最終話
「こういう時、男ってのは弱いもんだな」
要塞内。
特設された分娩室の前でアキラが頭をかきながら呟いた。
分娩室前の廊下にはパイプ椅子が並び、そこに武器屋旅団の男達が座っていたり、ウロウロと落ち着きも無く歩き回っている。
「大丈夫でしょう。元々、ここには医療器具はそれなりあったみたいですし、ファクトリーから持ち込まれたり、サルベージされたものなんかもありますから」
そう言ったのは先生である。
「あれから4ヵ月経ったのか……」
アキラは遠い目をして思い出す。
4ヶ月前、オーバーロードナイトと武器屋旅団は連合して、マンハンターの拠点であるファクトリーに攻勢をかけた。
結果として、そこの管理者である安野優をケンが殺害したことでファクトリーは自爆。
ファクトリーの技術は瓦礫と共に湖の底に沈んだ。
この時のケンの行動を咎める者はその場にいなかった。
そこにいた誰もが全員、ケンと同じ立場だったら同じ行動をしなかった自信が無かったからである。
「我々がマンハンターに作られたクローンか……」
「外の世界の記憶はコピーされたものらしいですね」
「目的は?」
「データを取るためだとか……」
安野優が明かした事実。
オーバーロードナイトはこれを公表すべきかどうかを決めかねていた。
自分が自分で無いと知った時、人はどうなるのか?
全員が全員、ケンの様に開き直ることは出来ないのである。
「エミリの様子は?」
ケンが尋ねる。
「今はそっとしておきましょう」
先生が頭を振りながら答えた。
大高エミリは事実を聞かされ、外の世界へ帰ることが出来ない、自分が自分で無いというショックから寝込んでしまい、部屋に閉じ込もっていた。
「公開はしない」
オーバーロードナイトの総長である船前はそう決断した。
表向きにはファクトリーは自爆して何も得られなかったということにされたのである。
パニックを起こさない為にはそうするより無かった。
そして4ヶ月が過ぎ、武器屋旅団の団長である星ユウコが出産する日がやってきたのだ。
ファクトリー攻略より、この時の緊張感の方が大きかったと後に彼らは語るようになる。
やがて分娩室から産声が聞こえてきた。
その瞬間、全員の視線が分娩室の扉に突き刺さった。
「終わりました……。母子共に健康です。……え?」
扉から出産を担当した医者が現れて言う。団員全員の視線が自分に突き刺さっていることに気付いて驚きの声を最後に漏らした。
「元気な男の子ですよ」
医者が言い終わった瞬間にわっと歓声が起こった。
団員達はハイタッチをしたりガッツポーズをとったり、足踏みをして喜ぶ。
「ありがとうございます!」
アキラに至っては医者の両手を握って上下に振りながら喜びの感情を示した。
「いや、産婦人科医をやるのは初めてでしたけど、そちらの泉さんをはじめとする女性陣には助かりましたよ」
この医者は元々皮膚科医だったのだが、オーバーロードナイトでは1番医療知識に富んでいるということから、外科から内科の変わりなども行っていた。
その為に、今回はユウコの出産までやることになったのだ。そんなことをするのは初めてであったが、泉を中心とした女性陣に助けられたらしい。
「医者になる時に一通りの知識は身に着けましたけど、これほどヒヤヒヤしたのは初めてですよ」
医者は苦笑する。
もっともその言葉を聞いていた者はいなかった。
その後ろから分娩台が現れたので、一同がそちらに関心を寄せたからである。
分娩台には疲れ切てはいるが嬉しそうにしているユウコと産まれたての赤子が並んで横になっていた。
「ユウコ……! ユウコ……!」
アキラは震え声で言う。
「……うるさい!」
ユウコは疲労の混じった微笑みを浮かべながら言葉を返した。
団員達は我も我もとユウコの横にいる赤子を一目見ようと押し合う。
「ちょっと! 危ないでしょ!」
泉がピシャリと大声を出してそれらを咎めた。
その声に反応するように赤子は泣き声をあげる。
生命力に満ちた元気な声であった。一同は再び喜びの感情をそれぞれの形で示す。中には踊り出した者もいた。
