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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
自分と世界とその正体
104/112

104話

 これで何体目だ?

 倒れたマンハンターを見下ろしてケンは思った。

 遠くからは確かに戦闘音が聞こえることからオーバーロードナイトは未だに戦っているのだろう。


 しかし、今この場にいるのは佐原ケンと白河ユリだけであった。

 乱戦の最中に、彼らは敵に追われて何処とも分からない場所へ迷い込んだのである。


 周りはシルバーの金属で出来た壁を持つ通路であり、時折十字路や左右に別れる道があるばかりで、彼らは音を頼りに道を進んでいた。


「やっぱり繋がらない」

 ユリがトランシーバーを片手に言う。

「距離が離れたんだろうさ」

 マンハンターからバッテリーパックを回収しながらケンが答える。


「どうしよう? このままじゃマズイよ」

「とりあえず適当に歩き回るしか無いだろ」


 現在地も味方の位置も自分の位置も分からないのだ。

 そんな中、ケンはとにかく歩き回り、味方と合流する可能性をとることにした。


「また、別れ道だ」

 目の前の通路は左右に別れているのを見てケンが呟く。

「さっきは右に曲がったよな?」

 確認するようにユリが尋ねた。


「なら、また右だ。グルグル回ってる内に戻れるかもしれない」

 そう言ってケンは壁に向かって“でんでん銃”を撃ち、その着弾痕で右向きの矢印を描く。

 誰かがそれを見て、自分達を発見してくれるのを意図してのことである。


「これ、敵に気付かれないか?」

 その矢印を味方が見つければ良いが、マンハンターが見つけた場合はどうなるのかとユリは表情を曇らせながら尋ねた。

「奴等が文字や記号を読むなんて話は聞いたことが無い」

 ケンが答える。

 少なくとも彼はマンハンターが書物を読んでいるのを見たことが無い。そして、そんなマンハンターの姿を想像してみるが、それは違和感をそのまま描いたような光景であり、有り得ないだろうと思う。


「それにしても、随分歩いた気がするけど未だに誰とも会わないな」

 再び歩き出した後にユリが言った。

 声からは不安と疲労が感じられる。

「そうだな」

 短く答えながら、ケンは内心でマンハンターとならよく会っているという言葉を付け足した。


「何処か休める場所でも無いのかな?」

 そんな言葉がユリの口から漏れる。

 味方からはぐれた2人は長い時間歩き回っており、脚に疲労が蓄積して重く感じられた。

 ユリは小休止を求め、ケンもそれに同意する。


「敵地の真ん中だぞ」

 同意はしたが、それとは反対の言葉でケンは答える。

「分かっているけどさ……」

 ただ、思ったことを口にしただけである。それを咎めるようなケンの言い草をユリは生意気な奴だと思う。

 しかし、昔から佐原ケンという人物はそういうものだということを思い出し、それ以上は何も言わなかった。


 そんなやり取りをしながら2人は進んで行く。

 数回の曲がり角、途中で見付けた扉から現れるマンハンター、逃走と戦闘を繰り返すが、味方とは合流どころか連絡すらも着かないまま時間だけが過ぎていった。


「なぁ……。ホントにどうなっているんだ?」

 今まで進んで来た道で良かったのかという意味を含めた言葉でユリは尋ねる。

「進み過ぎたのか……」

 ケンも焦りを感じており、顔を曇らせながら呟く。

 

「ん?」

 声を出して足を止めた。

「何?」

 急に立ち止まったケンにユリはぶつかりそうになり、疑問の声を出す。


「あれ」

 そう答えたケンの目の前には高さ2メートル程の扉があった。


 その滑らかな鉄の扉のデザインは、ここまで来る途中で見かけた、マンハンターが潜んでいたエリアの扉とは異なるデザインであり、地上の工場エリアからファクトリーへ侵入する時に破壊した巨大な扉のものに近かった。

