『その縄、魔法につき。〜十九歳の縛術師は、殺さずの技術で乱世を縛り上げる〜』第5話 王の招請、縄の行軍
この物語には、
剣も派手な魔法も、英雄的な殺戮もありません。
あるのは、
「それでも殺さずに済むなら」という、
少し面倒で、少し遠回りな選択だけです。
縄という取るに足らない道具が、
もしも“力”になったなら――
世界は、ほんの少し違って見えるかもしれません。
静かな異端の物語を、どうぞお付き合いください。
旅に出る準備は、静かに整えられていた。
リオネルは古い倉庫の床に膝をつき、縄を一本ずつ確かめていく。
擦り切れ、撚りの緩み、魔力の通り――どれも問題ない。
剣と違い、縄は正直だ。
使い手の意志が曖昧であれば、絡みもほどけもする。
だからこそ、彼はこの道具を信じていた。
その時、扉が叩かれた。
「リオネル殿」
外に立っていたのは、王城の使者だった。
王家の紋章を掲げ、深く頭を下げる。
「国王陛下より招請状をお預かりしております。
『リオネル殿、お連れするように』と」
差し出された書状には、短いが重い文言があった。
――家臣が失礼な振る舞いをしたことを詫びる。
――そして、どうしても頼みたい義がある。
リオネルはしばらく黙って封を見つめた。
「……分かりました」
そう答えたのは、義務感からではない。
自分の力が、この国にとって「試される段階」に来たと感じたからだ。
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王城へ向かう馬車の中。
窓の外には、城下町の夕景が流れていく。
露店は閉じられ、夜の支度が進んでいる。
その平穏の裏に、黒怪盗団の影がある。
接見の間で迎えた国王は、疲労を隠さぬ表情だった。
「リオネル。
隣国より流入した“黒怪盗団”により、民が難儀しておる」
「彼らは剣を振るわぬ。
だが、奪われた者にとっては、それも暴力だ」
地図が広げられる。
被害は、貧しい地区に集中していた。
「騎士団では、捕らえきれぬ。
殺すわけにもいかぬ相手だ」
国王は、真っ直ぐにリオネルを見た。
「力を、貸してほしい」
即答だった。
「断る理由がありません」
その一言で、空気が変わった。
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作戦会議は、奇妙なものになった。
「……縄、ですか?」
フィアと呼ばれた少女は、補佐役に指名され、困惑していた。
「十数本、用意してほしい」
「そんなに?」
「ええ。今回は“囲む”のではなく、“流す”ので」
騎士たちは首をかしげたが、命令には従った。
夜。
黒怪盗団が現れる路地。
騎士団は周囲を固めるが、剣は抜かない。
リオネルは、闇の中央に立った。
「……行け」
低く命じ、短い呪文を唱える。
闇の中を、縄が走った。
屋根を越え、影を縫い、地面を滑る。
「なっ……!」
次の瞬間、逃走経路が断たれる。
足、腕、腰――
無駄のない動きで、怪盗たちは次々と縛られていった。
悲鳴はない。
血も流れない。
「……剣も使わずに、ここまでとは」
騎士の一人が、呆然と呟く。
捕らえられた怪盗の男が、苦笑した。
「殺さない……か。
あんた、俺たちと似てるな」
リオネルは答えなかった。
似ているからこそ、縛った。
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夜明け。
国王は正式に命を下した。
「リオネルを、騎士団補佐官に任ずる」
異端は、拒まれる存在ではなくなった。
だが――完全に受け入れられたわけでもない。
城の廊下を歩きながら、リオネルは感じていた。
信頼と警戒が、同時に向けられていることを。
その夜、彼は王城に泊まることになった。
それが、次の事件の始まりだとは――
まだ、誰も知らない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
リオネルは強い主人公ですが、
彼自身は「正しい」と思って行動しているわけではありません。
ただ、自分が納得できるやり方を選んでいるだけです。
殺さないことは、
時に甘さと呼ばれ、
時に偽善と呼ばれます。
それでもなお、その選択を貫いた先に、
何が残るのか――
この先の物語で、少しずつ描いていければと思います。
引き続き、お付き合いいただけましたら幸いです。




