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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
自分と世界とその正体
108/112

108話

 後方の扉は閉まり、左右には作業用マンハンターと起動前のブルタンク。

 そんな中を進んでいた時である

 短く低いが鳴り、船前のトランシーバーから音声が聞こえたのだ。声の主はオーバーロードナイト副長の中村であった。


《聞こえますか? 船前総長?》


 その声を聞いた時、一同は目の覚めるような歓喜を覚えた。

 ようやく味方との連絡が取れたのである。


「あぁ、無事だよ」

 船前は何とも無しという体で答えた。

《それは良かった。しかもお互いに近くにいると見てよさそうですね》

 トランシーバーから聞える声は明瞭とは言い難いが、どんな言葉を話しているかは聞き取れる範囲である。


「そのようだね。そちらの様子は?」

《3番隊に仮の拠点を作らせ、1番隊が各エリアの制圧に出ています。もうすぐ残った4番隊と街の行商人連中が増援で来るかと》

「君達は?」

《総長を探していたんですよ》

「それは……、苦労をかけたね」


 台詞の割に船前は悪びれる様子も無く言う。その時、一瞬ではあるがザッという音が鳴り、通信が途切れる。


「ん? どうした?」

 通信が安定しないのかと軽く考えて尋ねた。

「大量の……、マンハンター? 何ぃ!」

 トランシーバーから雑音混じりに中村の声が聞こえた。

 声の様子から敵襲を受けたことを船前は察する。それも中村が声を荒げる程なので、余程の数がいたのか、思わぬ所から奇襲を受けたのか、何にせよ危険であることはすぐに理解出来た。


「中村が危ないな。急ごう」

 船前は淡々と言って早足で歩き出す。

 一同もそれに続いた。


「あれだ」

 目前に開き放しの扉を見つけて一同は走り出す。

「真っ直ぐ行った所に開いた扉か。通信が繋がる訳だ」

 ケンがその偶然を感心して呟いた。

 扉の外からは戦闘音が響くことからも、この先に中村達がいるのは確実であろう。


 一番最初に扉に飛び込んだのは佐原ケンであった。船前達の中では彼が一番足が速かったのである。

 外にいた時は運動は苦手としていたが、このギジの世界で戦い続けるうちに鍛えられたのだ。


 飛び込んで戦闘音の方向に愛銃である“でんでん銃”を向ける。

 目の前にマンハンターの姿を確認して、右から左に薙ぎ払うように銃口を動かして弾幕を張った。


 先頭のマンハンターが倒れるのを目で見るより先に感覚で確認してその場を飛び退く。

 中村達はケンの後ろにいたのである。


「火線の中に飛び込んで平然としている? 正気でやれることなのか!」

 中村がケンの行動に驚く。

 ただ、これはケンが敵の位置と中村達の位置を把握しないまま飛び込んだことであり、意図的にとった行動では無い。


 実際にケンはこの行動の後、すぐに中村達が倒したマンハンターや持ち込んだ物で作ったバリケードらしきものの影に隠れたのである。

「……位置を確認してなかった」

 冷や汗を流し、自分の迂闊さを思いながら呟く。後先を考えない癖を直さないと駄目だと思ってみるが、持って生まれた性分であるために変わらないだろうとも思う。


「無茶をする」

「船前さん達も来ている」


 中村の言葉を無視してケンは船前が一緒であることを告げた。その報告は中村にとって嬉しい報告であったが、喜ぶ前にこの状況をどうにかするのが先決だと自身の感情を理性で潰す。


