106話
どれくらいの時間座っていただろう。
ケンは縦に長い柱のようなベルトコンベアの制御機らしき物を背もたれにしてユリの隣で腰を降ろしながら考えた。
だが、それよりもあの志村とミクの形をしたアレが何であるかという疑問が彼の思考を占拠する。
そして、それは隣で蹲っているユリも同じであった。
「何だったんだろうな、あれ……」
初めに口を開いたのはユリである。
「偽物、としか言いようが無い」
ケンはそれに対して短く答えた。実のところはその正体をいくつか予想していたが、 結局のところは偽物と結論付けるしか無かったのだ。
「そろそろここから離れよう」
ケンは立ち上がって言った。
「また、移動するのか?」
ユリがケンの顔を見上げて尋ねる。
「このまま、ここにいてさっきみたいな偽物が出てきたら困るだろう? 志村さんやミクさんはともかく、狙撃が得意な加村辺りの偽物が出てきたら敵わないぞ」
「それもそうだな」
ケンの言葉にユリも同意する。
偽物とはいえ、知り合いの死体が転がっている場所に何時までもいるのは気分の良いものでは無かったからだ。
「行こう」
2人はそれぞれの得物を持って歩き出した。
「おっと……」
数歩進んだところでケンは何か柔らかい物を踏み付ける。
「どうかしたか?」
ユリは急に声をあげたケンに尋ねた。
ケンは自分が何を踏んだかを確かめるために足をあげる。
「……」
そこには潰されて半分ほどの姿になっている薄紅色の球体が転がっていた。例のベルトコンベアで流されていたガラス容器の中身である。
潰れた球体の中からは赤黒い液体が溢れていた。
「あー」
強い生理的不快感を覚えてケンは声をもらす。
それと同時にそれの正体を朧気に洞察した。
「ケン?」
尋ねるユリにケンは「何でも無い」と答えて歩き出す。
「でも、だとしたらここにいるのは何だ……?」
洞察と疑問、更なる予想がケンの脳内で渦を巻いていく。
しかし、この事はまだ誰にも言うべきでは無いだろうと一度ユリの横顔を見て思う。
しばらくベルトコンベアの間に挟まれた通路を進んで行くと、やがて目の前に壁と扉が現れる。つまりそのエリアの終着点だ。
2人は何も思わずに扉を開く。
その先には再び狭い通路が続いていた。
「何処に続いていることやら……」
口には出さないでケンは思う。
2人は無言で通路を進んで行く。未だに自分達のよく知っている人物の偽物が現れたという衝撃を飲み干せないでいたのだ。
やがて通路は十字路に差し掛かる。
「ここも迷路みたいになっているのか?」
ケンがそう言った時である。
「動くな!」
聞き慣れた声がケンの右耳に響く。言葉の意味を理解するよりも速くケンは“でんでん銃^のグリップを握っていた。
「待て、佐原ケン? 本物じゃないのか?」
それは加村の声であった。
ケンは声の方向に向き直り、道理で聞き慣れた声だと納得する。
目の前には加村を初めにオーバーロードナイト総長である船前と1番隊の数人が得物を手に構えていた。
「本物……? じゃあアンタらも偽物に会ったって訳か?」
「その口振りだとそちらも、ということかなぁ……?」
ケン達が志村とミクの偽物に会ったように加村達も偽物に会っていたのだ。
合流してお互いの状況を話し合いそれを確認する。
「酷い目に合ったよ。知り合いの顔をした連中が襲ってきたんだ。まぁ、偽物は何故かは知らないが言葉を話さないのと、装甲服を着ていないから区別は付くけどね」
そう説明したのはオーバーロードナイト総長の船前である。
本物の偽物の区別の付け方は装甲服の有無が1番分かりやすいということを言う。
「しかし、戦闘能力は本人と似ていた」
ケンは偽物と戦った感想を漏らした。
「そうなのか?」
船前が尋ねる。彼は戦闘が不得意であり、ここ最近はほとんど戦っていない。
周りに止められるのだ。
「君や俺、もしくは副長の中村さんや1番隊隊長の大野さん辺りが出てきたら厄介かなぁ……?」
含んだ言い方であるが、それは加村の本音であった。
突撃力はケン。狙撃に関しては加村。総合力でいえば中村や大野が特に秀でていると感じているからだ。
「でも、偽物と分かっていても知り合いを撃つのは……」
ユリが小声で呟く。
「そりゃあ、気分の良いものじゃないけどねぇ……?」
「あぁ……、そりゃあな」
加村とケンは首を縦に振った。
「しかし、何でアンタ達はここにいるんだ?」
話題を切り替えるようにケンが尋ねた。ケンとユリは迷いに迷ってエレベーターにうっかり乗った結果なのだが、オーバーロードを率いる総長までもがそうであるとは考え難い。
「まぁ、偽物連中に追われている内に本隊とはぐれてね。君らとそう変わらないよ」
船前が苦笑して言う。
「じゃあ、本隊も偽物連中に?」
その言葉を聞いてケンが尋ねた。
「あぁ、かなり混乱したよ。まぁ、見た目の区別は付くけど、そこの娘みたいに精神的なものが大きかったね」
「そうかい」
ユリはミクと志村の偽物を相手に何も出来なかった。
それを思い出して悔しさに赤面する。
「まぁ、それは良いさ。今は何より味方が多い方が心強い」
船前はユリのことに気付かないまま言った。そもそも彼は白河ユリとほとんど接点が無いので、彼女が人間を撃てないことを知らないのだ。
「問題は、どっちへ進むかだな」
全員が十字路の未だに通っていない道に視線を向ける。
「右だな」
船前が1番に呟く。
「根拠は?」
1番隊の隊員が後ろから尋ねた。
「勘」
船前は肩をすくめて言う。
それを聞いて、その場の全員がやれやれと呆れの表情を見せた。