「見たかよ。ファクトリーなんぞ無くても人間は産まれる」
赤子を一目見たので廊下の隅で椅子に座りながらケンが呟く。顔に微笑を浮かべている。
「でも、効率が良いのはクローンだろうねぇ……」
加村である。
「だろうさ。だが、苦労して産まれるから命っていうのは大切に思えるし、殺しがどんなに汚いかが分かるってもんだろう」
「それは皮肉かい?」
ケンも加村も散々殺しをやってきた。
今まで殺してきた人数は数え切れない。
そんな人物が命の大切さを語るなどというのは滑稽な話だと2人は思う。
「ま、それが分かっていてもそうせざるを得ないことばかりだったし、これからもそうだろうけどな」
ケンの言葉に加村はフッと軽く笑って答えるだけであった。
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それから半年後のことである。
武器屋旅団もオーバーロードナイトも落ち着きを取り戻した頃、オーバーロードナイトからある事が発表された。
8番隊の再編である。
現在のオーバーロードナイトは7番隊までしか無かったが、その前には8番隊という要塞の外で情勢を探ることが担当の部隊が存在した。
これは途中で行方不明となっており、全滅したと見なされ廃されていた。
しかし、ファクトリーの消滅した為に、近辺のマンハンターが増産される事は事実上無くなり、残ったマンハンターも統率を失い、以前に比べると動きが散漫になった。
さらにここ半年の間に残ったマンハンターの討伐が行われたことで戦力が低下した為、要塞外への出入りが容易になったと判断され、再編されることになったのである。
「本当に行くのか?」
ユリが声をかける。
その先にはグレーの軽装甲服を着用して、その上にオリーブグリーンのマントを羽織るケンの姿があった。
肩当てにはオーバーロードナイトのマークに8の数字が描かれている。
「ああ」
バックパックを背負いながらケンは短く答えた。
ユリはその背中を見て、いかにもケンらしいことだと思う。
ケンはオーバーロードナイトの8番隊に入ったのである。
「ファクトリーとか、安野優とか、ああいうのが他にもいるというのはどうもな」
気に入らないとは言わなかった。
しかし、ユリには言わなくてもそれが分かる。
「でも8番隊は要塞の外の状況を調べるのが仕事だろ? ファクトリーを制圧する機会は無いかもしれないぞ?」
ケンが8番隊に志願したのは正にそれが理由であり、彼はオーバーロードナイトに入隊して、各地にあるファクトリーを制圧しようという無謀ともいえることを考えているのだ。
「しかし、武器屋旅団はファクトリーに手を出すことは無い。何よりしばらくは動けないだろう?」
武器屋旅団の団長であるユウコと副団長であるアキラの子供が理由である。
流石に、産まれたての赤子を連れてギジの世界を歩くのは危険すぎるということから、旅団はこの地に留まることになったのだ。
再び旅に出るのは何時になるかは分からない。
「それに、これは俺の性分かもしれないけど、1つの場所に留まって安穏と過ごすのは退屈でやってらない」
ケンはこれまでずっと旅をしてきた。
初めにいた村やトウの街などで過ごしてきたことはあったが、安穏とした生活では無かった。
ケンにとっては旅をしていることが自然体なのだ。
「そうか」
ユリは微笑みながら言う。
旅支度を済ませたケンとは逆にユリは愛用のレーザーライフルも持たず、旅歩きように改造されたジャケットも装備してない。
ユリは要塞に残ることを選んだのだ。
「いつでも帰って来ていいからな?」
彼女はケンの側にいることよりもケンの帰る場所であることを望んだのである。
「……着いては来ないんだな」
ケンはわずかながら寂しそうな表情で言う。
「今まで散々と旅をしてマンハンターの秘密まで辿り着いたんだ。もうお腹一杯だよ」
ユリはケンとは違い、日々の平穏に価値を見出していたのだ。
自分とケンは生き方が違うのだとユリは割り切っていた。
