第8話
――翌朝。
「準備できてるか」
ギンジが外で声をかける。
「はいはい、今行きますよー」
軽い声とともに、ユウが扉から出てくる。
その後ろから――
「お待たせしましたー!」
明るい声。
マールが手を振りながら駆けてくる。
「……なんでお前も来る」
ギンジが眉をひそめる。
「案内役ですよ?」
当然のように言う。
「グレイラ渓谷、地形めんどくさいんですから。迷ったら死にますよ?」
「……」
否定できない。
「それにー」
マールがにやっと笑う。
「実地調査ってやつです♪」
「事務員だろお前」
「戦闘“以外”なら何でもやりますから」
さらっと言い切る。
ユウが小さく笑う。
「頼もしいですね」
「でしょー?」
即座に乗るマール。
「……足引っ張るなよ」
ギンジが低く言う。
「任せてください」
その返答は、妙に迷いがなかった。
---
――出発。
馬車ではなく、徒歩。
森を抜け、開けた道へ出る。
空は高く、風は穏やか。
だが――
「遠いですねぇ」
ユウが空を見上げながら言う。
「丸一日はかかる」
ギンジが答える。
「今日は途中で野営だ」
「了解です」
軽く返すユウ。
その横で――
「ふむふむ」
マールが地面を見ている。
「……何してる」
ギンジが問う。
「足跡ですよ」
しゃがみ込む。
「これ、昨日出発した人たちのやつですね。で、その横に――」
指でなぞる。
「魔物の痕跡。小型が数匹」
「……分かるのか」
「まあ、仕事柄」
さらっと言う。
立ち上がる。
「進行ルート的に、ここはもう安全圏ですね」
「……本当に事務員かお前」
「だから言ってるじゃないですか」
にこっと笑う。
「戦闘以外はプロです」
ユウが少しだけ目を細める。
(……なるほど)
軽く見ていい相手じゃない。
そう判断する。
---
歩く。
しばらくの沈黙。
風の音と、足音だけが響く。
「ユウさん」
ふいに、マールが声をかける。
「はい?」
「剣、使うんですね」
不意打ち。
だが声音は軽い。
「一応は」
ユウも同じトーンで返す。
「へぇ〜、どれくらいです?」
「護身程度ですよ」
「ふーん……」
マールは横目で見る。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
視線が鋭くなる。
「ギンジさんと合わせてましたよね」
核心に触れる。
「……どうでしょう」
ユウは笑うだけ。
否定もしない。
肯定もしない。
「勘ですか?」
「ええ、まあ」
マールは笑う。
だがその目は、観察をやめていない。
(やっぱり、この人――)
そこまで考えて。
やめる。
(今はいいや)
「ま、頼りにしてますよー!」
明るく言い直す。
「はいはい」
ユウも軽く返す。
---
――夕方。
空が赤く染まり始める。
「この辺で止まる」
ギンジが言う。
「ここなら見通しもいい」
野営の準備が始まる。
ユウが薪を集め、
ギンジが火を起こす。
マールは――
「はい、配置こんな感じで」
地面に簡単な図を描く。
「風向き的にここに火。で、こっち側は死角になるんで――」
小石を置く。
「簡易警戒、張っときます」
「……できるのか」
「簡単なのなら」
さらっと言う。
小さく詠唱。
空気が、わずかに揺れる。
「これで近づいたら分かります」
ユウが感心したように見る。
「便利ですね」
「でしょ?」
にこっと笑う。
---
夜。
火が揺れる。
静かな時間。
「……意外ですね」
ユウがぽつりと言う。
「何がです?」
「マールさん、普通に戦えそうなのに」
一瞬。
空気が止まる。
ほんのわずかに。
「やだなぁ」
マールは笑う。
「私、非戦闘員ですよ?」
その笑顔は、完璧だった。
「そうですか」
ユウもそれ以上は踏み込まない。
だが。
確信は深まる。
---
「交代で見張りだ」
ギンジが言う。
「俺が先やる」
「じゃあ次、俺やります」
ユウが続く。
「じゃあ最後私ですねー」
マールが軽く手を上げる。
---
――深夜。
静寂。
ユウが見張りに立つ。
火は小さくなり、
周囲は暗い。
(一応…バレないように索敵魔法を展開…)
気配はない。
だが。
「――やっぱり」
背後から声。
振り返る。
マールが立っている。
「起きてたんですか」
「まあ、癖で」
ユウを見る。
じっと。
「ユウさん」
「はい?」
「あなた、“普通”じゃないですよね」
直球。
沈黙。
だが。
ユウは――
笑った。
「いえいえ、かなり普通ですよ」
はぐらかす。
「ふふ」
マールも笑う。
それ以上は追わない。
「ま、いいです」
くるっと背を向ける。
自分の寝床へ戻る。
(……厄介だな)
ユウは小さく息を吐く。
---
――翌朝。
空気が冷たい。
「そろそろ」
ギンジの声。
全員が立ち上がる。
簡単な準備。
そして――
「行くぞ」
歩き出す。
しばらく進む。
やがて。
空気が変わる。
「……ここか」
ギンジがつぶやく。
目の前に広がるのは――
深く、切り裂かれた大地。
岩と影が絡み合う場所。
風が、下から吹き上げてくる。
「グレイラ渓谷」
マールが静かに言う。
その顔から、いつもの軽さが消えていた。
ユウは、ゆっくりとその奥を見る。
暗い。
深い。
そして――
何かがいる。
「……面白くなってきましたね」
小さく笑う。
だがその目は、
完全に“戦いのそれ”だった。
――調査開始。
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