。
「残念だったな」
ユリが澄まし顔で言う。
「何のことです?」
「でんでん銃、テストしたかったんだろ?」
ユリの言う通りだった。ケンはムゥと顔をしかめる。
「仕方ないでしょう。断る理由も無いし、ユリさんの言った通りに立場もある」
良い子だ。ユリは内心で思った。
「たまにはこういう暇な仕事も良いよな」
そう言ってユリはケンをチラリと見る。
「退屈は……、嫌いです」
そう言ってケンは座り込んだ、
この門番の仕事は基本的に退屈なものである。
ギジの世界ではマンハンターがあちこちにいる為に、地域から地域へ移動するのには危険が伴うからだ。
故に訪れる人も現れないので、することはほとんど無い。
といっても稀に行商人やら旅人、盗賊なんかも現れたりするので門番を立たせないという訳にもいかないのだ。
「ケンは、怖くないのか? あんな戦い方をして」
ユリが尋ねた。
「……そりゃあ、怖いですよ」
ややあってケンが答える。
当然の話だ。
ケンは戦闘の際に、敵味方のレーザーが飛び交う中に突っ込むのである。恐怖を感じない訳が無い。
毎回、戦闘の度に鉛のような重い恐怖を感じているのだ。
もっとも、最近はその鉛も軽くなりつつある。所謂慣れというものだ。
「怖いなら、そんな戦い方やめれば良いのに」
ユリが溜め息混じりに言った。
「後ろで無駄に時間と弾を浪費する方が嫌なんで」
その答えにやれやれとユリは思う。
そしてケンを見ると、その腕に黒いリストバンドが巻かれているのに気付いた。
「そういえば、そのリストバンドは何?」
尋ねられたケンは自分の腕を見る。
「付けたまんまだったか」
そう言って腕に巻かれたリストバンドをバリバリとマジックテープの音をたてて外す。
「ん」
そう言ってリストバンドをユリに差し出した。受け取るユリ。
ユリの手に渡されたリストバンドはズシリという重量を与える。
「何だこれ? 結構重いぞ?」
少し驚きながら尋ねた。
「筋トレ、みたいなもんですよ。志村さんが付けて生活しろって」
「なるほど……」
ユリはそう言ってリストバンドを返す。
銃というのは見た目よりもかなり重いのだ。
それを長時間持ち歩き、更に戦闘までやるとなればそういうことも必要だろう。
「意外と努力家なんだな」
自分はそういった努力をしていないことを恥じながらも感心する。
「そりゃ、俺も出来れば死にたくないですからね」
ケンは誉められたことを嬉しく思いながらも、それを隠すように無表情を装いながら答えた。
ケンが戦果を挙げられるようになったのは、こうした努力があってのことだ。
努力というのは遅かれ早かれ結果として現れるのである。
そして生まれた結果は自信になり、自信は新たな目標を生み、更に努力をする。
人間はそうやって成長していく。
ケンもそうやって成長しているのだ。戦闘に関して、という意味ではあるが……。
「ん? あれは?」
「どうした?」
ケンが何かに気付く。
見れば人影のようなものがヒョコヒョコと近付いてくる。
さらに目を凝らすと、それは大きな荷物を背負っている中年の男であることが確認できた。
「村の人じゃないな……」
見覚えの無い顔にケンが呟く。
「村の人に知らせてくる」
ユリはそう言って村の中に入っていった。
「そこの! 何ですかあなたは?」
ケンがでんでん銃を向けて声を大きめに言う。
「私は行商人です!」
銃を向けられると、男は慌てた様子で両腕を挙げて叫んだ。
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「確かに1人なの?」
外から人が来たというユリの報告を聞いたミクが尋ねる。
「多分……。他に人影は見えなかった」
ミクと志村、それに吉岡か顔を見合わせた。
「あの……?」
ユリはそんな3人を不思議に思う。
「迂闊な……!」
そう言ったのは志村だ。
ユリは「え?」と声を出す。途端に3人の顔に緊張が走り、ユリは自分は何かマズイことをしたのかと不安になり、腹の中から熱気とも冷気ともいえない気持ち悪さを感じた。
「この世界を1人だけでウロウロするのはおかしいだろう?」
志村のその言葉にユリは「あっ!」と叫ぶ。行商人の振りをした賊ということもあると思い至ったのだ。
「ミクは村長達にこの事を、吉岡さんは皆を集めてくれ」
「分かった」
「あ、はい!」
慣れたように志村が指示を出す。
「私は……?」
ユリが小声で尋ねた。
「着いてこい。……借りるぞ」
そう言って志村は吉岡からライフルを取り上げる。
「片手ですよ?」
ライフルを取り上げられた吉岡がややムッとした表情で言った。
「片手しか使えない人間なら殺されても良いだろう。なぁに、俺達が戻らなかったらそいつは賊ってことだ」
志村は皮肉っぼく笑う。
「気を付けて」
ミクが緊張した面持ちで言い、志村が「分かってる」とライフルを握った手を振って答える。
「あぁ、この2人は解り合っている」
そんな志村とミクを見ながらユリは改めて2人の関係と絆の深さのようなものを理解した。