105話
「何の冗談だ、おい……!」
「そんな、何でだよ!」
ケンとユリはそれぞれ嗚咽に近い声で言う。
しかし、ケンは目の前にいる2人に対して嫌悪を通り越して敵意を抱いており、ユリは有り得ない2人を見て恐慌状態に陥っていた。
「アンタらは死んだはずだ! 志村さん! ミクさん!」
ケンが目の前にいる、本来その場にいない人物の名前を叫んだ。
志村はかつて、ケンが誤って呼び込んでしまった盗賊との戦闘中に流れ弾に当たって戦死、ミクは倒し損ねたマンハンターに撃たれて戦死したはずなのだ。
2人がこの場に存在することはあり得ない。
しかし、ケンとユリの目の前に2人は立っていた。
2人とも戦闘用に改造されたジャケットを着込み、手にはレーザーライフルを持っている。
また、志村はケンと初めて会った時は戦傷により左腕を失っていたはずだが、ここにいる志村は両腕ともに健在であった。
ただ、2人とも無表情であり感情を読み取ることが出来ない。
「……!」
驚く2人を気にするでも無く、志村は手に持っているレーザーライフルで射撃を開始する。
ミクもそれに倣うように志村に合わせて射撃を行う。
「えぇい!」
ケンは呆然とするユリを庇うように床に押し倒す。
2人の後ろにあったベルトコンベアの制御機にレーザーが当たり、低い音をたてた。
「どうなってるんだよ!」
ユリが叫ぶ。
「知るものか!」
叫ぶようにケンは言うと“でんでん銃”で反撃の弾幕を貼った。
「ミク! やめてくれよ! 私達だぞ!」
ユリはベルトコンベアの陰から顔を出して懇願するような声をあげた。
しかし、ミクはそれに対してレーザーによる返答を行う。
「どうして……?」
何故、自分達と共に行動をしてお互いに命を預け合った仲のミク達が攻撃をしてくるのだ?
ユリの精神は荒れ狂う波の中で溺れていた。
「死んだ人間は生き返らない! 誰の仕業からは知らないが、あんな物は偽物だ!」
怒りの感情を隠さずにケンが叫ぶ。それはユリに対してというよりも、自分に言い聞かせる為の言葉でもあった。
ミクの姿をした者が無言でライフルを構える。
ケンはベルトコンベアの上に飛び乗りながら銃口をミクに向けた。
ミクがそれに気付くよりも速く、ケンは引き金を引いてレーザーの弾幕を偽物の胴体に浴びせる。
「……?」
ミクの姿をした者は目を大きく見開くと、そのまま仰向けに倒れて動かなくなった。
「……!」
次は志村の姿をした者である。
ケンに向かってライフルを撃った。
「やられるか!」
ケンはベルトコンベアから飛び降りてこれを回避。
自身の得物でおる“でんでん銃”の空になったバッテリーを取り外して左手に持つと、それを志村に投げ付ける。
志村は左手を振って宙を飛ぶそれを弾き飛ばした。
その間にケンはバッテリーの交換を行いながら別の制御機の陰に隠れる。
それからは激しい撃ち合いである。
ケンと志村はベルトコンベアの上を駆け回り、時折立ち並ぶ機械を盾にして着かず離れずの距離を保ちながら互いの持つ得物でレーザーの応酬を繰り広げていた。
その一方でユリは倒れているミクの死体に近寄り、それが人間の皮を被ったロボットでは無く、れっきとした人間であることを確認した。
彼女は形だけとはいえ、再び戦友ともいえる人物の死を目撃したのである。
もちろん、ここで死んだ水野ミクは本物では無いことは理解していた。
しかし、それでも目の前に倒れている友人の光景にユリの精神は大きく揺さぶられ、その場で嘔吐する。
「糞が……!」
嘔吐するユリの後方で“でんでん銃”を握るケンが忌々し気に呟く。
先程からケンは志村の姿をした者を打ち倒そうと隙を狙っているのだが、これが中々うまくいかないでいたのである。
