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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
佐原ケン
10/112

10話

 先程の戦闘からケンの心臓は早鐘を打つように脈打っている。

 正確には村を出た時点からそうであったのが、ユリとミクというよく見知った2人との他愛の無い会話でごまかしてきたのだ。


 そして初の実戦。ケンは軽いパニックに陥って冷静な判断が出来なかった。


 普通の人間ならば当然のことである。ある程度の覚悟や予備知識があったとはいえ、いつ死んでもおかしくない状況に初めて立ったのだ。

そこで正常な判断を行うのは困難であろう。


 ケンもそのことを分かってはいたが、それでも悔しかった。

 それと同時に戦闘はゲームで無いということを理解する。


 マンハンターの放ったレーザーは、ケンに“死の恐怖”を実感させるには十分過ぎる程だった。

 再び同じ様な事になるのかと思うと、胃袋が鉛を押し込まれた様に重く感じる。


「俺は何をしているんだ……?」

 自分のやっていることを思って、口の中で呟いた。


 そして15分ほど進んだ時だ。ミクが急に立ち止まりキョロキョロとあたりを見回す。


「この辺りで2手に別れようか」

 ミクが言った。


「え? 別れて大丈夫なんですか?」

 急に別れて行動しようと言い出したミクに驚いてケンが尋ねる。


「うん、大丈夫だと思う。今日はマンハンターの数も少ないしね」

 ミクが頷いて答えた。


 確かに先程の戦闘から今までマンハンターは影も形も見えない。


「普段なら今日よりも敵の数も多いし、戦闘も激しいからな」

 ユリがそう説明する。

「そうなんですか?」

 それを聞いてケンはまたしても驚いた。


 これはつまり、3人はもっと激しい戦闘を普段からしていることになる。


 彼女らにとっては楽な戦闘なのにも関わらず、自分はいっぱいいっぱいだった訳だ。 

 その上、これから先の事を考えて憂鬱にすらなっている。


 そんな自分を情けないとケンは思う。


 ならば、もっと俺は強くならないといけない。でなければ、あの村から出て行くことなんて到底出来るわけがない。


 ケンはそう思ってライフルのグリップを強く握った。


「とりあえずは……」

 そんなケンをよそにミクが4人をどう分けるかを考える。


 それを見たケンはそっちの方に意識が向いて、できればミクかユリと一緒が良いと思った。

 あの吉岡真帆という人物は仏頂面な上に余所者を嫌っているらしいので、どうにも苦手なのだ。


 だが、世の中というのはどういった訳か自分の求めているようには物事が進まないようになっている。

 それは、どの世界でも同じらしく……。


「じゃあケンちゃんとマホちゃんに、私とユリちゃんの組み合わせで!」


 ミクが能天気に言った。


 ケンは何となく、こうなるのではないかと予想をしていた為に顔を僅かにしかめる。

 まったくもって嫌な事ばかりが思い通りになるものだと思った。


 ケンは吉岡を一瞥する。吉岡も同じようにケンを一瞥した後に、ユリに一言「分かりました」とだけ言った。

 その時の吉岡は相も変わらず仏頂面であり、それを見たケンはこの人と行動を共にするのかと思うとますます胃袋が重くなった様な感じがして、密かに息を吐く。


 そして、ミクとユリ、吉岡とケンの2組に分かれて別行動を取ることになった。


 ケンは並んで歩いていくミクとユリの後姿……、そのユリの背中半分あたりまで伸びている後ろ髪を恨めしそうな顔をして眺める。


 揺れる後ろ髪を見送りながら、前にも似たようなことがあった事をケンは思い出した。


 自分の望む結果にならないというのは分かっているのだが、もしかすると自分の望む結果になるのではないかと少し期待をしたところ、やはり期待は外れて望む結果にはならなかったという事である。


 この場合、自分の期待は裏切られることになるのだが、元々そうなることは予想が付いたので、そこまでショックは受けないのだ。


 分かりやすい例えで言うなら、暇な休日に友人から遊びの誘いが来ないかと期待するのだが、こっちから友人にアクションを起こしていた訳ではないので特に連絡はないだろうという予想をする。


