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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
自分と世界とその正体
110/112

110話

 ケンとユリの辿り着いた空間は巨大な球状の内側であった。

 壁は白一色であり、辺りは明るいが照明のような物は見えない。

 何より不思議なのは空間のあちこちに四角い映像が忙しく飛び回っていたことだ。所謂、立体映像というべきものであろう。


 映像も様々であり、このファクトリー内部や要塞周辺の廃墟であろう場所、更にはオーバーロードナイトの占拠している要塞までもが映っていたのだ。


「ここまで辿り着いたのは予想外だったな」


 男の声が聞こえた。明るくて陽気な声である。


「誰だ?」

 2人は声の方に視線を向けた。

 部屋の中央である。


 そこには腰くらいまでの高さの白い円柱が立っており、その上な声の主である男があぐらをかくように座っていたのだ。

 顔付きから年齢は20代半ば、中肉中背で短いが収まりの悪い黒髪を頭に生やしている。

 特徴らしい特徴が無い男であった。


「私は、安野優と名乗らせてもらっている。……そしてマンハンターの管理者だ」

 その陽気な声で組まれた言葉の意味を2人は瞬時に理解出来なかった。

 何を話していたのかは理解したのだが、言葉の内容が衝撃的だったのである。


「安野優? 行商人連合の代表者じゃないか?」

 それを指摘したのはケンであった。

「でも、今マンハンターの管理者って……」

 ユリである。

 マンハンターと行商人連合、この2つの勢力に関係性を見出だせず、思考の中は疑問符で溢れていた。


「まぁ、君達やオーバーロードナイトが知っている行商人連合とは違うよ」

 安野は屈託の無い笑みを見せる。


「説明しろ」

 ケンは“でんでん銃”のグリップを強く握った。


「ここへやって来たのは君達だけじゃ無いということさ」

 安野は指を鳴らす。

 空中に浮かぶ映像内のオーバーロードナイトの隊員の動きが変わった。




/*/




「何だ? この空中映像は!」

「見てください! 佐原君と白河さんです!」


 各エリアにいるオーバーロードナイト達の前に、ケン達が映る空中映像が現れたのだ。


「行商人連合とマンハンターのボスが一緒だって?」

 隊員達が騒ぎ出す。

 それと同時に戦闘中のマンハンターの動きが止まる。


「何やら、彼らは大変な所へ辿り着いたようですね」

 感慨深そうな声を出したのは武器屋旅団のメカニックである先生であった。

 技術者として映像と同時に聞こえた会話の内容は実に興味深かった。




/*/




「今の内に退路を確保! 止まったマンハンターから武器を取り上げるんだ」

 同じ頃、マンハンターと戦闘中であった船前は隊員達に指示を出していた。

 何故、マンハンターの動きが止まったのかは分からないが、ケン達と対峙している男がマンハンターの管理者であるならば、そういうことも出来るだろうと思う。


「会話の内容は?」

 そばにいる副長の中村に尋ねた。

「速記が得意な奴がいるので記録させてます」

 中村が答える。

 その後ろでノートとペンを抱えいる隊員が忙しく手を動かしていた。


「元は道順を記録していたんですがね……」

 隊員が苦笑する。

 彼は今まで通ってきた道をノートに記録していたのだ。


「録音機材があれば良いんだが……」

「本隊がうまくやってますよ」


 行商人連合の代表であり、マンハンターの管理者であることを名乗った安野優。

 このファクトリーの最下層と思える場所にいたことからもそれは疑いないだろう。

 だとしたら、これはギジの世界にとって重要な出来事だと船前は思った。




/*/




「君達は行商人連合とオーバーロードナイトが1つの勢力だった時、ここを発見したのは知っているだろう?」

「その時に行商人連合はファクトリー上層階を制圧、下層階でマンハンターと膠着状態になったという話だな」

「そうだ。その時に行商人連合の一部の技術者は、制圧した階層から下層階に潜り込む通路を発見してね。君達が今まで見てきたエリアに足を踏み入れたんだ」

「あの試験管やブルタンクの工場か」

「その通り」


 元々、オーバーロードナイトは行商人連合内の戦闘部隊であった。

 彼らはファクトリーの上層階を制圧し、しばらくはそこを拠点としていたが、マンハンターとの膠着状態に陥った時に、行商人連合の技術者が制圧エリアの調査の為にそこからオーバーロードナイトを追い立てたのである。