元々、ケンは戦闘の基本を志村から習ったこともあり、多少の違いはあれど、戦闘における大元の型は志村のそれとほぼ同じなのだ。
そして、今ケンの目の前にいる男は格好だけで無く、戦闘の型も本物の志村とよく似ていたのである。
ケンと志村の戦闘の型は、得物で弾幕を張りながら周りの地形などを駆使して自分の得意な距離まで接近するというものである。
まだ、戦闘が可能だった頃の志村は自分が最も優位に立てる距離を維持して戦うという型であったが、ケンはそれに対して極端に接近して必要なら肉弾戦すら行うという型であった。
故にケンが接近しようとすれば、志村は後退するということの繰り返しになり戦闘が長引いているのだ。
「これじゃあキリが無いな」
落ち着いた口調でケンは舌打ち混じりに呟く。
初めこそ感情を爆発させていたが、志村を敵と認識して戦闘を行う内に、彼は感情を理性で抑え始めていたのだ。
志村に向かって一射するとケンはベルトコンベアの陰に姿を隠す。
志村は視線を四方に走らせてケンを探すが、見当たらないと見るやすぐに獲物をユリに切り替え、そちらに向かって走っていく。
「やらせるか……!」
ケンは急いでユリに向かう志村の後ろを取り、“でんでん銃”を構えた。
しかし、それと同時に志村は振り返ってケンの存在に気付く。
「こいつ……!」
自分はおびき出されたのかという憤りと疑念を抱きならもケンは引き金を引く。
志村はケンから見て左に向かって横っ飛びをして、ケンの放ったレーザーを避けた。
「マグレ避けがっ!」
ケンは引き金から指を離しながら罵詈を吐き出す。
志村の右脚にレーザーが命中したのが確かに見えたからだ。
「ケン……?」
か細いユリの声が聞こえた。避けた志村のすぐ後ろである。
「ユリさん、ライフルだ!」
ケンが叫ぶ。
志村はそれを聞いて僅かに驚愕の表情を見せた。
「え?」
ユリはまだショックから立ち直っていなかった。しかし、それでもライフルを手に持っていたのは幸運だったのかもしれない。
志村はユリに向けて自分の持つレーザーライフルを向ける。
ケンはその志村の背後に走り込みながら“でんでん銃”を向けた。
「やれるのか……?」
確かに背後を取ったが外すかもしれないという不安が脳裏を過る。
「ままよっ……!」
しかし撃たない訳にはいかないと結論付けた時には既にケンの身体は引き金を引いていていた。
そしてケンと同時に志村もユリに向けてライフルの引き金を引く。
志村の放ったレーザーはユリの側をかすめ、命中はしなかった。ユリがライフルを向けられたのに気付いて咄嗟に身体を動かしたことと、志村自身の狙いが定まっていなかったからである。
一方でケンの放ったレーザーは志村の背中に突き刺さった。
精密射撃が苦手なケンにとってはマグレのようなものである。
倒れ込んで動かなくなった志村と小動物が怯えているような顔で自分を見つめるユリを確認すると、ケンは肩から息を吐いた。
「結果的にユリさんを囮にするような真似を……」
自己嫌悪を内心に抱えながらケンが言う。
「ミクも、志村さんも、死んでいるんだよな……?」
力の無い声でユリが呟く。
「もう既に……」
ここにいるのはミクと志村によく似た何かだとケンはユリの言葉を肯定する。
「でも、ケンも私も生きている……」
「ここにいるっていうのはそういことだろう」
ユリは両手で頭を抱え込んでその場にうずくまる。
再び見ることになったミクの死に大きな精神的ダメージを受けていたのである。
「ユリさん……?」
「大丈夫だ、大丈夫……。あれが本物じゃないことは私にも分かる」
「少し、休もう……」
ケンは震えるユリの手を引くと、ミクと志村の死体が見えない場所まで連れていき、そこでユリを再び座らせて、自分もその隣に座り込んだ。