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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
佐原ケン
15/112

15話

 例の戦闘の後。ケンはロクでもない事になっていた。

 負傷した脇腹の傷は内臓に達してこそいなかったが、とても軽傷とは言えず、痛みのせいで眠る事すらままにならなかったし、その上に村の女達からは勝手に突っ走って怪我をしたと毎日の様に文句と説教を聞かされる羽目になったのだ。


「で? お前から見てどうだったんだ?」

 志村がミクに問いかける。

「昔のキョウに似ていたかなー? 猿みたいに跳ね回って倒していく、みたいな」

「猿ってお前……」

 もう少しマシな例えは無いのかと志村は顔をしかめた。


「でも良いんじゃない? ケンちゃん、戦いのコツが分かったって言ってたよ」

「どうかな? 本人の思い込みというのもある」


 そう言った志村の顔をミクが覗き込む。

 そのパッチリとしたミクの瞳に見つめられ、志村は自分の心の奥まで見透かされる様な気分になり、思わず目をそらしてしまった。

 実際、彼女は人の心の中が見えているとしか思えない言動をとることが多々あり、志村はミクのそういったところを苦手に思っている。


「あまり気に入らないみたいね。ケンちゃんが活躍するの」


 図星だった。


「奴の立場ってのがある」

 志村は目をそらしながら言った。その視線の先で村の男が2人並んで何かを話しがら歩いている。

 どうやらケンの戦闘の事らしい。


「村の男達はケンに期待する様になった。アイツが活躍してくれれば村における男達の立場も良くなるかもしれないってな」

 ミクは「うん」と頷く。

「だがそうなると女達は村の主導権が危うくなると思うだろうな」

 志村は先程の男達を目で追いながら言った。


 ミクはククッと笑う。

「つまりケンちゃんが活躍したら村の女の人達にいじめられると思っているんだ」

 いじめられると言うミクの言葉に志村は違和感を覚える。そんな易しいものでは無いだろうと思ったからだ。


「まぁ、そういう事になるかな? 面倒は起こさないに越した事は無い」


 フム、とミクはややあって口を開く。


「じゃあケンちゃんに活躍するなって伝える?」

「そんな事言われて納得する訳無いだろ」

「じゃあケンちゃんの活躍を応援するしか無いね」

「そういうものか……」


 ミクはケンの事を気に入っている。志村は男として微かな嫉妬を感じた。


「でも正直なところ私は少し安心した」

「安心?」

「うん。これでケンちゃんも戦力として使えるようになったことにね」


 “戦力”……。気に入っている人間ですら駒として見ているようだと思い、志村はミクの顔を見た。

 そういうミクの感情と理を切り離す事が出来るところを志村は人間らしくない女と常々思っている。


「ケンちゃん、多分これからは活躍してくれるよ」

「随分自信あるんだな?」

「人を見る目はあるからね。でないとここまで生き残れなかったよ」


 ミクはニコニコしながら言う。

 何も考えていない様な笑顔の下。彼女は黒くて冷たい思考を抱えている。

 それが水野ミクの、この世界での処世術だった。


「人を駒にするような言い回しは好きになれないな」


 勿論、そのミクの性格を志村は理解していたし、この世界ではそうあるべきだというのも分かっていたが、志村はそういったものを好きになれなかった。


 まるで外の世界と変わらない。

 あそこも生き残る、というより社会で上手く生きていくには人の良さそうな顔をしながら、いかに人を出し抜くかを考えていかなければならないのだ。

 特に社会で働き利益を得ようと思うのであれば、必然的にそうならざるを得ない。


「勿論、そう考えないとやってこれないのは分かるし、俺もそうしてきたが……」

「人を冷血漢みたいに言わないでよ」

 ミクはムッとした表情をする。


「あぁ……、悪いな」

 志村は全く気の無い返事をした。

 表情こそコロコロ変えても、中の心は全く動じない。ミクはそういう人間だと思っているからだ。


「そういえばさっきケンちゃんの立場を心配していたけど、その必要は無いんじゃないかな?」


 ミクが唐突に話題を変えた。


「どういう事だ?」

「確かに村の女の人達はケンちゃんをよく思わないだろうけど、村の男の人達はそう思ってないんでしょ? だったら……」


 少なくとも村の男達はケンに味方する。

 つまりはそういう事だ。


「それはそうだが、女が男をどうにかするかもしれんよ?」

 志村は言葉を濁したが、要は女達が村の男全員を殺してしまうという事である。

 村の男達の殆どは何らかの戦傷を負っているので、それはやろうと思えば簡単な事なのだ。


「キョウから見て女ってそこまで信用出来ない?」

 ミクが呆れて言った。

「ああ、お前見てると特にそう思うよ」

 志村は口の端を歪めて言う。

「私はキョウの事好きなのになー」

 残念とでも言うような素振りでミクは頭を下げた。

「それは分かってる。……が、そこしか信用出来ないな」


 ミクはそれを聞いて頭を上げた。

 流石に今の志村の言葉に怒りを覚えたからである。

 そして、そのまま志村の頬を引っ叩いた。


「言って良い事と悪い事があるよ」

 怒ったミクの顔を見て言い過ぎた事に気付く。


「悪い……」

「そういうところはケンちゃんと変わらないね。キョウだって子供じゃない」


 返す言葉も無い。


 叩かれた頬がヒリヒリする。痛みこそ大したこと無いが後を引く感じである。


「せめて俺の左腕があればと思うと、な……」

 志村は自分の無くなった左腕を恨めしく思う。

「過ぎたことだよ」

 ミクは冷たく言い放つ。


 自分より年下が戦っているのに、自分は何も出来ない。

 それを志村は恥ずかしいと思い苛立っていたのだ。




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