 ご丁寧に扉の右側には小さくて四角いスイッチもある。


「中に何があると思う?」

 好奇心を刺激されたケンが尋ねる。

「マンハンター、物資、地下2階と同じのよく分からない黒い板」

 ユリは思い当たる物を口にした。


「開けてみるか」

 ケンはスイッチに指を伸ばす。

「いい考えとは思えないけど……」

 好奇心を刺激されたケンとは逆にユリは警戒心を刺激されていたのだ。


 ケンがスイッチを押し、その後ろでユリがレーザーライフルを構えた。鉄の扉は軽い空気音をたてながら開く。

 その先に見えたのは2メートル四方くらいの小部屋であった。

 天井には照明があり、白い壁を照らしているだけで中には何も無い。

 ケンとユリは拍子抜けしてお互いを見合ってから、部屋の中に入った。


「何も無いな」

 物置きみたいな空間なのだろうかと思いながらユリが言う。

「そうだな」

 ケンが部屋を見渡しながら答えた。

 期待を裏切られたような、敵がいなくて安心したような複雑な気持ちである。


「スイッチ? 中にもあるのか」

 ケンは部屋の内側にも、扉のすぐ右側に同じスイッチがあるのを発見した。

「扉の開閉スイッチじゃないのか?」

 ユリが答える。


「それなら丁度良い。扉を閉めたらマンハンターもそうそう分からないだろうから、ここで少し休もう」

「そうしよう。もうクタクタだ」


 ケンの提案にユリは是非も無く賛成した。息を吐いてその場にしゃがみ込む。

 それを見たケンも自分も休憩をとろうと思い、扉の横にあるスイッチを押した。

 先程と同じように軽い空気音と共に扉が閉まる。


「あぁ……」

 ケンも疲労しており、扉が閉まると同時に壁にもたれかかり身体を沈めるように座り込んだ。


 それと同時である。

 突如として部屋全体が震えるような振動が起きた。

「何だ?」

 振動は一瞬のことであり、次にケンとユリの2人は身体を上から引っ張られるような重力の変化を感じた。


「降りている?」

 ユリが言った。

 間違いなく彼らのいる部屋は下に向かって移動しているのだ。


「成る程。ここはエレベーターだったみたいだ。しかも、下に向かうね」

 ケンは天井を見上げながら言う。

「参ったなぁ……」

 何処へ向かうか知れないという不安にユリは眉をハの字にして呟く。


 おおよそ5分くらいは経ったであろう。

 ケンが「何時まで降りているんだ」と疑問の声を投げかけた時である。

 降りているという身体感覚が弱まり、やがてエレベーターが止まったことを知覚させた。

 座っていた2人は急いで得物を手に取ると扉に向かって銃口を向ける。


 軽い空気音と開く扉。

 しかし、その先にはそれまでと同じ様な広いとは言い難い通路が続いているだけであった。


 マンハンターも行商人連合もオーバーロードナイトを始めとする味方もいないことに2人は安堵と不安の入り混じった表示を浮かべながら、エレベーターの外に足を踏み出す。


「何も無いな?」

 ユリが静かに言った時である。2人の後ろでエレベーターの扉が閉まった。


「この先が気になる」

 ケンは閉まったエレベーターに目もくれずに歩き出す。

「おい!」

 ユリが静止させようと声をあげた。


「少し辺りを偵察して戻れば良いさ」

 どうやらケンは不安よりも好奇心を刺激されたらしい。

「やれやれ……」

 そんなケンに呆れてユリは頭を振る。いずれにせよ、1人でいるのは危険であり、彼の後を着いていくしかユリには選択肢が無かった。


「しかし代わり映えのしない景色だ」

 思い付いたままの言葉をケンが口にする。

 ユリは辺りを見回して全くだと同意した。周りは光沢の無いシルバーの金属の壁で覆われた通路が真っ直ぐに続いているだけだったからだ。


「曲がり道すら無いな」

 先程から真っ直ぐに歩いているだけであることをユリは告げた。

「そういえばそうだな」

 ケンはここの通路は上の通路とは違う場所へ続いているのでは無いかと思う。


 そんな事を話しながら、しばらく進むと目の前に広い空間が通路の先にあるのが見えてきた。

「何だ?」

 2人は歩を速くする。


「何だこれは?」

「工場……?」


 そこは白を基調とした奇妙な空間であった。

 ケンとユリの2人が立っている周りを縦横無尽にいくつものレール、正確に言えばベルトコンベアのようなものが張り巡らされていたのだ。

 そして、その上には約1メートル程の高さを持つガラスの試験管のような細長いガラスの容器が流れているのである。


「一体何だこれは?」

 ケンはベルトコンベアに近付き、流れているガラスの容器を覗き込む。

 中は透明の液体で満たされているようで、気泡が上がっているのが確認できた。

 また、ガラス容器の底からは紐のようなものが生えており、その先端には握り拳ほどの大きさの薄紅色をした球体が浮かんでいた。


「上にもあるな……」

 天井に奔っているベルトコンベアを見上げながらユリが言った。天井の高さは目測でも10メートルは下らないだろう。


 その時である。

 ユリは目の前を動くベルトコンベアの端に人影を見出した。

「誰だ?」

 ケンはすぐ後ろにいるから彼のはすが無い。


「どうした?」

 ケンが不思議そうな声で尋ねた。


「いや、そこに人影が……」

 ユリが言いかけた時である。目の前のガラス容器が突如として甲高い音をたてて破裂したのだ。

 ユリは反射的にその場に伏せる。

「何!」

 それが攻撃であることを察したケンは腰のホルスターから愛用の“でんでん銃”を取り出す。


 更に続けてガラスの割れる音と撒き散らされる破片。その中でケンとユリはジュッという熱の音を聞く。

 それは間違いなくレーザーによる攻撃であった。


「ええい!」

 ケンはベルトコンベアの陰に身体を隠し、頭だけを出して辺りを見回す。

 そこで2体の人影を見付けて動きを止める。


「嘘、だろ……?」

 そう呟いたのはユリである。

 2体の人影を見た時、ケンとユリの2人はその思考を停止させた。

 それは、決してこの場にいるはずの無い人物だったからである。

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