 その横でケンは倒れていた味方の死体の襟首を左手で掴むと、そのまま持ち上げて自分の前に置いて盾にする。

 そして、その陰から射撃を開始した。


「気に入らないやり方をするな」

 中村が鋭い視線をケンに向けるが、ケンは気にすること無く射撃を続ける。


 やがて中村達に船前達も合流した。

 2つの部隊が火力を集中させたことでマンハンター達は次々と倒れ、5分もしない内に全滅する。


「やれやれ、ようやく合流出来ましたね」

 中村が口だけで笑う。

「全くだ。お互いに無事で何より」

 船前も微笑を浮かべて応じた。


「それよりも、ここは何なんだ?」

 疑問を投げかけたのはケンである。

 足元はいくつもの細長いパネルを横に並べた床になっており、その所々に金属製の箱が配置されていた。

 中村達がバリケードの材料の幾つかはそのケースであった。


「分からん。中は機械みたいだが……」

 中村は箱の蓋を開けてみる。中には電子回路に透明なコードが大量に詰まっていた。


「ブルタンクの部品じゃないですか?」

 ユリである。

 彼女は通路の所々にブルタンクの工場に向かっていくつもの穴が空いているのを指差した。


「ならここは通路じゃなくて部品を流すベルトコンベアみたいなものか」

 中村は箱の中に使えそうな部品が無いことを確認して呟く。


「しかし、ここはまだ奥に続いているな」

 床のベルトコンベアは背後でL字に曲がり、やはりブルタンクの工場へ向かっている。

 しかし、それとは別の通路が曲がり角の奥に続いていたのだ。


「行ってみるか」

 そう提案したのはケンである。

「待て待て、ここは一時味方のところに戻った方が良いんじゃないか?」

 中村が率いていた隊員が言った。彼の言うことも一理ある。

 これまでの戦闘で武器のバッテリーの数が著しく減っていたのだ。

 倒したマンハンターから回収しても不安が残る。


「ここの調査は必要だ。それに、ここの警備システムが作動したらしいのに、帰り道なんて分からないんじゃないか?」

 ケンが答える。

 どうしてもここの奥へ行くことを止めるつもりは無いらしい。

 その様子を見た船前はケンの無謀さに呆れて苦笑する。


「なら、ここで二手に別れるかい?」

 加村が口の端を吊り上げて、嘲笑とも苦笑とも付かない顔で尋ねた。


「正気か?」

 隊員の1人が声を上げた。

 それを聞きながら船前は考える。


「いや、それも1つの手かもしれないな」

「総長!」


 咎める隊員を船前は手で制止した。


「確かに佐原君の言う通りに戻る道があるか分からない」

 先程、自分達で警備システムを発動させたのはマンハンターの動きを見れば明らかだ。

 そうなれば戻る為の通路が塞がっていてもおかしくはない。

 それなら奥へ続いている道を行くのも手だと思う。

 しかし、全員で行くのはどうかとも思い、加村の二手に別れるという意見に賛同したのである。


「もっとも、ここから先は警備も厳しいだろうけどね」

 ファクトリー内でも特に重要な箇所に近付いているのは、これまでの道程を見れば明らかだ。

 危険であることを船前が言う。


「だからさ。ここから先は俺だけで良い。どちらか一方が外へ辿り着くなり、ファクトリーの機能を制圧すればいい。人数が少ない方が目立たないしな」


 無茶を言うものだと船前は見えないように苦笑する。

 おそらく佐原ケンは、自分が失敗した時に犠牲者を出さないように気遣って1人で行くと言ったのだろうと察したからだ。


「いや、私も付いていく」

 そう切り出したのはユリである。

 加村と中村も同じ事を考えていたのだが、ユリが機先制したので開きかけた口を閉じた。

 まさかユリがそんなことを言い出すとは思ってもみなかったのである。


 しかし、それはユリからしてみれば当然であった。

 ここにいる中でケンとの付き合いは1番長く、彼に対しての感情も強い。

 それは水野ミクが死の間際にケンを任せた時から非常に強くなっていた。

 彼女はケンの人生を見届ける、あるいは一緒に進んでいくことを決めていたのである。


「ユリさん……」

 もっともケンとしてはユリには極力危険を冒してほしくは無かった。

 ケンにとって、彼女が生きている事こそが今まで様々な事をやってきた自分の慰めであったのだ。


 しかし、ユリの心情をケンは理解していることから、ここで止めても聞かないだろうと思い、ユリが付いてくる事にあえて何も言わなかった。


「仕方ないな。我々は今まで来た道を戻って体制を立て直す」

 中村が言う。

 上にいるはずの部隊をまとめなければならない。それには船前も必要だろうと思った。


「補給が終わったら戻るさ」

 加村である。彼も武器屋旅団を率いていたので、ケンと一緒に付いていっては旅団を指揮する者がいないことに気付き後退を決定した。


「じゃあ頼むぞ。こちらは何とか戻る道を探してみる」

 中村がケンの肩を叩いて言う。

 

 こうしてケンとユリは奥へ探索に向かい、船前達は一度来た道を引き返すことが決定される。

 肝心のバッテリーは先程倒したマンハンターから回収したものを人数に応じて分配した。


 お互いに背を向けてそれぞれ違う方向へ歩き出す。

 その途中、ケンに付いてきたユリが口を開いた。


「どういうつもりなんだ? 1人で行くなんて」

「いつも通りさ。集団行動に飽き飽きしていた。たまには羽を伸ばしたい」


 ケンは悪ぶった口調で答える。

 言葉だけ聞けば、昔の生意気な佐原ケンを思い起こさせるが、ケンの表情を見てユリは本音では無いなと思う。


「生意気な言い草だな。……で、本音は?」

 ユリの意外な返しにケンは僅かに驚く。

「お前との付き合いは長いんだ。それくらいは分かるさ」

 その驚いた表情を見たユリは満足気な顔で笑ってみせる。

 心の中を見透かされた、羞恥の様な感情が湧き上がりケンはユリから目を逸らした。


「何か意図があると思ったなら買い被りだ。俺は単純にこの奥が見たいだけだ」

 今度はやや不機嫌さを帯びた顔になる。見ようによっては無愛想でもあった。

「そうか?」

 今度は先程の言葉よりかは本音に近いとユリは思う。

 しかし、まだ何かあると彼女の経験から来る直感が告げていた。


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