 その時に行商人連合の技術者は下層階への通路を発見したのだ。


「その時だね。彼らはこの世界と自分達の真実に気付いたのは」

「真実?」


 ユリが声を出す。

 安野は視線をケンに向けた。


「佐原ケン。君は薄々気付いていたんじゃないのかい?」

 そう尋ねられてケンは苦々しい顔を見せる。

「どういうことだ?」

 自分が気付かなかったことにケンは気付いていたのかとユリは僅かに驚く。


「そのモニターは人間の思考も映すのか? 何にせよ悪趣味だな」

 ケンは皮肉を持って返す。


「やっぱり、気付いているみたいだね。自分が“佐原研”で無いということに」

「……」


 安野の告げた言葉に対してケンは無言で答える。それは認めたく無いが肯定であることを意味していた。


「おかしいとは思っていた。俺が外の世界でどういう人物だったのかは覚えていたが、学校の名前とか外の世界の奴の顔とか、細かい事を思い出せないことに」


 その言葉にユリは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 自分にも思い当たる節があったからである。

 そもそも、これまで自分はこのギジの世界に来てから外の世界でどのような生活をしていたか記憶が曖昧だったのだ。

 勿論、知識としてのそれはあったが、自身の経験としての記憶は僅かな量しか引き出せなかった。


「そういえば、私は自分が外の世界で何をやっていたかを話したことが一度でもあったか……?」


 ユリの脚が震える。

 そしてケンに視線を向けた。


「ケン? いつから気付いていた?」

 声も震えている。


「気付いたのはここに来てからだ。でも、その前からおかしいとは思っていた。大高を拾った辺りからな」

「大高エミリ? お前の後輩だった?」

「そうだ。アイツとこの世界であった時、俺はこの世界に来て1年以上経っていた。それだけ時間差があるのにも関わらず、お互いにそのことには話題にも登らなかった。本来なら俺は外の世界についてアイツに尋ねるはずなのにな……」


 ついでに言えば、1年経っていたにも関わらずお互いに誰かがすぐに分かるというのもおかしな話である。

 1年経てば、当時は成長期であった2人の容姿はかなり変わっているはずなのだ。外の世界ならまだ分かることがあるだろうが、このギジの世界なら別である。

 顔は煤と埃で汚れ、何度も死線をくぐり抜ければ表情も変わる。


「まぁ、外の世界について触れないように君達には刷り込みをしていたからね」

 安野はケンとユリの様子を見比べながら、相変わらず微笑んで言った。


「刷り込み……? どういうことだ? 私達は一体なんなんだ……?」

 ユリの力無い言葉に安野が口を開く。


「クローンだよ。外の世界にいる本当の人間のクローンだ」

「クローン?」


 安野の言った言葉を口の中で呟くユリ。

 それと同時にケンが先程まで戦っていた偽物をクローンと呼んでいた事に気付く。


「あの試験管だらけのエリアがあったろ? あれがクローンの工場って訳だ」

 忌々し気にケンが言った。

 言われてユリは例の試験管とベルトコンベアのエリア、そして試験官の中身が丸くてピンクをした肉塊のような物であったことを思い出した。


「あれは……、そういうことか……」

 納得と同時に強い生理的嫌悪を感じる。


「君たちは外の世界にいた人物から遺伝子情報と記憶をコピーしたものだ。もっとも、身体はともかく記憶の完全なコピーは出来なかったけどね」


 安野は話を続けた。

 ここにいる佐原ケンと白河ユリは、外の世界にいる佐原研と白河由利とは別の人物であり、それまで外の世界で過ごした記憶は自分のものでは無いということだ。


「そして、ここに来た行商人連合はその事に気付いたのさ」

 ケン達よりも先に行商連合は自分達がクローンだと気付いたのだ。安野はそのことを淡々と話し続ける。


「彼らは制圧した上層階の扉を閉じて、ファクトリー内に篭ったのさ。……何を思ってのことは分からないけどね。ここの技術を一人占めしようとしたのか、自分達がクローンであることに気付いて絶望したのか……」


 それは行商人連合とオーバーロードナイトが完全に別組織となった時期であった。

 この時点で行商人連合とオーバーロードナイトは一切の接触が無くなる。


「まぁ、どちらにせよ彼らにファクトリー内に何時までも籠もられれば厄介なので始末したけどね」

「道理でオーバーロードナイトが呼びかけても行商人連合は反応しなかった訳だ」


 淡々と話す安野であったが、それを聞いているケンも淡々としていた。


「しかし……、行商人連合を始末した後に外の様子を伺えば、オーバーロードナイトがここを攻める為の要塞をすぐ側に築いていたのは驚いたよ」

「ふーん、世界の全てを知ってるようなツラをしているのに驚くんだな」


 ケンが皮肉を言う。

 隣にいるユリはそんなケンの余裕がある心情が理解出来なかった。

 自分が記憶の中の自分という存在では無かったという事実を知らされて、この人物はどうして淡々としていられるのか?


