101話
行商人連合が待ち伏せをしているのは明らかだ。
地下3階へ降る道を抜けた先でレーザーの雨を浴びることは容易に予想が付く。
しかし、そのレーザーの雨を浴びて蜂の巣になったのはオーバーロードナイトでも無ければ、武器屋旅団でも無い。
細工を施した行商人連合の死体であった。
当て木と紐に針金でポーズを取らせ、空のレーザーライフルを手に持たせ、敵がオーバーロードナイトの物に似せて作った装甲服を着用させ、両足には坂道を滑らせる為に土台に車輪を付けたものを履かせる。
土台となる板は床と同じ色をしたものであり、足元を注視しないと分からないだろうという話であった。
「人が滑って降りてきたら分かるだろう」
ケンはこんな物に引っ掛かる程、敵は間抜けだとは思えなかった。
「どうかな? 人影が見えたらすぐに射撃しようと構えているような奴等がそこまで見ると思えないけど?」
そう反論したのは大野である。もっとも他に何も思い浮かばなかったというのが彼の本音であったが。
2人のそんな会話を余所に、工作の得意な者達はこの囮を複数用意して地下3階へ向かう下り坂の道を滑らせたのだ。
1体が途中でバランスを崩して倒れながら坂道を滑っていったが、結果的には行商人連合がそれに向かってレーザーを浴びせた為に、引っ掛からないと思っていたケンを呆れさせた。
しばらくして動かないそれの確認を行う為に行商人連合の兵士が姿を現し、細工された死体に気付く。
しかし、その時には後方に控えていたオーバーロードナイト1番隊が雪崩込んで行商人連合に向けて攻撃を開始していた。
それまでは整然と機械が並んでいただけであろう工場区画が一転して戦場となる。
「グレネード!」
射撃を行わせつつ、大野は物陰に向かってグレネードを投げるように指示を出す。
団員達は指示通りの行動をとり、物陰から爆風やプラズマ光と共に逃げ出す敵が現れた。
「撃て」
それを狙撃させたのは加村である。
武器屋旅団と1番隊の中で射撃が得意な者を集めて狙撃部隊を編成、その指揮を執ったのだ。
もっとも狙撃ポイントは各員の判断に任せて、加村が指示をしたのは狙撃のタイミングのみであったが。
そして狙撃し損ねた者達は大野が率いる突撃部隊が撃破する。
これは1番隊だけでなく、ケンのような狙撃が苦手な旅団の団員達も含まれていた。
「はっ!」
ケンは無意識に声をあげて愛用のレーザー短機関銃である“でんでん銃”で弾幕を張って敵に接近して倒していく。
ケンにとってこの工場エリアというのは非常に戦いやすい場所であった。
大小様々なサイズの工作機械や、部品を流すベルトコンベアの数々は盾や足場など、あらゆる用途で戦闘に利用出来からだ。
更に加村がそれを援護するように狙撃を行う。
彼らのコンビネーションはここでも戦果を挙げていく。
飛び乗ったパイプ付きの機械からケンは“でんでん銃”を掃射。倒れなかった敵に飛び蹴りを浴びせ、怯んだ隙にトドメの射撃を行う。
そして倒れた敵を確認して再び足を動かそうとした時だ。
「うおっ!」
足元の感覚が妙に柔らかく、バランスを崩して思わず尻餅をつく。
「何だ……?」
手にグズグズとした感覚。
「何をやっているのかなぁ……?」
加村が駆けて来る。ケンが突然転倒したことに苛立ちを覚えたような口調だ。
「足元が……、土?」
ケンは自身が土の中に尻餅を付いていることに気付く。
それは所謂プランターと呼ばれるものであり、プラスチック製の仕切りに囲まれた土、そこには規則的な列で緑の細長い植物が生えていた。
「これは……」
植物を見て加村は顔をしかめる。
「どうした?」
身体に付いた土を手で払いながらケンが尋ねた。
「ストロベリーミント? 違うな……。とにかく薬の材料であることは間違いないみたいだ」
それは行商人連合の者達が戦闘時に常用していた薬物の原料であることは容易に予想が付いた。
