16話
結局のところ、ケンがマトモに動けるようになったのは負傷してから1週間経ってからだ。
それでも動けるようになっただけであり、実戦に復帰したのは更に3日間経ってからである。
それからのケンの戦いぶりは、大活躍とはいかないが、それまで何も出来なかったのが嘘のように敵を撃破していった。
だが、ケンの戦い方は敵陣に突っ込んで引っ掻き回すというものであり、危険であると村の女達からの評判は良くない。
逆に村の男達からの評判は良かった。
女達主導の保守的で時間と 武器のエネルギーをやたら消費する戦い方より、ケンの危険だが時間をかけずに確実に敵を撃破する戦い方のが潔いとのことである。
これらの事が重なり、ケンの村での立場は志村が心配するほど悪くは無く、村の男達が味方になったので良くなった。これはミクの予想通りであるといえる。
だが、白河ユリは違った。
前述した通りにケンの戦い方は危険が伴う。そんな戦い方をユリは良く思っていないのだ。
ユリは、自分が助けたということもあり、前々からケンの事を気にかけていたのである。
歳も割と近く、同じように、ギジの世界に来て間も無い同士で話しやすいということもあるが。
「何してるんだ?」
その日、厨房で棚や引き出しを漁っているケンを見かけてユリが声をかけた。
ケンはユリのいる方向に頭を向ける。
「いや、塩が無くなってきてるんです」
それだけ言うと、再び棚の中を漁り出す。
「塩?」
「ええ、最近は調味料の量が無くなってるんですよ」
あぁ、とユリは相槌を打つ。
「というか、どうやって調味料を手に入れてたんです? 裏山や廃墟じゃそれらしいものを見たこと無いんですが」
そう尋ねるとケンは棚の扉を閉める。
「行商人から手に入れてたと思う。私がこの村に来てすぐに一度だけ行商人が来たから」
「その行商人は定期的に?」
「いや、そんな事は無いと思う。こんな世界だからな……」
ユリの答えにケンは嘆息する。これは調味料を使わない料理を検討しないと駄目だと思った。
そしてユリを一瞥する。
「で? 何か用があったんでしょ?」
ケンが言った。
この村の厨房は食糧庫も兼ねており、入るには許可がいるのだ。
理由は村の誰かが食糧を盗んだりするのを防ぐ為である。この村のルールとして、食糧は平等に配給しなければならないということだ。
「あぁ、田中さんからこれを渡すように言われたんだ」
ユリはそう言って、手に持っていた物をケンに渡す。
「でんでん銃?」
それはストックの部分に円盤が付いている銃。通称“でんでん銃”であった。
ケンが初陣で手に入れた物である。
「どうしてこれを?」
受け取ったでんでん銃を持って尋ねる。
「村の男の人達がこっちのがライフルより使いやすいだろうってさ」
ユリはケンが腕に黒いリストバンド をしているのに気付き、それを見ながら答えた。
でんでん銃は、ケンやユリが使っているレーザーライフルよりも小さく片手でも使える程の大きさだ。
また、連射に関してもライフルより優れており、弾幕を張るのにも優れている。
その代わりにエネルギーの消費が激しく、射程もライフルより遥かに短い。
分かりやすく言うなら、ユリ達が使っているレーザーライフルをアサルトライフルと分類するなら、でんでん銃はサブマシンガンに分類されるだろう。
この武器はケンの戦い方……。
つまりは弾幕を張りながらの接近。そして近接戦という方法を鑑みたら、適している武器であるといえる。
「でも、正直私は良くないと思う」
ユリが言った。
「何が、です?」
そのケンの一言にユリは顔をしかめた。
「お前の戦い方だよ。危なくて見ていられない」
またその話か。戦闘の度に村の女達から言われている言葉だ。
ケンはそう思ってユリに視線だけジロッと向ける。
「他の人達のやり方は時間と、武器のエネルギーを無駄に使い過ぎるんですよ」
「それはそうだけど、死んだら……」
「早いか遅いかの違いでしょう?」
ケンが悪ぶって言う。
「村の……、お前の立場がある……」
ユリがやや言い淀んだ。
「まぁ……、村の女の人達から嫌われてるのは知ってますがね……」
「気付いてたんだ」
「そりゃあ、あそこまで露骨な態度されてれば気付きますよ。あの人達……、俺が声かけると明らさまに嫌そうな顔をしますもん」
それは意外な答えだった。
ケンの今までの態度から、自分の村における立場を理解していないとユリは思っていたからだ。
「それが分かっているなら尚更……!」
「向こうは俺を嫌っている。俺も向こうが嫌いだ。嫌いな人達の言う事なんて聞きたくありません」
その言葉にユリは呆れて言葉を失う。
ケンのそれは丸っきり子供の理論だからだ。
「全く……!」
ユリが言う。
「敵は倒してます。向こうも文句は言えないでしょう?」
その生意気な口振りに、ユリは彼を引っ叩きたくなる衝動にかられる。
「そういう、子供地味たことを言うのはやめなさい」
衝動を言葉で抑えた。
「ユリさんだって」
何かを言いかけるケン。
「何が!」
反論しようとしたケンに思わず感情的になる。
「母親みたいな口振りはやめてください!」
「私はお前を心配して言ってるんだ!」
「心配しなくても大丈夫です。俺は俺で死なないように努力してます!」
ケンはそう言うと「それじゃあ!」と勢いよく厨房から出ていってしまった。
「なんて奴だ!」
ユリはそう言って地団駄を踏む。
そして、このまま厨房にいても仕方ないので外へ出る。
すると、ミクと吉岡が並んでニヤニヤしながら立っていた。
「子供のお世話は大変だねー」
初めに言ったのはミクだ、
「こっちの気も知らないで、屁理屈を並べるんだ」
ユリが言った。
「でも良いんじゃないですか?」
今度は吉岡が言う。
「何が?」
ユリは溜め息混じりに聞き返す。
「少し前に私も同じような事を言ったら、“分かりました、気を付けます”って言ってましたよ?
」
「なら良いじゃないか」
吉岡には素直なのかとユリは思った。
「私にはさっきのユリさんみたいに話さないんですよ」
「つまり?」
「本音を話す。それだけ懐かれているんですよ」
懐くかれていると聞き、ユリは顔が熱くなるのを感じた。
「だったらもう少し素直に言う事を聞いてくれたって……」
ミクはそう言ったユリの肩をポンと叩く。
「子供だからねー」
「仕方ないですよ。私も彼の気持ち、分かる気がしますし」
ミクと吉岡が言うが、ユリは納得がいかない。
むしろ、尚更そういう子供っぽいところをなおすべきだと思う。
「14歳でしょ? そういうもんだって」
ミクは何が面白いのかニコニコしながら言った。
「でも……!」
「それに素直過ぎる子供なんて何を考えているか分からないから薄気味が悪いよ?」
そういうものかとユリは疑問に思う。
そして、ケンの生意気な顔を浮かべると、やはり引っ叩くべきだったかしらと思うのだった。