「おかげでマンハンターで無くて、適当なクローンを作るハメになったのさ。要塞の情報を手に入れるには同じ人間をそちらに潜入させる必要があったからね」


 ユリの心境を無視して安野は話を続け、ケンはそれを聞きながら不愉快そうな反応を見せる。


「成る程。俺達が上で戦っていた行商人連合はそれか」

「そういうことさ。もっとも、急場しのぎで作ったのがほとんどだったから戦闘技術の刷り込みができずに、薬物投与で戦闘力を上げていたけどね」


 安野にとってオーバーロードナイトがファクトリーに侵攻してくることは予想はしていたが、それに対処するだけのマンハンターを用意する時間が足りなかったのだ。

 ファクトリーの上層階から本物の行商人連合を始末するのに手間取ったからであろう。


「本来なら、君達みたいに何らかの強化をしたかったんだけどね」

「強化?」


 ケンが目を細める。


「そうだ。君達の元になった人物そのままをコピーしたら、この世界では都合が悪い。……マンハンターに殺されてしまう」

「何を言っている。俺達はこうして生き延びているぞ」

「そうさせる為にさ。君達の身体能力なんかを少し調整している。……例えば、佐原ケン。君は瞬発力と反射神経を常人よりも強化されている」

「そういえば……」


 やや落ち着いたユリが安野の言葉を聞き、ケンの行動を振り返って呟いた。

 ケンの戦い方は基本的に障害物を盾にしながら、あちこちを飛び回る様に移動して弾幕を張りつつ接近戦を行うスタイルである。

 ユリはそれを何度も見てきた訳だが、そのケンの動きは常人を遥かに超えた俊敏さだった。


「そこの、白河ユリ? 君は空間把握と精密動作に長じるようにしてある」


 その安野の言葉にユリはショックを受ける。といっても、自分達がクローンであると知らされた時ほどでは無かったが。

 それでも自分のこれまで生き残ってきた事さえも意図的に作られたモノによるものであるというのは強い嫌悪感を覚えた。


「私は、これまで生き残ってこれたのは自分の力だと思っていたけど……。それさえも作られたものだったのか……」


 暗いを声をユリは絞り出す。


「全部が全部という訳じゃ無いさ。与えた才能を開花させるには努力が必要だ。君達が生き残ってこれたのは間違い無く君達の実力で我々は関与していない」

「才能さえも与えられたものか。伸ばしたのは自分とはいえ、不愉快な話だな」

「元の人間はそこまで便利な生き物じゃないからね。住む世界が変わったから活躍出来るなんてことは有り得ないよ。人間は何処まで行っても同じ人間さ」

「それは分かっている。外の世界でダメだった奴がこの世界に来て急に立派になったなんて話は俺も聞いたことが無い。……俺の外の世界の記憶が作り物じゃなければな?」


 暗い顔をするユリに対して、ケンは相変わらず平然としているように見えた。


「で? 俺達を作った管理者様は一体何をするつもりなんだ?」

 ケンは嘲笑するような表情であったが、その眼の中に怒りを内包してことにユリは気付く。


「別に何も。私はこの世界で生活する君達を観察するだけさ。それが私の役割だからね」

「役割?」

「そうさ。この世界は私達が作った訳じゃ無い」


 それは意外な言葉であった。

 このギジの世界に住む人間とマンハンターを管理しているにも関わらず、この人物はこの世界の創生には関与していないのである。

 安野優という人物はあくまで管理者でしか無いのだ。


「じゃあこの世界を作ったのは誰だ?」

 ケンが尋ねた。当然の疑問である。

「さぁ? 私達は管理者でしかな無いからね。それ以上の事は分からないよ」

 とぼけているのかとケンは目を細めるが、安野の表情を見て本気で言っていると直感する。

 安野が見せる表情は機械的であり、感情から出たものとは違うと思ったからである。

 もし本当にとぼけていたなら質問したところで答えないだろうとも思う。


「じゃあ別の質問だ。さっきお前は私達と言ったが、ここと同じ様な場所が他にもあるのか?」

 それはファクトリーが発見されてからオーバーロードナイト内でも予想されていた事柄である。

 ギジの世界の広さに比べれば、ファクトリーの規模はあまりにも小さかった。


「そうさ。流石にここだけで世界全体のマンハンターは人間を管理することは難しいよ」

 安野は肩をすくめて見せた。

 それを聞いたケンはややあって息を吐く。


「それだけ分かれば充分だ」

 ケンの言葉は淡々としている。

 その言葉の中には鋭く冷たい刃のような怒りに満ちていた。

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