 しかし、前述した通りに、もしかしたら誘いの連絡が来るのでは若干の期待をするのだが、特に何の連絡も無いので結局1人で休日を過ごしてしまうといったところである。


 そしてこう思うのだ。


「あーあ、やっぱりな」


 ケンはそんな事を考えた。


「私たちも行くよ」

 吉岡の言葉でケンは我に返る。そんなケンの顔を見て吉岡は歩き出す。


 そしてケンは吉岡の背中を追いかけることにした。


「君って分かりやすい性格をしてるって言われない?」

 歩きながら吉岡が尋ねた。


 その突然の質問にケンは一瞬、自分が何を聞かれたか分からずに「はい?」と聞き返す。

 吉岡は相変わらずの仏頂面で「分からないのなら良い」とだけ言って歩く速度を速めた



/*/



 それからケンと吉岡の2人は手当たり次第に廃墟の建物に入っては中の探索を行う。

 しかし、ガラクタの1つも見つからず、空っぽの建物を見て回るだけの行動にケンはいよいよ飽きてきた。


「何も見つかりませんね。この探索って何か意味があるんですか?」

 何も無い広い部屋の中、ケンは足元に落ちていた石ころを蹴飛ばしながら言った。


「その意味の無さそうな探索でユリさんに拾われたのは君じゃなかった?」

 ムッとした表情で吉岡は嫌味っぽく答える。


 しかし、それは事実であり、ユリたちがこの意味があるかどうか分からない探索をしてなければケンは今頃死んでいたかもしれないのだ。


「そりゃそうなんですけどね……」


 いい加減に飽きてきたとケンは吉岡に目で訴える。

 勿論、吉岡もそのことは承知していたが全く気に留めることなく振舞っていた。


 さっさと帰りたいと思い、ケンは外に視線を向ける。


 すると、窓の外に人が歩いているのが見えた。


 否。


 それは人では無かった。

 人の形こそしているが、それは全身が金属で出来ており、頭部にひとつだけある黒い目玉で得物を見つけ、手に持った武器で容赦なく人間を狩るロボット。

 マンハンター、この世界における人間の絶対的な敵である。


 ケンの体に電流が走り、即座にライフルを構えた。


 手が震える。


 マンハンターがケンに気付いたのはそれと同時だ。


 その手に持ったレーザーライフルを構える前に、ケンは自身のライフルのトリガーを引く。


 ケンのライフルから放たれたレーザーはマンハンターの胴体を焼いた。

 しかし、それでもなおマンハンターは動こうとし、ケンはそのままトリガーを引き続けて、2発、3発とレーザーを打ち続ける。

 4発目にはレーザーの弾道を確認する為の目視可能な曳光用レーザーが発射された。


「さっさと倒れろ!」


 ケンが声を出す。

 レーザーが当たるごとにマンハンターは仰け反り、ケンが2回目の曳光レーザーを視認した辺りでマンハンターはようやく後ろに仰け反るようにして倒れた。


「やったか?」 

 倒れたマンハンターを見ながらケンは呟く。

 そして、倒れたそれが完全に動かなくなった事が分かると、自分の腕が震えていた事に気付いた。


 ライフルを持った右腕を左手で掴む。


「やれるじゃないか……。俺だって……」


 ケンは引きつった笑顔で言うと後ろを振り向いた。


 後ろにはライフルを構えていた吉岡がいた。

「援護してくれても良いじゃないですかぁ……」

 それを見たケンは恨めしそうな目をしながら吉岡情けない声で言う。


「私がライフルを取って構えたときには君が倒してたわ」

 吉岡は手に持ったライフルを下ろして答えた。


 マンハンターを発見、射撃、撃破までの時間はケンにとってはかなり長く感じたが、実際のところは3秒か4秒くらいの出来事だったのだ。


「来るよ!」


 吉岡が叫ぶ。


 先程の戦闘を聞きつけたのか、複数のマンハンターがどこからともなく走ってくる。

 その動きは人間のようであり、機械にはとても見えない滑らかな動きだった。


「また!」


 ケンは再びライフルのトリガーを引く。

 周りには体を隠せるような物が一切無く、それがケンを恐怖させた。


 冷や汗が流れ、手が震えて、心臓が体から飛び出すのではないかと思うくらいに脈を打つ。


「伏せて!」


 吉岡が叫ぶ。

 ケンはそれを聞き、ライフルのトリガーを引いたまま膝を折って体勢を低くした。


 集まったマンハンターの中心に握りこぶし程の何かが落ちるのが見える。それは所謂手榴弾だ。

 光ったと思った次の瞬間には爆発が起きてマンハンター達を吹き飛ばした。


「ぐえ!」


 爆発の熱に当てられて、ケンは潰れた蛙のような声を出した。

 何かの破片が自分の着ている鎧に当たってカンカンという音を立てる。


 熱が収まり、ケンが顔をあげると吹き飛んだマンハンターの破片が散らばっていた。


 ハッと息を吐く。

 辺りには動くものは無い。