「そういえばそうだったな」
ケンも彼らが戦闘時に正常とはいえない行動をとっていたことを思い出す。
次の瞬間、ケンと加村のすぐ横を爆ぜるような音と衝撃、更に熱が襲う。敵の撃ったレーザーがすぐ側に命中したのだ。
「何はともあれ、今は敵を倒すことが先決かなぁ……?」
「……そういうことだ」
2人は再び戦線に躍り出る。
加村は一度周囲を見回して、自身の指揮下の者達に指示を出しながら射撃を開始した。
その側でケンは弾幕を張って複数の敵を打ち倒していく。
元から行商人連合の数が少なかったのか、各個人の戦闘技術の差があったのかは定かでは無いが、結果的にオーバーロードナイトは行商人連合を次々と撃破していった。
「はっ!」
大野が声をあげて放ったレーザーが敵の頭を吹き飛ばす。それが30分程続いた戦闘の終了合図となった。
「被害は?」
そう尋ねたのは加村である。
彼の指揮下の者達は後方からの援護射撃を主にしていたこともあり被害は無かった。
しかし、大野率いる突撃部隊は死人こそ出なかったが、負傷により戦闘が不可能になった者が4人。それ以外にも負傷した者が複数いた。
「まただよ」
ケンもその1人であり、左腕に火傷を負っていた。
無愛想に言いながら大野手製の薬を負傷箇所に塗っている。
「無茶をするからな」
そう発言したのはユリである。
彼女は戦闘に参加しない代わりに要塞からの補給物資を運搬する任に当たっていた。
「敵はそれだけ必死だってことさ。……だからといって初めの人形に引っ掛かったのは驚きだが」
ケンは苦々しく言う。
その顔は呆れというよりも不満の感情から来ているようであった。
「敵も焦って冷静さを欠いていたんじゃないか?」
ユリはケンの感情は読み取れたが、その感情を沸き立たせる原因までは分からず、それが一体何であるのか疑問に思う。
「オーバーロードナイトや俺達はその程度の相手に苦労させられている訳だ」
この発言でユリはケンが何故不満に思っていたのか理解した。
「敵が弱いなら良いじゃないか」
つまり、ケンは先日に比べて敵があまりにも弱いことを不満に思っていたのだ。
「それはそうだ。でもそんな奴等の為にこれまでの時間を費やして、挙句に怪我人まで出たとなると……、どうもね」
ユリの言っている事は正しいというはケンにも分かっていた。
それでも戦うなら強い敵と戦いたいと思ってしまう。
その方が勝利した時に生きているという実感をより明確に得られるからである。
それは全くもって救い難いケンの性分であった。
もっとも、今回の場合は普通なら引っ掛からないような策に敵が面白いように乗ってきたことに対する呆れに近いものであるのだが。
「というよりも、行商人連合も私達が死体を使った人形を滑車で滑らせて囮に使うとは思わなかったんじゃないか? 私ですらその話を聞いた時には敵がそんな幼稚なものに引っ掛かるとは思わなかったぞ?」
「そういう問題でも無い気がするけど…、言われれば確かにそういう事もあり得る……か?」
味方ですら疑問に思うような作戦を使うとは敵も予想外だったということである。
「何にせよ、うまくいったならそれで良いんじゃないかい?」
ケン達の背後から声がかかる。大野であった。
相変わらず歳に似合わず少年のような顔で微笑んでいる。
「……」
ケンは声も出さず一度息を付いて「まぁな」と短く返答した。
「大変なのはこれからだ」
更に背後からガラガラとした低い声が聞こえる。声の主は3番隊の隊長である高橋であった。
「高橋さん?」
大野が多少の驚きを見せながら言う。
「2番隊も降りてきた。上の防衛は残った隊からそれぞれ少しずつ人員を割いてやるとさ」
高橋はそれだけ言うと3番隊の隊員に何やら指示を出し、その方向に歩き去って行った。
「ここからが、本番ね……」
誰にも聞こえないような小声で呟いてケンはそうだろうと思う。