12話
ケンの初陣から数週間が経った。
初陣の夜、彼は実際に戦闘を経験して、今までに無い死の恐怖を知る。
その恐怖は、強大な圧力となって自分の体を押し潰す様に感じた。
耐えられるわけが無い。
彼はすぐさまに戦闘員から外してもらおうと思った。
外してもらえば、あの圧力で押し潰されることは無いだろう。
しかし、ケンは未だに戦場に立っていた。
志村の言った通りに、一度やると決めてしまった思いに縛られ、戦闘から外してほしいと言い出せなかったのだ。
そして、ケンは今日も廃墟の探索こと戦闘に出る。後悔と恐怖の圧力に耐えながら。
廃墟の町を歩きながら全神経を使って辺りを警戒する。
「来た!」
一緒にいた吉岡が叫ぶ。
その瞬間、ケンは圧力から解放された。頭の歯車が回り出す。
しかし、回り出した歯車は空転してケンの動きを乱し、彼の射撃をあらぬ方向へ導いてしまう。
「どうして当たらない!」
ケンが撃ったレーザーはマンハンターに当たる事は無く、まるで舐める様に外れた。
最終的には一緒に探索に参加していた吉岡や他数名の村の女達がこれらのマンハンターを仕留める。
「もっとしっかり狙えない?」
「これじゃあライフルのバッテリーパックの無駄なんだけど?」
女達がイライラした口調で言う。
ケンは何も出来なかった苛立ちを抱えながら、「すいません」と謝るだけだった。
唯一、吉岡だけは「初めのうちはそんなものよ」と小声で慰めの言葉をかける。
ケンはこの戦闘における自分の存在は無意味であると思った。
しかし、実際は無意味という訳では無い。
確かにケンは敵を撃破した訳では無いが、彼の射撃は牽制としてマンハンターの足を鈍らせていたのだ。
そして、他の戦闘員が鈍ったマンハンターを順に撃破していくのである。
地味ではあるが、ケンは足止めという形で戦闘に貢献していたのだ。
その事はケンに慰めの言葉をかけた吉岡も、ケンに詰め寄った女達も理解していた。ただ、ケンは戦闘経験が浅いので気付いてはいない。
しかし、何故彼が他の女達に詰められるのか。
その理由は、自分達の優位性を誇示するためである。
ケン達がいる村は女の方が数が多い。
これは男を優先的に探索に出し、その戦闘で男が次々と死んでしまった結果である。
その為に今度は女が探索及び戦闘を行うようになった。
そうなれば当然、村のイニシアチブをとるのは女になる。
しかし、ここで男であるケンが戦闘で活躍したとあれば、村の男達がケンを祭り上げて、村のイニシアチブが再び男達の下になりかねない。
村の女達はそれを恐れているのである。
そういった理由から女達はケンをあまり戦闘で活躍させない、もしくは手柄を自分達で横取りすることで、彼の村における地位をなるべく下位に留めようとしているのだ。
もっともケンは自分が余所者で、未だ村から信頼されていないので、このような扱いをされていると思っているのたが……。
「もう、いいよ。君、先に戻って」
女がため息混じりに言う。
これ以上いても無駄だとでも言うような口振りであった。
その言葉を聞いたケンはスコップで胸をえぐられたような感覚を覚える。
「分かりました……」
そう返事をするケンの胸中は複雑だった。
何も出来ない自分に怒りを覚えると同時に、探索から外れることで戦闘をしなくて良いという安堵である。
その2つの感情はドロドロと混じってケンの心を重くした。
「じゃあ、これだけ持って行って」
もう1人の女がここまでの探索で手に入れた物資が入った鞄をケンに渡す。
「分かりました」
それを受け取ると「では、先に戻ります」と言ってケンはトボトボと村に向かって行った。
「大丈夫ですかね、彼?」
ケンの小さい背中を見送りながら吉岡が尋ねる。
「村までのマンハンターは片付けたから大丈夫でしょ」
「いや、そうじゃなくて……」
吉岡はケンが落ち込んでいたことを尋ねたのである。しかし、女はケンが帰り道にマンハンターに襲われないかという事を尋ねられたと勘違いしていたのだ。
「何か?」
そう言った女を吉岡は一瞥すると、そこまで心配しても仕方ないかと思い直す。
そもそも彼とはそこまで親しくないのだ。
「いや、何でも無いです」
吉岡はそう言って探索の続きをしようと気を取り直した。