 その事を確認するとケンは震えている自分の膝に気付く。

 情けないと思いながら、何とか立ち上がった。


「なんとかなったみたいね……」

 吉岡が呟く。

「ですね」

 ケンはそう返答した。


 気持ちを落ち着きかせる為に深呼吸をする。

 そして、もう一度辺りを見回すと足元に鉄パイプの様な物が転がっているのが目に入った。

 それはマンハンターの腕であった。


 その手にはケンが持っている物とは違う形の獲物が握られている。

 長さはケンのライフルの半分程であり、ストックのある部分は円盤の様な形をしていた。

 その円盤から前に向けて銃が生えている形は、まるでカタツムリを思わせる。


 ケンはそれを拾い上げる。

「でんでん銃……。私たちが使ってるライフルよりも小さくて連射が効くタイプね。バッテリーの消費が悪くて射程が短いから使う人は少ないけど……」

 吉岡が説明した。


「でんでん銃?」

「形がでんでん虫……、カタツムリに似てるから皆そう呼んでいるわ」


 ケンは「ふーん」と言いながら、でんでん銃と呼ばれたそれを構えて見る。どこも壊れている様子は無く、普通に使うことが出来そうだ。


「そのでんでん銃が今回の収穫かしら?」

 吉岡はケンの拾ったもの以外に使えそうなものが落ちていないことを確認して言った。

「ライフルよりも連射が利いて射程意が短い。ゲームで言うところのマシンガンですね」

 ケンが言った。


「ゲーム? それは玩具じゃないのよ」

 吉岡が冷たくて鋭い声で言う。

「それは、分かってます……。さっきので嫌というほど」

 もしも、遊びやゲーム感覚でいられたら先程の戦闘はどんなに楽だっただろうと埒も無いこと考えながらケンが言った。


「マホちゃん、ケンちゃん!」

 ミクがそう叫んで飛び込んでくるように走ってきた。その横にはユリもいる。

 どうやら先程の戦闘の騒ぎを聞きつけてきたらしい。ケンはそれを見て、来るのが遅いと内心で悪態をつく。


「大丈夫だったか?」

 ユリが尋ねた。

「見ての通りですよ。どこも怪我は無いでしょう?」

 ケンは両手を広げながら強がりを言ってみせる。


 それを見た吉岡は、変わり身が早いものだと思いながらケンを嘲笑した。もちろん、そんな表情は微塵も見せなかったが。


 怪我をしている様子は無く、ケンが着ている白い鎧も綺麗なものであり、それを確認したユリは胸を撫で下ろす。

「そう、か……。良かった」

 ユリの口からそんな言葉が出る。

 

「佐原君、そこの1体は君が撃破したよ」

 吉岡がバラバラになったマンハンターの1体を指差して言った。

「おー、初撃破だねー」

 ミクがおどけて言う。

「何がなんだか分からなかったですけど……」

 ケンはそう言って苦笑した。


 こんなのは撃破したとは言えない。ただの偶然だ。


 ケンはそんな事を内心で思っていたので、ミクの言葉に素直には喜べなかった。

 初めてマンハンターと出会い、散々に追い回された時や、前の戦闘で半ばパニックになっていた時と何も変わっていない。

 悔しさと、情けない自分に苛立つ。


「ところで、それは?」

 ユリがケンの持っているでんでん銃を見て尋ねる。

「これ? 戦利品、と言ったところですかね」

 ケンは言って、手に持ったそれを掲げて見せた。


「戦利品、ねぇ……」

 凄いじゃないかとケンを褒めているユリを傍目にミクが口の端を歪めて笑う。

 戦利品などと言っているケンを見ながら、敵を倒して自分の強さに自信を持つのは良いが、それが悪い方へ進んだりはしないだろうかと思ったからだ。

 

「どうかしたんですか?」

 吉岡が尋ねた。

 そう言われて、自分がいつものニコニコ顔で無くなっていたことに気付き、いつもの表情に戻しながら吉岡に言う。


「ケンちゃん、まるで子供だと思わない?」

「はぁ……」

 吉岡はミクにそう言われてケンを見た。

 

 ユリやミクと合流して落ち着きを取り戻したのか、先程の戦闘の様子をユリに話しているケンの姿は確かに子供のそれだった。


「悪い大人にならないように私たちで面倒見てあげないとねー。良い事をしたら褒めて、悪いことをしたら叱る。子育てだよね」

 ミクがそう言ってフフンと笑う。

「私たちは母親じゃないんですが……」

 吉岡はおどけるミクに呆れながら答えた。この人はどこまでが本心で、どこまでが冗談か分からないところがあると改めて思う。


「さて、そろそろ村に帰ろうかー?」

 ミクが3人に問いかける。時間的にも体力的にもここが引き時と判断したからだ。それにケンの初陣であることも加えれば妥当なところだろう。

「そうですね」

 吉岡が答えて、ユリも頷く。

 ケンもようやく帰ることが出来ると「そうしましょう」と即答した。

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