ケンは旅をしながら戦い、その中で心の空白を満たそうとしている。
やがて、彼がそれに飽きた時に自分が帰る場所となって受け入れれば良いと思うのだ。
「気の済むまで旅をして……、疲れたら戻ってこい」
ユリはそう言うとケンの両肩に手を置いてケンの身体を自分の身体に寄せる。
「そうさせてもらう」
そのままの体勢でケンが答えた。
ケンの顔が少し紅くなったようだ。そういうところは純粋な少年だとユリは思う。
「それじゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
ケンの身体が離れ、部屋の外へ歩き出した。
彼の旅はまだ終わっていない。
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これは、その数年後の出来事である。
ケンが所属する8番隊は各地を周りオーバーロードナイトに様々な情報を持ち帰った。
それにより、オーバーロードナイトは各地と交流を結び、規模を増大させることになる。
その途上で本隊から外れた行商人連合と8番隊が接触。
行商人連合の本隊が全滅したことを告げるが、その時の代表者は「そうか」の一言で片付けた。
各地に散り散りになっていた行商人連合は既に独自の組織として完成されていたのだ。
また、8番隊は各地を巡る中でファクトリーど同様の施設を複数発見。
ケンと同じく8番隊に入隊して、8番隊の隊長に任じられた加村の指揮の元で、比較的小規模なファクトリーの制圧を行う。
しかし、その全てが自爆してしまい得られるものは少なかった。
そしてアキラとユウコの間に産まれた子供はと“望”と書いてノゾムと名付られた。
望は性格の強い旅団の面々の中で育ちながらも比較的マトモな性格に成長していく。
もっとも、10歳になる時には既にレーザー式の短機関銃である“でんでん銃”を片手にマンハンターと戦闘を繰り広げていた辺りは、流石に武器屋旅団の子供といえるだろう。
その他の人物であるが、オーバーロードナイト総長の船前は8番隊発足の4年後に病死する。
新しい総長として、それまで副長の座にいた中村が推され、副長には1番隊の隊長である大野がその役に就いた。
武器屋旅団の面々としては、ケンの後輩である大高エミリは落ち着きを取り戻した後に旅団を抜けて要塞の市街地で食堂を営むことになった。
泉はエミリの食堂を手伝いつつも、年長者としてユウコやアキラの生活の面倒を見ることになる。
メカニックである先生は、そのままオーバーロードナイトに残り、武器の開発やマンハンターに関する技術の解析を行うことになった。
旅団の団長であるユウコは武器屋旅団の活動を停止させ、アキラと共に子育てに励んだ。
その周りには常に旅団のメンバーがいたために、息子の望に悪影響が無いかという心配も抱えることになったが。
加村はオーバーロードナイトの8番隊の隊長に任じられた。
要塞の外を回ることを考えれば、要塞内に長くいたオーバーロードナイト内部の人物よりも、外を知っている人物の方が適切だったからである。
また、8番隊の隊員のほとんどが活動停止のために何もやる事が無くなった武器屋旅団のメンバーだったことが大きい。
そしてケンとユリである。
ケンは8番隊の一員として各地を巡ることになった。
その中で何度も命の危険に晒されることになったが、必ず要塞にいるユリの元へ帰ってきていた。
ユリはそんなケンを待ちながら要塞周辺の廃墟から手に入れた物資を販売して過ごしている。
ある日、武器屋旅団のメンバーが「ケンと一緒にいなくて寂しくはないのか?」の尋ねたが、彼女は笑いながら「いつかは一緒にいることになるだろうから、これくらいの距離感で丁度良い」と答えた。
それを聞いたケンも「そうだろうさ」と言う。
この2人はその途上はどうあれ、最後は一緒にいるだろうとお互いに思っているのだ。
こうして、1つの世界の中でそれぞれの人物が違う道を進んでいった。
それは世界が違ったとしても、同じ人間である限りは変わらないのだろう。
〜完〜